特訓開始
中止になったダンジョン演習から僕はあの三人組を連れて古城塚古墳からさっさと逃げ出した。
ここに残っていても変に注目を集めてしまう。
幸い僕の家はここからはあまり遠くない。
本来ならばゆったりお弁当を食べるところだったが、もうそんな雰囲気ではない。
1キロくらい離れたファミレスに向かって、4人で素早く昼食を摂ることにしたのである。
慌ただしく昼食を食べる間に僕は瀬尾さんに頼んで迎えの車を寄越してもらった。
「せ、拙者の鑑定ではこの車はアストン・マーチンでござるぞ。」
「アストン・マーチンってもしかして外車?」
「………」
初めてうちの車を見た三人は何だか白目を剥きそうに驚いている。
そうなんだ、この車ってアストン・マーチンって言うんだ。
「いや、まあ、うちのお爺さんが選んだ車だし。アストン・マーチンって言うんだね。鑑定してくれてよかったよ。僕も初めて知ったな。」
「ナチュラルボーンのおぼっちゃまはいうことが違うなあ。」
小野君が変なところで感心していた。
「あ、お家は結構、こじんまりしているんですね。庶民の一軒家レベルなんだ。何だか大豪邸を想像していた。」
「うちはそんなお金持ちじゃないからね。お祖父様の家は近くにあるけれどここよりは大きいよ。」
「「「あ、やっぱり?」」」
何だか三人が声を揃えて返事した。
横田さんが紅茶と焼き菓子を持って来てくれた。
それを食べながら話を続けた。
このゴールデンウィーク明けには本格的な迷宮実習が始まるだろう。
それまでにパーティメンバーをある程度動けるようにしておかなければならない。
これまでの数日間で少しは動けるようになったが、まだまだ実用レベルには程遠い。
瀬尾さんにお願いしてみたが、瀬尾さんはフフッと笑って「今回来られるお方はぼっちゃまのお仲間でしょうからまずはぼっちゃまが鍛えてあげてください。」とスルッとかわされてしまった。
まあ、まだまともに木刀も触れなきような連中だから瀬尾さんも教えにくいのかもしれない。
ということで僕が鍛錬の計画を立てることにした。
とはいっても基本は体力をつけるための走り込みと素振りである。
僕がやれば素振り千回くらいは半時間もかからないんだけれど、彼らはまずまともな姿勢で振っていない。
まずは立ち方、構え方から教えたので三人がそれなりに木刀を振れるになったのはもう夕方になってしまった。
走り込みはできなかったがまあ初日だしいいだろう。
夕食は横田さんが腕によりをかけたもので、三人とも「おいしいおいしい」と言って大量に食べていた。
食べ込んで筋肉をつけてもらわなければならないので滑り出しは上出来の部類だろう。
夕食後はもう一度素振りである。
まだまだ振るスピードは遅いのだが、何とか様になって来ている。
多分疲れているだろうからもう夜は早めに風呂にして眠ることにした。客間のベッドが使われるのは結構稀なことである。いつもはベッドはしまっているのだが、今日は引っ張り出して彼らが眠れるように準備してくれていた。
よほど疲れていたのか、三人ともベッドに入った途端に眠り出した。
瀬尾さんが何も言ってこないということは僕の訓練もまあ間違ってはいなかったということかもしれない。
翌朝は学校があるのでまだ暗いうちに叩き起こしてやった。
三人とも腕がパンパンになっているようである。
ブツクサ言いながらでも起きて来たので走り込みである。
この三人は積極性はないのだが、僕が言ったことはできるだけ達成しようというなかなか受動的な人たちである。
「今からジョギングだよ。」というと三人とも朝から走るなんて健康的すぎるとか文句を言いながらもジャージに着替えて来た。
初日なので家の周りのショートコースである。一周1キロくらいのコースをゆっくり走り始めた。
「腕がパンパンなのできちんと振れないよう。」とかいう泣き言は無視して走り続けると結構ついてくる。
まあハイスピードではないから僕にとっては大したことはないが、三人は大袈裟にヒーヒーハーハー言いながら走るので非常に騒がしい。
三周くらい走っていると向こうから女の子が走って来た。
げ、美和だ。
僕は必死に俯いて走ったが、当然美和が僕に気が付かないわけはない。
「はっなによ無能のくせに。一人前に走ったって無駄よ。」
毒のついたナイフのような言葉が僕の心に突き刺さる。
幸い彼女はそれ以上僕たちに絡むことなく走っていってくれた。
「あれが一ノ関氏でござるか。」
「結構きつい言い方するよね。」
「あれは別れて正解かも。」
そうなのである。一緒にいた時には彼女について行こうと必死だったのだけれど別れてみるとそう大したことはないと思えている。
僕は後ろを見て三人に笑顔を見せて「うん、そんなに気にしないでいいよ。」と言った。
はいはいいいならも三人ともランニングをこなして二時間ほど走って家に戻って来た。玄関先で三人はパタリと倒れた。
「おいおい大丈夫か?今から朝食だよ?」
たっぷり10分ほど倒れたままだった彼らは「腕だけじゃなく足も動かない」と情けなさそうな声をあげ、壁に手をついてヨロヨロと食堂に向かって歩き出したのである。
食堂では横田さんは彼らのためにスープを作ってくれていた。
「助かった。固形物は入りそうにない。」
「それがしも無理でござる。」
そう言いながら三人はスープをゆっくり飲んでいた。
本来ならば家から学校までロードワークするのだが、彼らの状態を見て今日は車で通学である。
運転手の安藤さんが「坊っちゃんをやっと車で送迎できる日が来ました。」と変に感動していた。
朝食後にシャワーを浴びて登校の準備である。三人の分の着替えもすでに横田さんが準備してくれていた。
車に乗って後ろを見ると三人はへにゃっと倒れ込みそうな体勢である。
まあ、シートベルトを締めているから大丈夫かな。
僕は安藤さんに車を出すようにお願いした。
国道も空いていたので学校へは8時前に到着した。
ヨロヨロと歩く三人を引き連れて教室に向かった。
自分の席に座ってホッとしたのだが、何か視線を感じる。
教室の中の女子がチラチラとこちらを見ているのである。教室の外にも他のクラスの女子がちらほらいてこちらを伺っている。
どうにも気持ちが悪いので近くの席にいる小野君に何だか変じゃない?と聞いてみた。
小野君も他の二人も何故か机に突っ伏していたわけだが、僕の言葉に小野君は頭を上げて言った。
「先輩は昨日あれだけ目立ったわけじゃないですか。女子たちから注目を浴びるのは当然ですよ。」
そしてまた頭を机に乗せてしまった。
僕が女子を見ると彼女たちはさっと僕から視線を逸らしてしまう。
僕が彼女から視線を外すとまたそろそろと僕の方を見るのである。
廊下の女子たちもだんだん数が増えている。ざわざわと囁き声が大きくなっている。
登校してきた野々宮さんが僕のところに近づいてきて「いったいこの騒ぎは何?」と聞いてきたが、僕にだってわかるわけはない。
「そう。」
彼女はそう言うとクラスの他の女子たちのところに行ってしまった。
そんなの僕が呼んだわけじゃないので僕に文句を言われても困るよなあ。
結局他のクラスの女子たちは古川先生がホームルームのために教室に来るまで廊下に屯していたので先生に追い散らされることになった。
その後は普通に授業が始まったが、休み時間にはまた他のクラスの女子が集まってきた。
昼休みには横田さんに弁当を作ってもらっていた三人と机を寄せて昼ごはんを食べることにしたのでぼっち四人衆にあえて話しかけてくる女子はいなかった。
こういう時には持つべきものは友であるという格言がありがたみを増す。
沢井奈は結局来ることはなかった。




