はじめましてと癒月草 上
──四つの気候を再現し、魔力に満ちた薬草園。
そこで育てられている薬草は国の財産であり、多くの富と豊かな生活を生み出している。
その園を管理するのは国王陛下の妹御。
城に居着くこともなく薬草園を一手に担う彼女を、国の人々は敬意と侮蔑を込めて「薬草姫の御庭番」と呼んでいた。
***
門の方から鐘が聞こえて、私──センシアは顔をあげる。
週に一回ある荷運びの馬車が到着した音だ。
空になった植木鉢を手に下り坂をおりていけば、白いひげを豊かにたくわえた男が大きく手を振っているのが見えた。
「ホウソンおじいちゃ……っと!」
少し足を早めただけで、足元のレンガとレンガの合間につま先がはさまり、盛大に転んでしまった。うう、痛い……。
顔をあげれば転がり落ちた植木鉢を拾い上げたおじいちゃんの苦笑が見える。
「こらこら、そんなに急がずともワシは消えたりせんとも」
植木鉢をおいた彼はこちらに近づいてきて、地面と仲良くなっていた私に手を伸ばしてくれた。
その手を取って立ち上がりながらもつい口からは言い訳が出る。
「うう……走ろうと思って走ったわけじゃないわ」
私たち二人をよく知っているホウソンはわかっていると言わんばかりにひげを揺らして笑う。
「ふぉふぉ。昔から姫さまは運動音痴じゃったからな。サリヴァンと並んで剣を振ってた時に勢いよく剣の勢いに負けてこけて……」
「っ!ちょっと、余計なお世話よ!そんなことより今週の荷物は?」
顔から火が出そうなのをごまかすように手をふれば、わかっていると言いたげにおじいちゃんは頷く。
「ああ。姫さまのお待ちかねの堆肥と、隣国から取り寄せたバルバロッサの苗、それにいつもの食材のお届けだよ」
「バルバロッサの苗も手に入ったの!?」
その言葉に胸が弾む。
ずっと欲しいと思っていた花の苗だ。入手が難しいと聞いていたけれどきっと兄さんがなんとか手を尽くしてくれたのだろう。
輝く私の顔とはうらはらに、おじいちゃんの顔は浮かない。眉も下がってるしいつもならある「よかったなぁ」という同意もない。
「……どうしたの?何かあった?」
もしかしたら代わりに悪い知らせがあるのかもしれない。例えば食材がいつもよりも少ないとか質が悪いとか……。
でも覗き込んだ麻袋の中身はいつもと変わらない、それどころかいつもの倍くらいの食材がみっちりと詰まっていた。
……ますます訳がわからないんだけど?
ホウソンを見れば懐から手紙を取り出すのが見えた。
「まずはこれを読んだ方がいいじゃろう。国王陛下、サリヴァンからの手紙じゃ」
封蝋と署名はいつも通り国王──私の兄からのものだ。端を破って中身を取り出せば、そこには普段と変わらないテンションの高い文面がつづられていた。
《俺の可愛いエルダーポプラ、センシアへ》
(エルダーポプラとはポーションに使われる薬草の一種だ。兄が私を薬草の花に例えるのはいつものことだった)
《庭の土の入れ替えとか家の片付けが思うように進まないと前に手紙で書いてくれただろう? 本当は俺が手伝いに行けたらよかったけど、大変大変大変残念なことに国務が忙しくてなかなかそちらに行けなさそうでね》
(当たり前だ。一国の王になったのだから仕事をしてもらわないと困る)
《だからそっちに人を送るよ。俺を殺そうと侵入してきた暗殺者だけど、センシアには危害を加えないし『薬草園のため』って命じればなんでもいうことを聞くように服従の首輪をはめているから、力仕事は遠慮なく頼みなさい》
「待ってちょうだい!?」
思わず口から声が出た。何を言ってるんだこの兄は。
暗殺者に狙われるのはまあいい。昔からそういったものを退け続けてきたのが我が兄だ。だがなぜそんな人を薬草園に送るの? 服従の首輪ってなに?
「ということでね……降りてきてくれ、マイルズ」
「あっちょっと待って、まだ心の準備が」
兄の手紙を飲み込むよりも早く、ホウソンは荷馬車の方に声をかける。降りてきたのは漆黒の髪にアイスブルーの瞳が印象的な優男だ。
顔立ちは整っていて、街中を歩いていれば女性に声をかけられてもおかしくはなさそうだ。首に嵌められた黒い革と金の宝石の首輪。あれが服従の首輪とやらかしら?
「彼が手紙にあったマイルズだよ。マイルズ、彼女がこの薬草園の主人、サリヴァン陛下の妹御でもあるセンシア姫だ」
やけに物々しい紹介に鼻を鳴らす。別になりたくてお姫さまになった訳じゃないし、そんなふうに呼ばれてかしずかれるよりもこの薬草園の手入れをしている方が万倍幸せだ。
「センシアよ。なんであんた、こんな薬草園くんだりに働かされにくることになったのよ。そんな首輪まではめられちゃって」
腰に手を当てて尋ねれば男は口笛を鳴らしてみせる。
「ひゅう、俺が想像してたお姫さまってもうちょいお淑やかで可憐なイメージあったけどな。ずいぶんとまあたくましそうで」
………………うん、分かったわ。
私はぜっっったい、こいつとは仲良くなれないわ。
開口一番挨拶もなしにそんな物言いをしてくるなんて失礼にも程がない!?
「……私も驚きだわ。暗殺者ってもっと寡黙で冷静な印象があったから。まあどんな暗殺者だろうと兄様の前では可愛いワンちゃんネコちゃんも同然よね。その首輪、似合ってるわよ」
にっこりと笑顔で返してやれば見えない火花が散る。
「あんたがなんで国王陛下を殺そうとしたかもどうでもいいし、兄様が罪だって決めたなら罪なんでしょ。そうと分かればこき使ってあげるまでよ」
実際手紙で兄さんが書いていた通り、薬草園のことが一人で回りきってないのも事実だった。
葉や枝の剪定や水やり、収穫は問題なくても植え替えや堆肥の交換は重労働だ。狭いわけでもない薬草園の管理、人手は多いことに越したことはない。
使えるものは暗殺者だろうと性格最悪男だろうと遠慮なく使わせてもらうわよ。逆らった時の首輪もつけてくれたわけだし。
「ってことでまずは最初の仕事よ。ホウソンおじいちゃんが持ってきてくれたこの荷物を運びなさい」
「はいはい。お姫様の仰せのままに」
ひねた物言いだが命令を聞く意思はあるらしい。私よりも頭ひとつ分背の高い男は逆らうこともなく麻袋を抱える。
……さてはここに来る前に兄に相当絞られたわね。
あの人は身内にはあんなべったべたな手紙を出すくせに対外的には容赦がないもの。ちょっと同情しかけたけど、暗殺者相手にするものじゃないわよね。
「その二つは後で苗の育成に使うからあそこの倉庫に運んで。そこの三つもね。他の袋は台所に運ぶの。案内するからついてらっしゃい」
「人使いが荒いねぇ。ま、死罪の代わりとあらばお嬢さんに尻尾をふるくらいなんてこともないけどさ」
異論はないということでいいのだろう。いちいち皮肉な物言いは何とかならないのかしら。
「そうそう。運び終わったらお昼を作らなきゃだからね。マイルズっていうのよね。あんた好き嫌いはある?食べたいものは?」
頷きかけた男の首がそこで止まる。
「好き嫌い、ねぇ。 あんた、俺をなんだと思ってるんだ。毒を盛るための下調べか?」
「はあ? せっかく作ったごはんを残されたらもったいないでしょ!」
それまでずっとへらへら笑いを浮かべていた男が、はじめて面食らったような顔をした。
いったいなんでそんな顔をするんだか。どうせ作るならおいしく食べられたほうが食材たちも嬉しいでしょうに。
「……あんた、変な女だな。姫とかどうこう以前の話だ」
「は?喧嘩売ってるの?物理以外なら買うわよ」
殴り合いは私が負けるに決まってるからお断りだ。そもそも振り上げた拳が男に命中するかどうかすら自信がない。
困惑してる私たちをよそにおじいちゃんがふぉふぉと笑う。
「どうなることかと心配じゃったがその様子なら大丈夫そうじゃな。姫さま、ワシはそろそろお暇するが来週必要なものはないかね?」
「あ、うん。今の所は大丈夫!ありがとうね」
馬車の御者席に向かって大きく手を振れば、がらがらと音を立てて動き出す。その後ろ姿が門へと向かうのを見送ってから男を振り返った。
「ほら、時間は有限なのよ。まずは荷物を運びつつ何を食べたいのか教えてちょうだい」
「……本当、変な女」
「暗殺者なんてやってる男に言われたくないわ」




