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【迷惑度:災害級】「人間だけが居ないミニチュア」を創るため、現実世界をブチ抜く男。――略奪しては模造品に閉じ込める。今日は3センチの火山に『勇者の残骸』を投げ込み、聖剣を溶かして路銀を稼ぐ。  作者: 葛石
第1章 深淵から引き摺り出して、上空から落とす

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13/15

襲撃

王都の中央広場は、黄金色の陽光と、選民たちの熱気に包まれていた。


『至高の食材コンテスト』。

数年に一度、世界中の富と名声が一点に集う祭典。

広場を埋め尽くす観衆は、歴史が塗り替えられる瞬間を待ちわびていた。


会場には、金糸の刺繍が施された白衣を纏う宮廷料理人や、大陸全土に名を馳せる美食家たちが顔を揃えている。

調理ブースからは、数百年もののヴィンテージワインで煮込まれた幻の鳥や、古龍の心臓を贅沢に使った香草焼きの芳香が立ち上り、「美味の祭典」を満たしていた。


壇上に立つ司会者が、拡声の魔導具を手に、朗々と声を響かせる。


『さて、審査の刻が近づいております! 各国の名だたる名匠たちが腕を振るう中、一つ、奇妙な空席がございます。

エントリーナンバー241番! 事務局では「調理場は不要」と言い放ったという例の狂人……いえ、異端の料理人!』


会場に、さざ波のような嘲笑が広がる。


『……ですが、未だその姿は見えません! 棄権でしょうか? それとも、伝説に聞く『工房召喚』の儀式が間に合わなかったのでしょうか!』


「焦げた礼服を着た死神」の噂は、すでに会場中の料理人たちの間で失笑の種になっていた。

一流の厨房も使わず、素材の仕込みも見せない。

そんな者が、この至高の戦場に立てるはずがない――誰もがそう確信していた。


だが、その嘲笑が最高潮に達した瞬間だった。

雲一つない青空の彼方から、その音は響いた。


――ガタンッ。

――ガタンッ。

――ガタンッ。


それは、聖なる祭典にはおよそ不釣り合いな、あまりに無機質な音だった。

鋼鉄の螺旋が回転し、硬質な物体が排出される、ただの作業音。

規則正しく、執拗に繰り返されるその音に、観衆が一人、また一人と顔を上げた。


高度300メートル。

雲の切れ間から、何かが「降って」くる。


「……なんだ、あれは? 魔物か?」


一人の料理人が声を震わせた。

だが、空を覆ったのは、伝説の獣でも、輝かしい魔法の光でもなかった。

それは、太陽の光を不気味に吸収する、「黒いゴミ袋」の群れだった。


ダクトテープで補強され、荷造り紐で吊るされた、あまりに安っぽく、あまりに醜悪なパラシュート部隊。

ワンルームの片隅で、不機嫌に張り合わせた「黒いクラゲ」の群れが、優雅ですらある動作で会場へと舞い降りてくる。


男の襲撃が始まっていた。


「悪戯か? 警備隊は何をしている!」


司会者の叫びが響く中、その「最初の一撃」が放たれた。


先行して落下してきた一つの瓶が、審査員席の直上で静止し、内蔵された「圧縮弁」が臨界点を突破した。


――パシュゥゥ……。


会場の空間が「上書き」された。


噴出瓶から放たれたのは、深淵において、全ての不純物を削ぎ落とし、素材の最小単位で凝縮されたスープの「霧」だ。

それは香りを超えた、暴力。


その圧倒的な重圧が、会場を支配していた豪華食材の香りを、一瞬でノイズへと格下げした。

深淵の記憶が、鼻腔を突き抜け、脳髄を直接揺さぶる。


宮廷料理人が自慢げに煮込んでいた秘伝のソースも、最高級のワインの芳香も、ただの薄汚れた不協和音に過ぎなかった。


「な……なんだ、この……この、重い香りは……っ! 息が、うまく、できない……!」


美食家たちが胸を掻きむしり、膝をつく。

それは「旨そう」といった次元の話ではない。


そして、静寂に包まれた会場に、審査員テーブルの真上に、群れが次々と着地した。


カサリ、と乾いた音を立ててゴミ袋が畳まれ、その中から、無骨な、銀色の「缶詰」が転がり出た。

ラベルすら貼られていない。ただ、マジックペンで乱暴に「241」とだけ書かれた、鉄の塊。


「召喚術師」を期待していた観衆は、あまりに惨めなその正体に言葉を失った。

だが、コンテストの最高責任者である老審査員だけは、震える手でその缶詰を手に取った。


老人は、何かに取り憑かれたように、プルタブに指をかけた。


――シュパッ。


缶が開封された瞬間、再び、広場を透明な衝撃波が駆け抜けた。


老人は震える手で、缶の中の漆黒の液体を、備え付けの純銀のスプーンですらなく、缶のまま、直接口へと運んだ。


「…………ッ!!」


沈黙。

一秒、二秒。

老審査員の目から、大粒の涙が溢れ出した。


「ああ……ああ……。私は、今まで何を食べていたのだ……」


老人は、自身が数十年をかけて築き上げてきた美食の知識が、その一口によって完膚なきまでに破壊されたことを悟った。

まるで、自分こそ食材となって、芳醇なスープに煮込まれているかのような、錯覚さえ体験してしまったのだ。


他の審査員たちも、黒いゴミ袋から這い出た缶詰を貪るように啜り、一様に項垂れていた。

もはや言葉による評価など不要だった。


「優勝は……エントリーナンバー、241。……いや、この『缶詰』だ」


会場にいた数万人の人間が、空を見上げた。


そこには何もなかった。歓声もなかった。

あるのは、ただ、圧倒的な敗北感と、去りゆく職人の「静寂」に対する畏怖だけだった。


高度300メートル。

モニター越しに、審査員たちが涙を流しながら自分の缶詰を啜っているのを見て、男は愉快そうに鼻を鳴らした。

男は時速5キロで離脱を続けた。


審査員席には、空になった缶詰が転がっている。

数万人の観衆が見守る中、老審査員は魂を抜かれたような顔で、最後の一缶を手に取った。


ふと、彼は缶の裏側に何かが貼り付けられていることに気づいた。

ダクトテープで乱暴に固定された、一枚の紙切れ。

それは、どこにでもある「マルシェの領収書」の裏紙だった。


「……なんだ、これは」


老人の呟きに、他の審査員たちが吸い寄せられるように集まった。

そこには、ペン先が紙を削るような荒々しい筆致で、短くこう記されていた。




『レシピ:241』

・港のマルシェの特売玉ねぎ(三つで銅貨二枚)

・萎びた人参(一山で銅貨二枚)

・硬すぎて誰も買わないスジ肉(一切れで銅貨一枚)

・雷鳴草(銀貨一枚)




沈黙が、先ほどよりも深く、重く、会場を支配した。


審査員たちは、自分たちの足元に転がっている「豪華食材」を見た。

高額で取引されるドラゴンの心臓。王族以外には許されない禁じられた魔鳥の肉。

それらを前にして、彼らは今、領収書の裏紙を手に震えている。


「……ありふれた、食材に、毒草だと?」


一人が、掠れた声で言った。

彼らが「自分こそがスープになった」と錯覚し、人生のすべてを否定されるほどの衝撃を受けた「神の雫」。

その正体は、市場の片隅で投げ売りされていた、ゴミ同然の端材だったのだ。


「私たちは……タイムセールのスジ肉に、平伏していたというのか……」


老審査員は、膝から崩れ落ちた。

材料の希少性こそが至高だと信じて疑わなかった彼らの誇りは、この一枚の紙屑によって二度殺された。


手法さえあれば、世界は「格下げ」できる。

そんな職人の傲慢なまでの勝利宣言を前に、美食の権威たちは、ただ領収書を囲んで項垂れるしかなかった。

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