最初の仕事とリンギンフラワー
薬草園の中央に当たる大きな道、ここは十字路になっている。そこに立った私はマイルズに知らせるように腕を振った。
「薬草園は四つの気候を維持するエリアと、一つの感情を制御するエリアがあるの」
「感情だぁ?喜怒哀楽が草風情にどんな影響を与えるんだよ」
「さっきも言ったでしょ。憎悪に弱い薬草があるって。同じように周囲の人の感情……正確にはそれによって放たれる魔力に大きく左右される種が結構あるの。そういった花は奥の園にあるのよ。デリケートな子達が多いから、私の許可なしに立ち入らないでね。これは『薬草園のため』よ」
その言葉と共にバチっと彼の首元が蒼く光る。……もしかして今のが服従の首輪の作用かしら。だが光に反してマイルズの顔は歪みはしない。むしろ安心したように眉間のシワが緩んだ。
……普通、首輪が光ったら怯えるか屈辱に顔を歪めるものじゃないの?
なんでこの男、今ホッとした顔をしたのよ。変な男。
「へぇへぇ。ヒステリーに巻き込まれても面倒だからな。言うことにゃ従うよ」
「少なくともそんな物言いをしてる限りじゃ絶対無理ね。……じゃ、今日は最初の仕事ね。ちょうどリンギンフラワーの植え替えが必要なの。その手伝いをしてちょうだい」
「お姫様の仰せのとおりに」
わざとらしい一礼が返ってくるのに鼻を鳴らしてから、私は薬草園の東側、緑の園へと向かった。
緑の園は言葉の通り緑あふれる草花が溢れているエリアだ。ここにある薬草は外でも育てられるものが多いが、魔力が多い薬草園で育てることでより効果が増すこともある。
「今日は堆肥も届いたし、リンギンフラワーの植え替えをしちゃいましょ」
「うわ、めんどくさ……」
草の匂いがあふれる区画のうち、細長い葉が三本ほどまとめて伸びている。スコップをリンギンフラワーの周囲の土に突き立てて掘り進めていけば、隣にいたマイルズは私の真似をしたのか、同じようにスコップを手にして葉のすぐそばに突き立てた。
「違うわ、マイルズ。そんな風に乱暴に引っ張ったら、繊細な根の毛がちぎれて魔力が逃げてしまうでしょう!」
リンギンフラワーにとって欠かせないのがその花と根の毛だ。
花は出力。増幅の時に効果を発揮するが根の毛は入力。魔力を花が吸い込むときに真価を発揮する。
だから植え替えの時にその根をいかに繊細に移し替えるかが重要になってくる。泥にまみれた白い指先で固まった土を丁寧にもみほぐし、絡み合った根の繊維を一本ずつ解いていく。
「……そこまですんのかよ。ただの雑草だろ」
まだ花も咲いていないリンギンフラワーは一見すると変哲もない草花だ。だからマイルズがそういいたくなる理由も分からなくはないが、だからといって手荒に扱っていい理由にはならない。
「雑草じゃないわよ。この草はね、花が咲くと風で揺れるのに合わせて人間には聞こえない微弱な魔力を出して、お互いの魔力を共鳴させるの。花の蜜を集めて精製すると、魔法薬の触媒にもなるのよ」
「へぇ」
マイルズは気のない返事をしてからざっと東の園を眺める。
「……言われてみりゃ、魔力が強い草と弱い草を交互に植えてんな。それもその魔力を出す特徴に寄るのか?」
「あら、よく気付いたわね」
気だるそうな調子で意外と周囲に目を向けられる男のようだ。
よく考えたら暗殺者なんて仕事をしていたんだもの。結界をすり抜けられる技術があるのなら、魔力の見分けくらい簡単にできるわよね。観察眼はさすがプロってことかしら。
「わざわざマメなことをして神経質な姫さんだな。なんだ?俺にそこまで植え替えで気ぃつけろっての?ダル」
……見直したのを撤回してやりたくなるわね。
「べっつに?アンタがここに回された理由も力仕事が主だしね。その重たい堆肥袋たちをあっちの畝まで運んで、縦に撒いていってくれるなら文句はないわよ」
ややつっけんどんな物言いになった自覚はある。
私はお手本を見せるように、足元にあるずっしりと重い堆肥袋を両手で抱え上げようとした。
──が、足元の地面は湿ってぬかるんでおり、私の胴体ほどもある堆肥袋の重さに耐えきれず、ぐらりと大きくよろめいた。
「わっ、と……!」
横にいたマイルズは、手を差し伸べるどころか、一歩引いて巻き添えを食らうのを避けるように鼻で笑った。
「おいおい、お姫様。無謀だな」
「ぐ、……足元がぬかるんでなかったらこれくらい出来るんだから!」
私の反応を見てどう思ったんだか、マイルズはヒュウと口笛を吹いて見せた。
「へぇ、でも俺を簒奪王がここに寄こすくらいには不便してるんだろ。……ちなみにさ、持っていけって仕事もヤダって言ったらどうすんの?首輪でも使って命令する?」
マイルズの口調は軽いのに、目は笑っていなかった。
だが言われてみれば彼だって人間だ。ここに無理やり連れてこられて仕事をしろと言われて、はいそうですかと受け入れられる精神性ではないだろう。
「それだと困るから手伝ってはほしいけど、確かにあんたからしたら無賃で働かされることになるんだから文句の一つは言いたくなるわよね……」
「…………はぁ?」
かといって流石に給料を渡すことはできない。
渡すことはできるが、死刑代わりに薬草園にきた男が勝手に街に買い物をしにいくわけにもいかないから、そんな状態で給料もなにもあったものじゃないだろう。
「あ、なら疑似通貨制度とかにする?毎月働きに応じてポイントをあげるから、その分だけ嗜好品をホウソンおじいちゃんに持ってきてもらうとか……」
危険物などは渡す制限が必要だろうが菓子類や本、あとはお酒も少量なら許可が下りるかもしれない。説明を進めていくにつれてマイルズはますます口をあんぐりと開けた。
「いやいやいや、そういう話じゃねえんだけど?お姫様、あんた俺がなんだかわかってんのか?」
「何って……兄様暗殺に失敗した暗殺者でしょ?」
あの衝撃的な手紙を忘れることはそうそうできそうにない。何を当たり前のことを言ってるのかしら。
「そう、失敗して死罪になって、その代わりにここに送り込まれた暗殺者だ。そんな奴に対して対価を払うなんざバカらしい。そもそもさっきみたいに首輪を使って命令したらいいだけだろ」
「そんなやり方で不満を溜めさせるのも嫌じゃない。働いてもらうならお互いメリットがある形で働いてほしいもの」
そもそも私は姫なんて呼ばれているが、偉い立場になりたいわけでもない。命令して誰かを動かすのもまっぴらごめんだ。
マイルズはといえば妙な顔をしていた。
不満というには険がなく、呆れというには蔑みがない。
「……奥の園とやらにいくのは首輪で止めさせたのに?」
「もしマイルズが奥に踏み入れて、薬草たちが荒れたら困るのは私でもアンタでもなくて、薬草を必要としてる人だもの。仕事をしないだけなら私がやればいいし。……ま、やってくれたら助かるのも事実だから、報酬で必要なものがあるなら交渉には応じるわよ?」
もちろん兄さんを害するようなものは却下するけれど。
心の中でつけ足せば、納得したようなしないような顔で肩をすくめられた。
「へぇへぇ。ま、そう言わせてもらうならありがたく利用させてもらいますかね」
そういうと彼は難なく重たい堆肥袋を二つもまとめて肩に担ぎ上げる。……悔しいけど、やっぱり男がいると違うわね。
「……ええ、お互い利用できるところは利用していきましょ」
妙な悔しさはあるが、今はリンギンフラワーの植え替えが第一だ。根っこの土を取り払う繊細な作業にもう一度集中すべく、私は深く息を吸い込んだ。
生意気で、利用してやると嘯く暗殺者。
この奇妙な庭番と私の共同生活が、一体いつまで続くのか。この時の私はまだ、そんなことをのんきに考えていたのだった。




