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【迷惑度:災害級】「人間だけが居ないミニチュア」を創るため、現実世界をブチ抜く男。――略奪しては模造品に閉じ込める。今日は3センチの火山に『勇者の残骸』を投げ込み、聖剣を溶かして路銀を稼ぐ。  作者: 葛石
第1章 深淵から引き摺り出して、上空から落とす

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性能限界、その先

秩序の崩壊は、あまりに無慈悲だった。


モニターに映る六つの視界は、いまや青白い巨大な「掌」に埋め尽くされている。

その腕が鋼鉄の拠点を「獲物」として認識した瞬間、男の聖域であったワンルームは、安住の洞窟から死の深淵へと引き摺り戻された。


「――ぐ、あ……ッ!」


全方位から襲いかかる不規則な慣性に、男の体は紙屑のように翻弄される。

逃げ場のない内壁に肩から激突し、鈍い衝撃音が室内に響いた。


ついに、カメラが全貌の一部を捉える。

巨大な指は人間を模したような五本。だが、あしの数が、生物として多すぎた。

視界を埋め尽くすのは、四対(八本)の、死人のように青白い皮膚に覆われた異形の肢。



そのうちの一対が、逃がさぬようワンルームを強固に掴んでいる。

刹那、残りの三対が、深海の沈黙を爆砕するように一斉に水を掻いた。


「――グ、ウゥッ……!!」


衝撃が、物理的な質量となって男を襲った。

それは抗うことなど到底叶わない、「死」と同義の加速度。


一掻きごとに地上への帰還という希望が粉砕されていくのを、男は本能で確信した。

三対の巨大なかいが暗黒を捉えるたび、ワンルームは荒れ狂う暴風に晒されたように振り回され、翻弄され、叩きつけられる。


偏執的なまでに整理されていたコレクションの棚など、とっくに天井に叩きつけられ、世界中から蒐集した瓶が無残な破片となって砕け散っていた。


男は口内に溢れた血を吐き捨て、ひしゃげた操舵席へ這いずると、デコイの射出ボタンへ拳を叩きつけた。


――水深600メートル


――水深850メートル


――水深1200メートル


――ガコガコガコガコンッ!


凄まじい重力を受け、部屋を舞うのはもはや破片だけではない。

棚から吐き出された缶詰たちが、逃げ場のない慣性に押し出され、弾丸となって壁を、床を、男のすぐ横を跳ね回る。

デコイなど、とっくに数百メートルの頭上に置き去りにされた。


深度計の数字は、すでに男の設計限界を、そして正気を超えていた。


――ッギヂヂヂッチチッ……!


王立最高魔術院が誇る多重術式が、限界を超えて剥離し、断末魔の悲鳴を上げた。


「……ハァ、ハッ……!」


男は荷物の海を泳ぐように転がり、「鉄の箱」に飛びついた。

床にぶちまけられた山から缶詰を拾い上げると、無造作に蓋を抉じ開けていく。


――パシュッ、パシュッ!


内圧の弾ける音が、静寂を切り裂くように連鎖した。

飛び散る高熱のスープが顔を焼くことも構わず、鉄の箱の投入口へ次々と叩き込んでいく。

男はレバーを握りしめ、渾身の力で引き下げた。


――ガタンッ。

――ガタンッ。

――ガタンッ。


鉄の箱から、開封されたばかりの缶詰が深海へと放出される。


暗黒の死の世界に、高温の脂分と異常な香りが、まるで血煙のように一気に拡散していった。

内壁の角では、過負荷で焼け切れた魔導回路から紫色の火花が散った。

浸水こそ免れているが、大気そのものが重く、ねっとりと肺を圧迫し始める。


――水深1700メートル


墜落が、止まった。

正確には、ワンルームを握り潰そうとしていた「青白い腕」の動きが、本体から切り離されたのだ。


離れていく巨大な肢。

男の部屋を握りしめていた「赤黒い歯茎の怪物」は、もはや捕食者の威厳など微塵もなかった。


そして、次にモニターが映したのは、地獄の釜の底を覗き込むような、巨大な「単眼」だった。

その触手が丁寧に青白い腕を巻き取っていく。

まぶたも、情も、光すらもない。ただ純粋な「飢え」だけを宿したその瞳。

男が踏み込んだ、深淵の法。


「……ッ、ハァ」


男の喉から、乾いた吐息が漏れる。

1700メートルの底に棲む、真の主。


バキッ、という、密度の高い水を通してもなお脳髄に響く骨折音が轟く。

男が放出した缶詰から漏れ出す極上のスープが、さらなる有象無象を深淵から呼び寄せていた。


男は血まみれの手で荷物を掻き分け、緊急リミッターを掘り出した。

ワンルームの心臓部、主動力炉の出力を物理的に拘束している「安全栓」だ。

これを開放すれば、水圧に抗う爆発的な推力が生まれる。


だがそれは同時に、動力炉を二度と修復不可能なレベルまで焼き潰すことを意味していた。


「――付き合って、……られるか」


男は、燃え上がるような熱を帯びたレバーを、力任せに引き絞った。


轟音と共に、深海に「人工の炎」が顕現した。

臨界を突破した動力炉が、猛烈な魔力奔流を噴射する。

その光の爆発は、ワンルームを物理法則から切り離し、垂直上方へと弾き飛ばした。


衝撃で意識が混濁する中、男はモニターに焼き付いた「最後の光景」を見た。

爆炎の向こう側、あまりに巨大な「虹彩」がゆっくりと視線で追いかけていた。

それは男を敵とも認識していない。ただ、不快な火花を、無機質に見つめているだけだった。


「……グッ、……ッ……!!」


ワンルームは深海を切り裂き、不運な深海生物を引き千切りながら急浮上していく。

焼け落ちる回路の悲鳴を無視し、男は死に物狂いで体を支えた。


――パリッ、チリチリ、シャリッ。


装甲から、先ほどの瓶と同じ「割れる音」が聞こえる。

限界を超えた圧力差に、守護術式が屈し始めていた。

それでも鉄屑のワンルームは、ガタガタと震えながら上昇を続ける。


やがて、奇妙な浮遊感のあと、男の体は床に叩きつけられた。

名もなき公海。激しい水飛沫と共に、鉄屑のワンルームが海面へと躍り出たのだ。


背後で「ガシュン……」という、鉄が溶け落ちるような不吉な音が響き、主動力炉から一切の駆動音が消失した。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


男は、散らばる瓦礫に囲まれ、仰向けに倒れていた。

室内には、焼け焦げた魔力残滓の、吐き気を催すような異臭が立ち込めている。


聖域は半壊。

主動力炉は沈黙し、修復は絶望的。

手元に残ったのは、漂流するのが精いっぱいの「予備動力」だけだ。


だが、男の震える手は、無意識に「その一缶」を強く握り締めていた。


「……っ、ふふ……あはは!」


男は、血を吐きながら笑った。

手元にあるのは絶望の重圧によって、食材の最小単位同士で融合し、昇華した「究極の缶詰」だ。

王族がどれほどの金を積もうと、大魔術師がどれほどの術式を編もうと、この地獄の底の圧力を再現することは叶わない。


男は血がこびり付く指先で、缶詰のプルタブに手をかけた。


――パシュッ。


噴き出したのは、深淵の記憶そのものだ。


室内の不快な異臭が、一瞬で塗り替えられた。

真夏の陽光を浴びた野菜畑を一滴に濃縮したような、純粋な香り。

男は、その黄金色の液体を一口、喉へと流し込んだ。


「……ああ。……死ぬほど美味い」


涙のように溢れ出した冷や汗を拭い、男は転がるモニターに映る、忌々しくも眩しい太陽を見つめた。


主動力炉の完全損失。膨大な修理費。汚された静寂。

そして、予備動力だけで這うように進むしかない、果てしないこれからの道程。


男は不敵な笑みを浮かべ、時速数キロという、這うような速度でしか動かない操舵輪を、首都へと向けた。

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