閑話 野々宮さんと藤木さんの奥さん
あんな騒動があったので迷宮実習は中止になってしまった。
沢井奈君は意識がなく、病院に運ばれて行った。
両角君や冨樫君は事情聴取ということで先生に連れて行かれたし、池宮君はパーティのみんなとさっさとどこかに行ってしまった。マキは池宮君と一緒に行きたかったみたいだけれどご両親が迎えにきたみたいで、早々に連れて帰られてしまった。
私はあのメダリオンを調査に出すということで藤木さんとお話をしていた。あのメダリオンは伝説の魔法師団長である山田さんが詳しく調べるという。
「もう山田さんも老いぼれているから昔ほどの元気はないけれどね。」
藤木さんはそう言って笑う。
私は藤木さんに言った。
「あの、私も白魔術の魔法適性があります。できたらぜひ奥様にご指導を賜りたいのですが。」
藤木さんの奥さんはニコニコ笑って言った。
「もう私も現役を離れて随分になりますからね。今日は急に主人から電話をもらって慌てて来たのですよ。そろそろ娘も学校から帰ってくるので、雑談程度で宜しければうちに来ます?」
藤木さんはあのメダリオンを持って行ってギルドで色々と後処理をしなければならないらしかった。
「うちはここからすぐだから一緒に行きましょう。」
藤木さんと別れた奥さんは結構上機嫌で私を自宅に連れて行ってくれた。
藤木さんの家はまだ築浅の瀟洒なマンションだった。
「紅茶でいいかしら。それとも別の飲み物がいい?」
「あの、お構いなく。私が無理してお願いしたみたいなものなので。」
「うふふ、まだ娘も帰ってこないから安心して。たまにはお客さんも来てくれないとね。」
そう言いながら奥さんは紅茶を出してくれた。
「いい香りですね。」
「そうでしょう。これはちょっと奮発して買ったダージリンなんだけれど、お客さんに飲んでもらえて幸せだわ。」
「お客さんに来て欲しかったんですね。」
「うふふ。娘の結菜もやっと小学生になって、少しは手が離れたかななんて思ったので、ちょっとした贅沢で紅茶の葉を買うことにしたのよ。でも滅多にお客さんなんて来ないので私が飲んじゃっていたんだけれどね。」
私もニッコリしてもう一口、紅茶を口に含んだ。ダージリンのいい香りを楽しむ。
「それで、指導って何を希望しているの?」
藤木さんの奥さんは聞いてきた。
「それは、あの、池宮君に浄化の呪文を求められたのですけれど、私はまだ簡単な治癒の呪文しか使えないのです。これから、その、池宮君の期待に応えるためにはどうしたらいいかと。藤木さんの奥さんにはそれを指導していただきたくて。」
「ふふっ、響子でいいわよ。藤木さんの奥さんって長ったらしいでしょう。」
藤木さんの奥さん、いや、響子さんはやはり笑っている。
「私も夫から電話があって慌ててつっかけを履いて走ってきちゃったけれど、この連休が明けたら大和君は女の子から大人気になりそうだものね。」
思わず私の顔から血の気が引いていくような気がする。
「あらっ、大和君のお父さんの勇者エイジもそういうところは鈍感な草食系だったから多分心配しなくても大丈夫よ。大和君も草食系だと思うわ。お父さんの方は池宮の佳津子さんと本妻の真白さんにはお尻に敷かれていたけれど、他の女の子がいくらキャアキャア騒いでも全く気付きもしなかったから。」
そんなことを聞いても安心していいのかどうか迷ってしまう。確かに池宮君は鈍感というか、飄々としていて掴みどころがない。
その分、私だって池宮君とはどう接していいのかわからない。
お尻に敷くなんてとてもできそうには思えない。
「そんな。私もその他大勢にすぎないわ。」
だからこそあの「ミスリル」に呼ばれるほどの一ノ関さんが彼女の地位だったんだ。団長に寝取られたけど。
正銀中高って池宮コンツェルンの持っている学校だったはず。
っていうか、なんで池宮君、池宮の御曹司なのに正銀を辞めてうちに来てるのよ。
いつの間にか私は頭を抱えていたらしい。
「ちょっと、野々宮さん。」
響子さんが私の肩を叩いているのに気がついた。
「大丈夫?」
「あっ、すみません。色々なことかを一気に考えたらつい。」
「まあ、アオハルね。若い時の特権よ。」
響子さんはまたうふふと笑った。多分私のことを揶揄っているのだと思う。
「噂では真白ちゃんって勇者エイジの唇をいきなり奪ったそうよ。あんなお淑やかな良妻賢母の鑑みたいな人なのにねえ。」
「すみません。私は真白さんにお会いしたことすらないのです。」
「あら、そうなのね。」
それからも響子さんと私は色々な話をしたが、最終的に真面目に白魔法の修練をしようということになった。
マキが池宮君の腕にしがみついているのを見て思わず私も池宮君の腕にしがみついてしまったのは間違いない。
けれども、それと池宮君にキスをするというのは別である。それは富士山に登ることとエベレストに登ることの違いみたいなものである。
難易度がまるで違いすぎるのである。
私が池宮君の横に並ぶためには白魔術をきっちり習得して魔法の使えない彼を援護できるようになってからであろう。
そうして私は響子さんから指導を受けることになった。
伝説のパーティ「聖騎士団」のトップ白魔術師だった響子さんの指導は実践的なもので、すごくためになった。
あっという間に時間が過ぎて、娘さんの結菜ちゃんが帰って来た。
10歳くらいの響子さんに似た可愛い女の子である。
「初めまして。あなたはだあれ?」とちょっと首を傾げながら聞いてくる結菜ちゃんはちょっとあざとかわいすぎる。
うちの妹も小学6年生だが、姉の私に反抗してくる可愛くない奴である。結菜ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいである。
「ゆいな、この人は野々宮さんっていってね、白魔術を習いに来たの。だからこれからも時々来ると思うわ。」
「わあい、こんな綺麗なお姉さんが来たらいいなって思っていたの。」
おい、可愛いじゃないか。私のことキレイだなんて妹はもちろん、家族も幼馴染の沢井奈ですら言ってくれたことはないよ。
結菜ちゃんは私のことを「玲子お姉ちゃん」なんて言ってくれるので思わず2人でじゃれあってしまった。
響子さんは「そんなに仲良しさんならばちょっと近くのカフェでスイーツでも食べに行きましょうか。魔法の修練の後はお腹が空くからね。」なんて言う。
結菜ちゃんは「やったあ」なんて両手をあげて喜ぶから私も反対できずにカフェにスイーツを食べにいくことになってしまった。
勝者なマンションを出て数分のところにあるカフェは客もまばらで静かだった。
テーブルに座ると、響子さんは「ここのおすすめはモンブランよ。」って言ってくれた。
けれども、結菜ちゃんは「そんなのダメよ。」と言う。
結菜ちゃんはジャンボパフェを頼んだのである。
「ここはカップルで来てこのジャンボパフェを2人で食べたら結ばれると言うジンクスがあるのよ。クラスのさっちゃんが言ってたの。だから玲子お姉ちゃんも彼氏とここに来てこのジャンボパフェを食べたらきっと幸せになれるからね。」
さっちゃんの情報がどれだけ正しいのかはわからないけれど、私の脳裏には池宮君と2人でパフェを食べるシーンが妄想されてしまって思わず顔を赤くしてしまった。
「もう、結菜がいい加減なことを言うから玲子さんも困っているじゃないの。じゃあパフェを三人で食べましょう。」
響子さんは苦笑しながらパフェを注文したのである。
やって来たパフェは確かに大きくて、おとかの人があれば食べ切れるだろうけれど、私たち三人で食べてやっと完食できるくらいの大きさだった。
せっかくのモンブランも食べたかったので私は家族のお土産にすると言ってモンブランを買って帰ることにした。
響子さんも結菜ちゃんもそれはいい考えだと賛成してくれた。
ケーキを持って私は響子さんと結菜ちゃんにさよならをして家に帰った。
多分今日はいい日だったと言えるだろう。




