グゥープ・ウィズの秘め事 下
ボロボロの体を引きずってやったことといえば、ポーションを取り扱った器具の洗浄と昨日の遺体の埋葬。それに薬草たちの水やりと剪定。
たったそれだけというには作業が多すぎたわよね、分かってる。でも気づけば日も真上近くまでのぼっていたのは軽くショックね……。
「うぅ……お風呂入りたい……寝たい……」
そんな泣き言を口にしながら向かった私の部屋には、先ほどと同じようにマイルズが寝ていた。
ベッドへと歩み寄り、男の顔を覗き込めば先ほどよりはずっと表情も穏やかで、それだけで昨日駆けずり回った甲斐があるというものだった。
顔色も戻ったけど熱とかはないかしら?
彼の額に手を当てようとしたその時。ピクリ、と彼の長いまつ毛が揺れてアイスブルーの瞳がこちらを捉える。
「…………生きて、る、……のか。俺は」
普段の皮肉が鳴りを潜めた、ぼんやりとした視線とぼんやりとした声。
まだ意識も不安定なのだろう。それはそれとして言ってやりたいことがあったので腕を組んでみせる。
「それはそうよ。私の薬草園の中で、よりにもよって毒で死ぬなんてことさせてたまるもんですか」
そう言い放ってやったというのに、マイルズの視線は相変わらずぼんやりと、虚無を見つめるように泳いでいた。
数秒経っても何の返事もない男を見れば、当然私だって心配になる。
「ねえちょっと、ちゃんと意識は──……」
「……なんで、だよ」
絞り出すような声が聞こえてきて、思わず私は目をぱちぱちとさせた。でも私の方なんて見ないまま、マイルズは相変わらず虚無を見ながら、絞り出すように言葉を続けた。
「……こんな暗殺者風情が死んでも……あんたにゃ、何の関係もないだろ」
は?と頭が苛立ちや困惑を覚えるよりも先に、マイルズは言葉を続けた。
「……恵まれきったお姫様にゃ、理解できねぇだろ、な。……俺にとって、任務を達成できないのは……死も……同然なんだよ。あんたの兄貴を殺せなきゃ、俺に……生きてる価値なんてねぇ」
「…………」
本当に遠慮のない男だ。
わざわざそんなことを妹の私の前で口にするなんて。不敬罪で罰されたり、感情で手を上げられてもおかしくない。
……あるいは、それが目的なのかもね。
「……役割がないって不安よね。それはちょっとだけ、分かる気がする」
この薬草園を失いかけたことがたった一度だけあった。炎に包まれた草花たちと、その中央に立つ人を今でも夢に見ることがある。
「それでも、それは死を選ぶ理由にはならないわ。だって生きていることそのものに、価値を認められる必要なんてないもの」
今のぼんやりとしている彼が後でどこまで覚えているかは分からない。だからこそ少しだけ吐露をする気分になった。
「私はね、兄さんの実の妹なの。腹違いじゃない。前の王さまからしたら庶子にあたる存在よ」
兄が王位を簒奪したのは、先王の妻である当時の王妃が私たちの命を狙ったからだ。村を焼き、薬草園を焼き、母を殺した王妃とその一族。
私たち兄妹に生まれてきたことが罪なのだ、間違っていると叫んでいた騎士たちの罵声は今でも耳の奥に鳴り響いている。
「兄さんは強かったから王様になれた。でも私は剣を握ったところでぶつけて切っちゃうくらいにはドンくさくて、だから兄さんの力にはなれなかった」
たった一人残された唯一の肉親の力にもなれない自分を歯痒く思ったことだってある。簒奪王サリヴァンの唯一の血縁として足手まといになるなら、死んでしまったほうがいいかもしれないと思ったことだってある。
「でもね、兄さんは私に別の役割を……この薬草園をくれたの。役割がなくなったって、分からなくなったって、次の役割を見つけて案外人は生きていけるものなのよ」
半ば独り言のような私の言葉を彼がどう受け止めたのかは分からない。
けれどもアイスブルーの輝きは先ほどのように濁ってはいなくて、我にかえったように瞬かれた。
「…………変わりもんだと思ってたけど納得した。生来のお貴族様じゃなかったんだな」
「そ。……さてと、目はちゃんと覚めた?」
覚めたというのなら話は早い。にっこりと微笑みながら握り拳を作ってみせた。
「お説教の時間よ。よくもまぁ薬草姫って呼ばれてる私の前で毒を飲むなんて舐めたまねをしてくれたわね」
私の気迫に気圧されたのかマイルズがわずかに体を縮める。その姿を見た瞬間、私の中の何かがプッツリと切れた。
「オロチナドキシンなんて馬鹿な毒、二度と飲むんじゃないわよ! おかげで私のベッドは泥まみれだし、夜中中駆けずりまわされて!!これで死んでもしてたら……っ!」
そこまで口にしたところで呼吸が苦しくなる。ぜぇはぁと深呼吸をしていればジワリと目頭が熱くなった。
「……おい」
「何よ!」
「あんた、センシア……髪が泥だらけだぞ。服も……」
掠れた声で指摘されて、私はハッと自分の姿を振り返る。
髪はボサボサでどこもかしこも泥だらけ。目頭だけでなく頬すら熱くなってきた。
「っ……あんたの毒消し用ポーション作りをさせられて東の園から北の園まで、三回も転びながら走ったのよ! 文句ある!?」
「……ない。ない、が………………ポーション?言われてみりゃやけに口の中があまず、ぱ……」
マイルズは、そっと自分の唇に指先を触れさせた。心なしか、その耳の先端が微かに赤い。
「……これ、どうやって飲ませた」
「、〜〜〜〜〜〜〜っ!!! 」
勢いよく立ち上がれば足元がふらついて、近くにあった椅子を思い切り蹴倒してしまう。が、そんなのを直せるような余裕があるわけないでしょ!!
「飲ませるまでの時間がなかったのよ!なのにあんたが寝たまま口を開けないから……!緊急事態の医療行為よ!!忘れて!!」
私が真っ赤になって叫ぶと、マイルズは大きな手で顔を覆って、深いため息をついた。もう限界よ!
「っ、でも確かに服も髪もとんでもないものね!!私着替えてくるからもうちょいあんたは寝てなさい!夕飯の頃にまた声かけるから!じゃ!!」
そうとだけ言い放って慌てて部屋を出ていった。
思いきり廊下の壁に激突してしまったから、扉を閉じた後マイルズが口にした言葉を知るよしなんてないまま。
「……勘弁してくれ。暗殺者相手に、どこまでお人好しなんだよ、お前は……」




