安井遺跡のダンジョン
僕と3人はゴールデンウイークの間、走りまくり、木刀を素振りした。
とにかく基礎体力をつける事が重要である。
一日中走りまくり、合間に木刀を振る。
最初は市街地を走るだけで息が上がっていた3人もだんだん体がほぐれてきたのか、弱音を吐かなくなり、少しはアップダウンのある山道を走ってもなんとかついて来れるようになってきた。
食事は横田さんが作ってくれるので、とにかく走って体を鍛えて行く必要がある。
それに、市街地を走っているとまた美和と遭遇する危険があった。
北側の里山の方に行くと遭遇の危険は下がるだろう。
そんなくだらないことと言われるかもしれないが、僕にとってはもう美和はトラウマと言っていい。
何しろ彼女は僕に会うたびに嫌なことを言ってくるのである。
僕が美羽に会いたくないという気持ちは3人にも伝わっていたようで、僕がランニングの足を北に向けて山道に入っても黙ってついてきてくれた。
山に入ると「ひー、拙者には無理でござる」とか「もう、もうここに置いていってください」とか弱音を吐きまくっていたが、それでも走り続けると少しづつ山道を走る距離も長くなってきた。
素振りも一日千回を目標にやっていたが、ゴールデンウイークが終わるまでにはやっと目標が達成できそうで、なんとか打ち合いをしてもサマになる程度にはなった。
付け焼き刃であることは間違い無いが、なんとかダンジョン探索に向かえるようになったかもしれないという手応えは感じられた。
この分ではなんとか連休明けにある安井遺跡のダンジョン実習はクリアできるのではないか。
ゴールデンウィーク明けには安井遺跡にあるダンジョンがターゲットになる。これをクリアすると無事に探索者ギルドのF級ライセンスが配布されることになる。
日本の探索者不足が叫ばれる中、多くの高校では探索者ライセンスを発行して多くの高校生がダンジョン探索に関わることを国は奨励している。
もっとも死亡率も高いので親たちは自分の子供が探索者になることには賛成しないことも多い。
けれども、ダンジョンを放置しておくと中で発生した魔物が増えすぎて地上に溢れてきて「スタンピード」を発生させる事があり、そうなると一般市民への被害が大きくなる。
それを防ぐために国は探索者ギルドを運営したり、自衛隊の討伐チーム以外にもいくつかの有力探索チームを支援してクランを形成させ、多人数の探索者を参加させて探索の支援をしている。
「安井遺跡のダンジョン」はもともと、ある大学が研究用の林にしていたところに発生したダンジョンである。
ダンジョンができたので植林地は取り除かれ、ダンジョンとして整備されている。
初級用と中級用に分かれており、電車の駅から徒歩10分という好立地であることも多くの探索者に愛されているダンジョンである。
今の所安井遺跡のダンジョンからスタンピードが起こったという事件はないが、住宅地と程近いので要注意のダンジョンの一つである。
安井遺跡のダンジョンは中で小さな五層の初級者コースと呼ばれる部分と少なくとも十五層以上あると言われる中級者コースの部分とに分かれている。
初級者コースはほとんどゴブリンの巣になっているので高校さなどの初心者探索者でも踏破可能とされており、学校の演習にもよく利用されている。
中級者コースはホブゴブリンやオーク、オーガなどの強力なモンスターが出現するのでダンジョン探索慣れした中級者以上が潜るダンジョンになっている。
朝から集まった俺たちは今度はF組から探索に入っている。
前回はA組から入って途中で中止になったわけだし。
D組まで入ったところでA組に飛んで僕たちのC組は最後になっていた。
今日もやっぱり藤木さんが来ていた。珍しく奥さんの響子さんも来ていて何故か野々宮と仲良く話をしていた。
「野々宮さん、うちに来て響子から白魔術の指導を受けていたんだよ。おっと、これは秘密だった。聞かなかったことにして。」
藤木さんがいきなり秘密を暴露してくれた。
野々宮も白魔術の鍛錬を着実にやっているんだな。
「大丈夫です。僕は口が固いですから秘密は守りますよ。」
僕は微笑みながら藤木さんに言ったが藤木さんは妙な顔をしている。
「ま、まあ、若者が鍛錬するのは結構なことだし、君のパーティメンバーも前回に比べて体が絞れてきているんじゃないかな。」
藤木さんはあからさまに話を変えてしまった。
そんなこんなでC組の連中がどんどんとダンジョンに潜ってゆき、最後に僕たちの番になった。
「大丈夫。今回は前回のような騒動にならないと信じているよ。」
藤木さんは軽く僕たちを送り出してくれたが、なんだかそれってフラグみたいじゃないか。
そんなことを考えてたら三人が「先輩、早く行かないと前の組に遅れますよ。」と言って僕を無理やり引っ張ってダンジョンの中に入った。
なるほど前の組はもう影も形もない。
「じゃあ進もうか」
僕は気を取り直して前に進み始めた。
少し行くと分かれ道があり、矢印が置いてある。
「初級コースはこちら」
「先輩、左向きですね。こっちです。」
小野が僕に言う。
「そうだな。」
少しの違和感を覚えたが、僕はみんなと一緒に左の道を進み始めた。
「くくく」
誰もいなくなった別れ道で怪しく笑う声がした。
「おい両角、こんなことして本当にいいのか?」
「もちろんだ。沢井奈はもう再起不能だ。誰かが仇を討ってやらなければならないだろう?」
「そんなこと言ったって池宮の奴がやったわけないじゃないか。」
「黙れ、あの無能が諸悪の根源だよ。あいつにはきっちり報いを受けさせるのが当然だ。」
「わ、わかったよ。」
「じゃあ俺たちもダンジョン探索に行くぞ。」
しゅんとして黙ってしまった冨樫を引き連れて両角は意気揚々と初心者ダンジョンに挑むのだった。
人気のない通路を進むとドアがあった。
羽束師が鑑定しても罠はないようだ。
ドアを開けるとどうやら部屋のようだ。
僕たちが部屋に入ってドアを閉めようと振り返るとそこは壁だった。
「えっ?一方通行の扉?」
ちょっと慌てていると、部屋の奥の暗がりから凶悪な形相をした大型のゴブリンが三匹現れた。
羽束師は顔色を変えた。
「あ、あれはホブゴブリンだす。」
よほど慌てたのか語尾が変になってしまっていた。
「よし、君たちは防御に徹してくれ。攻撃は僕がやる。」
息を呑んだ三人はこくりと頷いた。
ゴールデンウイークに頑張ったとはいえ、まだまだ彼らの剣術は付け焼き刃である。そんな彼らに攻撃させたら逆襲されて怪我する危険は高い。
とにかく防御に徹して怪我を少なくするのが安全策である。
小野君が一匹のホブゴブリンに対し、羽束師君と舞島君が別の一匹に対抗した。
僕も残ったホブゴブリン一匹と対峙する。
最初は小野君のホブゴブリンを横から蹴飛ばしたりしてこちらにヘイトを向けさせようとしていたが、やっているうちに小野君は受け流しが上手いことに気がついた。
僕が攻撃をするなと言っているので小野君は一切攻撃せずに受け流し《パリー》に徹している。
そうすると驚くべきことにホブゴブリンの攻撃を完全に防いでいるのである。むしろ余裕さえ見せている。
それを見て僕は僕の対峙していたホブゴブリンへの攻撃に重点を移すことにした。
僕もあれから鍛錬したのでホブゴブリンはそこまで強敵というわけではない。
速やかにあちこち切りつけて血煙の中にホブゴブリンを倒したのである。
僕はすぐに小野君の方に行き、ホブゴブリンに攻撃を加えた。僕がホブゴブリンの背中に一撃を加えると、ホブゴブリンはパニックに陥った様子である。
それを見て小野君は受け流しをやめて上段から袈裟懸けにホブゴブリンに切りつけた。あっという間にそのホブゴブリンも血溜まりの中に沈んだ。
僕はすぐに羽束師君と舞島君が戦っているホブゴブリンに切り掛かった。
小野君も加勢してくれたので三匹目のホブゴブリンも難なく倒すことができた。
程なくしてホブゴブリンが溶けるように消えてゆき、小さな宝石のような魔石と何枚かの銅貨や銀貨が残された。
ちょっと忙しくて休んでいました。不定期ですが再開したいと思います。




