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【迷惑度:災害級】「人間だけが居ないミニチュア」を創るため、現実世界をブチ抜く男。――略奪しては模造品に閉じ込める。今日は3センチの火山に『勇者の残骸』を投げ込み、聖剣を溶かして路銀を稼ぐ。  作者: 葛石
第1章 深淵から引き摺り出して、上空から落とす

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データロスト

男は、モニターに表示された数字を見て、力なく箒を壁に立てかけた。


時速5キロ。


人間が少し早歩きをすれば追いつける程度の、屈辱的なまでの鈍足。

主動力炉を焼き潰し、予備動力のみで駆動する鋼鉄のワンルームは、もはや「家」という名の巨大な鉄の亀でしかなかった。

かつては数時間で踏破した海路が、今は絶望的なほど長く、平坦に横たわっている。


室内を支配しているのは、これまでのような「計算された静寂」ではなかった。

予備動力が発する、不安定で、耳障りな低周波が鼓膜を苛む。


男は床に散乱した「残骸」を見下ろした。

床は小さい収集物がゴミのように堆積し、液体と混ざって汚泥となっていた。


ガリッ、と乾いた音が足の下で鳴る。

その瓶は、ある森の最深部まで足を運び、三日三晩かけて抽出した希少な植物の精油。

中身は無残に床に広がって、異臭を放つ黒い染みと化している。


全て、粉砕していた。


無表情のまま、その価値を失った汚泥を見つめている。

それを少し手に取り、元の大きさに戻そうとしたが、止めた。

希少価値が極めて高い香草と、鮮度を失った神獣の血と、パンくずで出来たそれは、修復不能な泥だった。


それは深淵が男の人生を蹂躙して作り上げた、もう一つの『望まぬスープ』だった。


「……。」


再びちり取りと箒を手にした。

指先を割れた破片で切っても、血が滴っても、眉一つ動かさない。

ただ機械的に、「ゴミ」を袋に放り込んでいく。


一瓶、片付けるたびに、棚が空になる。

空になった棚は、男の人生が削り取られた痕跡のようでもあった。


掃除は数時間を要した。

かつてあれほど濃密な情報量に溢れていた工房は、今や、ガランとした不気味なほどの空白に包まれている。


幸い、家具は無事だった。

唯一壊れなかった特注品、火山を封じ込めた遮断瓶。

そして、作業台の上に積まれた「缶詰の山」だけだった。


男は、その缶詰を呪うように見つめた。

ちり取りを持つ拳が、自重に耐えかねるように震える。


動力炉は焼き切れ、コレクションは全滅。

聖域ワンルームの資産価値は、今や以前の百分の一にも満たないだろう。


だが、その缶詰が放つ圧倒的な存在感――。

1700メートルの圧力を経て、再構成されたその中身は、もはや「料理」という概念を超えていた。


時速五キロの景色は、驚くほどゆっくりと流れていく。


かつては、コンテストなど、単なる「素材」を手に入れるための手段に過ぎなかった。

美食家どもの無知な舌を嘲笑い、さっさと自分の聖域に引きこもるためのプロセスに過ぎなかった。


だが、今は違う。

秩序を奪い、静寂を汚したすべてを、この缶詰で叩き潰さねば、収まりがつかなくなっていた。


怒りは、もはや鋭い棘ではない。

じりじりと、低温で長時間煮込まれた、濃密な漆黒の「スープ」のように、男の魂の底に沈殿していく。


首都まで、予備動力での航行はあと二日。

男は、空になった棚を見つめるのをやめ、歪んだ操舵輪に手を置いた。


時速5キロ。

亀のような歩み。


だが、首都に戻った時、そこに降り立つのは「狂人」ではない。

すべてを深海に捧げ、代わりに研ぎ澄まされた牙だけを持ち帰った、一人の「復讐者」だ。


男は、暗い海面を静かに見つめていた。


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