グゥープ・ウィズの秘め事 上
マイルズがこの薬草園にやってきてから、一ヶ月が経過した。
死罪の代わりに送り込まれてきた元暗殺者のマイルズは相変わらずの減らず口ばかりだが、憎まれ口をいくつか叩けば満足するのか、何だかんだと私の作業を手伝ってくれている。力仕事をしてくれるだけでも、私の仕事はずいぶんと楽になっていた。
初対面のあの刺々しい印象に比べれば、案外気に食わないタイプの男じゃないかもしれない……最近はそんな風に思い始めていた。
「おいお姫様、この毒みてぇにクソ薄気味悪い紫のキノコは何だよ。燃やすか?」
「燃やしちゃダメよ!それはグゥープ・ウィズっていって、うまく使えば良質の毒消し薬になるんだから!」
「ごちゃごちゃしてんな……キノコも草もどれも一緒だろ。お姫様は神経質だな」
……相変わらず植物に対しての偏見はすさまじいし、私のことを『姫様』呼びしてからかってくるのは大いに気に食わないけれど。
文句を言うために開きかけた口は、聞こえてくる鐘の音によって当初とは別の言葉になる。
「あら、ホウソンおじいちゃんが来たわ。荷物の受け取りに行きましょう」
「はいはい、お姫様に任せてたら荷物を運ぶだけで何度転んで青あざを作るかわかりゃしねえしな」
「一言よけいなんだけど!?」
やっぱり前言を撤回しよう。
文句を言い合いながら門へと向かえば、元気そうなホウソンが私に向かって頭を下げた。
「姫さま、一週間ぶりですな。ご機嫌いかがですかい?」
「ホウソンおじいちゃん、久しぶり!近頃はまあまあかしら」
マイルズに力仕事を任せられるようになり、負担は格段に減った。
今だってマイルズはろくに挨拶をしないまま、ホウソンの馬車から重い木箱をひょいひょいと無造作に運び出し始めている
「それよりもおじいちゃん、前に頼んでたエンビリオスの種は手に入った?」
「いやぁ、国王陛下も手をつくしておるようじゃが他国からの取り寄せにもう少々時間がかかるようでなぁ。もうちょい待ってておくれ」
「……あの国王陛下がわざわざ妹だからっていうことを聞いて種を取り寄せるもんかね」
後ろから聞こえてきた声はやけにとげとげしい。いえ、マイルズが『簒奪王』に危うく返り討ちにあってここに来たというのを考えたら当然の反応なのかしら。
「ちゃーんと探してくれるって約束してくれたもの。エンビリオスは鎮痛の効果があるから、土着化させられるならウチの国の医学に大きな発展が見込まれるって認めてくれたしね」
「……なるほど、あの冷徹な簒奪王らしい」
さすがに暗殺者相手に兄は自分にベタ甘だからと話すのもなんだったけど、思ったよりもあっさり納得したわね。いえ、兄さんは『愛しい俺の白華雪が欲しいと望むなら頑張って取り寄せるよ!』なんていつもの調子で快諾してくれたなんて言うほうがこの男には信じられないでしょうね。
「それにしてもマイルズ、あんた結局欲しいものとかないの?何だかんだ仕事はしてくれてるんだから嗜好品の一つくらいリクエストしてもいいのよ?」
私が振り返ると、マイルズは荷物の隙間に手を伸ばしていたようで、珍しく大きく肩を跳ねさせた。
(……あら? 今、何か後ろに隠さなかったかしら?)
届いた日用品の箱を物色していたようにも見えて、私が「マイルズ、あんた──」と口を開きかけた瞬間。
彼は手を後ろに回したまま、わざとらしく大きく肩をすくめて私の言葉を遮った。
「いやいやまさか。俺なんて死罪同然の囚人だからな。この程度の仕事で褒美をもらうなんざとてもとても」
「この程度って言うならもう一段レベルを上げて、せめて草むしりくらい手伝ってほしいんだけど?」
言葉と行動があってない。思わずその言い草にカチンと来てしまう。
未だに草の種類も判別できない男だ。草むしりを頼もうとしたら生えていた薬草ごと引っこ抜きそうになって慌てたのが昨日だっけ。
「いやいや。そんな大層な仕事を俺がやるなんてとてもとても。囚人は大人しく力仕事に戻りますよっと」
マイルズはそれ以上追及されたくないのか、届いた重い木箱をひょいと抱え上げると、そそくさと台所の裏手へと歩き去っていってしまった。
本人がいらないなら嗜好品を押し付けるつもりもないけど……でもこいつ、仕事がない時ぼんやり外を眺めてるだけなのよね。
声をかけたらすぐに笑顔で憎まれ口をたたくけど、なんていうかあの表情は虚無だ。もしかしたらここに来る前も仕事以外生き甲斐がない男だったのかもしれない。
無趣味は人生を狭くさせるし、薬草についてもっと知ってくれたら助かるし……ううん……あ。
「ねえおじいちゃん、植物図鑑とかって取り寄せは出来るかしら?出来るだけ写真とか記号が多くて、文字が読めなくても分かるくらいのやつ」
暗殺者というものが学があるかはよく分からない。でもただぼーっと何もない場所を眺めて過ごすよりは、見てヒマつぶしになって、何度か見てたら草花についても詳しくなれるならまさに両得じゃないだろうか。
私の思惑を察したのか、ホウソンは楽しそうに肩を揺らす。
「ふぉふぉ。了解したわい、お姫さまの仰せとなれば」
「……何か複雑ね」
ここ最近、お姫様と呼ばれるのは決まってからかわれている時だったから、ホウソンおじいちゃんのいつもの呼びかけに何んともいえぬ心地になってしまった。
馬車を見送り、荷物を運び終えたマイルズの後ろ姿を見つめる。
彼は先ほど私が声をかけた際、明らかに何かを隠すような動きをしていた。ただの悪戯なら良いのだけれど、あの笑っていない目が、どうしても頭の片隅に引っかかる。
(……まさか、ね)
ほんの少しだけ胸をよぎった不吉な予感を、私は小さく頭を振って消し去った。
だが、その夜。
昼間の穏やかな空気は、鉄と血の匂いによって無残にも切り裂かれることになる。




