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はじめましてと癒月草 下

 さて、せっかく人が好みを聞いてるというのにこの暗殺者ときたら結局最後まで食べたいものを教えてくれなかった。


「別に、出されればなんでも食べるっての。生肉でも残飯でも好きにすればいい」


「あのねぇ!生肉とか残飯なんて出すわけないでしょ」


 人をなんだと思っているのか、失礼しちゃうわね。

 働いてくれる人にそんなことするわけないでしょうに。


 まあいいわ。出されればなんでも食べるって言質も得たわけだしこっちで決めちゃいましょ。


 麻袋から取り出した食材と、保管用の氷魔法石をまとめて棚に入れていく。ちょうど昨日多めに作ってたパンがあったはずだからそれと、ベーコンもあるから切っちゃいましょう。

 あとはスープがあればいいかしら。ちょうど使いたい薬草もあったし、使っちゃいましょう。


「まあいいわ。本題に戻るけど、あんたはこの薬草園についてどれだけ知ってるの?」


 数歩後ろに突っ立ったままの男をちらりと見てから食材を切りはじめる。


「はぁ……ずいぶん知りたがりのお姫さまなんだな。箱入りのせいか?わざわざこっちの情報を知ってなんの利点があるってんだ」

「あるに決まってるでしょ。それによってこの後何から説明したらいいか変わるし。あんただって知ってることをくどくど説明されたくないでしょ?」

「はいはい、お気遣いどうも」


 本当にまあ、皮肉な物言いをする男だ。

 絶対仲良くできないタイプねと再確認しながらも続く声に耳を傾ける。


「トゥーリア国国有の魔力に満ちた薬草園。品種改良された薬草は国家の財産であり、医療や産業の要。国外秘の植物も多く立ち入りは厳しく制限されている──その園をたった一人で管理させられているのが、薬草姫センシア=ハルモニアだろ? 」


 歴史書に乗っている内容そのままの通りだ。特に反論も見当たらない。


「ええ。担わされているわけじゃなくて私の好きでやってるんだけど」

「へぇ?てっきり俺は簒奪王(さんだつおう)に命じられて無理やりやらされてるのかと思ったけど。俺みたいに」


 振り返ればトントンと首元を叩いている。銀に輝く石がはめられた黒い首輪は皮肉なことにずいぶんと男に似合っていた。


 切り終えたベーコンを火魔法石の上で焦げないようにひっくり返し、もう片方の魔法石には水と塩、そして薬草を入れた鍋を置く。すぐに独特のいい香りが広がり始めた


「兄様の意向はもちろんあるけどね、あの人は身内には優しいから」

「……簒奪王が身内に優しい、ねえ」


 皮肉気に鼻を鳴らす男に重ねて説明するつもりもない。

 彼からしたら自分をこんな場所に送り込んだ男が優しいなんて信じられないだろう。

 でもあんなデレデレな手紙を書いてくる兄を疑う理由は私にはない。

 兄のおかげで欲しかったバルバロッサの苗も手に入れたし。これでポーション用に育てている薬草の品種改良に取り組める。


 振り返れば男は突っ立ったまま、眼だけで周囲の様子を探っている。

 ……何があると思ってるのかしら。キッチンなんだから食材と料理道具くらいしかないわよ。


「ほら、そんなところに突っ立ってないで。そこの棚からスープ用の器とパン用のプレートを二人分取ってちょうだいな」


 声をかければマイルズの顔はぱっと軽薄な笑みに変わる。


「はいはい、お姫様の仰せの通りに」


 いちいちしゃくに障る物言いだ。カチンとしかけて深呼吸する。

 まずいまずい。空腹はイライラの元だもの。さっさとご飯と、ついでに改めてこの男に説明をしなきゃ。




 温めたパンとベーコン、それに癒月草(ゆづきそう)を入れたスープを並べて私たちは食卓に向かいあう。


「いただきます」


 私が食事に手を合わせてから食べはじめると、マイルズは無言でスープの器を見つめたまま、ぴくりとも動かない。

 アイスブルーの瞳が、冷徹な暗殺者のそれにすり替わっている。


「……おい。このスープに入ってる、この妙に香る草は何だ。何を仕込んだ」


「え?」


 首をかしげたけれど、スープに薬草を入れるなんて普通はしないし、この草は他に比べて香りが弱いはず。よくもまあ気づいたものだわ。


癒月草(ゆづきそう)と呼ばれる薬草よ。対魔力を向上する効果があるの。この庭の魔力に当てられて、あんたが早々に倒れられたら迷惑だから入れてあげたの。……何よ、毒だとでも思ったわけ?」


 呆れて尋ねれば、マイルズは唇の端を吊り上げて低く笑った。


「死罪の代わりにここに送られた暗殺者だぜ? 飯に毒を混ぜて合法的に処分するなんて、簒奪王の身内ならやりそうなことだ」


「あのねえ」

 私はスプーンを置いて彼を睨みつける。


「あんたがどう思おうと勝手だけど、私は薬草園の主なの。毒として扱うような矜持のない真似をするわけないでしょう。どうしても信じられないなら、そっちの器から一口飲んであげましょうか?」


「……けっ、お姫様のプライドねえ」


 毒見の提案に気まずくなったのか、マイルズはフンと鼻を鳴らすと、今度は躊躇なくスープを口に運んだ。そして一瞬だけ、その瞳が「美味い」と驚いたように丸くなる。


「……つーか、あんたよくそんな平然としてられるな」

「え?」


 いきなり何のことかしら。というか食べるの早いわね。

 私よりは多めによそったつもりだったけどもうお皿が空になってるわ。量の問題か早さの問題か。


「普通死罪になった人間が、それも自分の兄貴を殺そうとした奴が目の前で飯を食ってたらびびるもんじゃねえの?」


「でも殺せなかったんでしょ」


 そう言ってやればマイルズの顔が大きく歪む。


「私も詳しくは知らないけどあんたは兄様に返り討ちにあってその首輪をつけられた。服従の首輪なんて名前がついてるんだもの。ある程度行動の抑制も図られるんじゃない?」


 こうして向かい合っても睨みつけてくる以上のことをされないのがよい証拠だ。

 パンの残りを食べてからあらためて口を開く。


「ここはね、特殊な薬草も栽培されているの。難病にも効く代わりに血を一滴でもたらせばたちまち枯れてしまうユニコーンエルダーや、人の憎悪に弱いアウリリェン。そんな薬草に触れるかもしれない人を野放しにするほど、簒奪王(さんだつおう)は甘くないわ」


 最後のベーコンもよく噛んで飲み込んで、音を立てて手を合わせた。


「ごちそうさま!……ということで、妙なことは考えないで働くことね。もしあんたがちゃーんと真面目に働くなら、兄様に口の一つくらいは聞いてあげてもいいわよ?」


「チッ…………簒奪王(さんだつおう)の七光が」


「好きにお言いなさいな。そんなことより、ご飯も食べたんだから次は薬草園の案内をするわよ」


 そういってお皿を手に立ち上がろうとしたところで、思い切り足が滑る。手に持っていた皿が遠くに吹っ飛んでいき……かけたところをマイルズがキャッチした。

 私がそれに気づいたのは、思い切り地面に転げてひっかけた椅子の下敷きになってからだった。


「うおっ、あっぶね。何をどうしたらそんな見事にずっこけるんだよ」


「…………っ!うるさいわね!!」

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