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【迷惑度:災害級】「人間だけが居ないミニチュア」を創るため、現実世界をブチ抜く男。――略奪しては模造品に閉じ込める。今日は3センチの火山に『勇者の残骸』を投げ込み、聖剣を溶かして路銀を稼ぐ。  作者: 葛石
第1章 深淵から引き摺り出して、上空から落とす

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9/15

深海500メートル

「静寂の湖畔」を離れ、鋼鉄のワンルームは大海原へとその進路を取った。


「……もうすぐだ」


男は作業台兼操舵席に座り、無機質な計器類を確認する。

今回の「深海調理」に要する工程は、移動を含めて三日。

だが、備蓄している食料と水、そして循環式の魔力酸素供給装置は、最低でも二ヶ月以上の籠城を可能にしていた。


ワンルームの外装、あの「鉄の箱」に、男はあらかじめ用意しておいた「デコイ」を装填した。

中身は、試作品のスープを詰めただけの無価値な缶詰だ。

万が一、深海の魔物がこのワンルームを特定した際、紛らわせるための偽の餌。


大海原への到着と同時に、潜行開始。


ワンルームが海水を切り裂き、斜め下方へとその艦首を向ける。

モニターに映し出される世界は、劇的にその色を変えていった。

最初は、太陽の光が降り注ぐ「楽園のような青」。


海面付近を回遊する色鮮やかな生命を追い越していく。

大小、様々な生き物が、ワンルームを恐れて動く、目で追いきれない躍動感。


「……これは、綺麗だ」


水深40メートル。

分厚いモニター越しに広がるのは、太陽の残光を極限まで濾過した、濃密なコバルトブルーの静域だ。


視界を埋め尽くすのは、体内に冷光を宿した『水晶鱗クリスタル・スケイル』の群れ。

彼らが尾を振るたび、剥がれ落ちた魔力粒子がマリンスノーと混ざり合い、万華鏡のような光彩を撒き散らす。

珊瑚の影からは、極彩色の皮膚を波打たせる海洋の魔物が、毒々しいほど鮮やかな触手を揺らめかせていた。


その幻想的な景色の直下――足元に視線を落とした瞬間、世界は一変する。

そこには、あらゆる色彩と生命を飲み込む「底なしの大穴」が口を開けていた。


水深200メートルを超えると、世界から「色彩」が剥ぎ取られていく。

モニターに映る生物たちは、まるで魂を吸い取られたかのように白濁し、目玉だけが異様に肥大化した、色も温度もない半透明の幽霊へと変わっていく。


その時、機体内に張り巡らされた魔導回路が、獣の唸りにも似た低周波を上げた。

ヌッ――と、巨大な「何か」が、ワンルームと入れ違いになるように真横を通り抜けていく。

それは意思疎通を拒むほどに巨大な、沈黙の質量だった。


隠蔽ステルス機能」の出力を確認する。

当然、最大出力の隠蔽だ。


水深300メートルを超えた、その瞬間だった。

男の背筋を、氷点下の液体を流し込まれたような寒気が駆け抜ける。

完璧なはずのステルス被膜など存在しないかのように、何かがこの鉄の箱を凝視している。


――違和感。いや、生存本能が鳴らす警鐘だ。

モニターに映るカメラの一つが捉えた。


巨体ゆえに、カメラではその全貌を捉えきれない。

モニターを埋め尽くしたのは、不気味に剥き出しになった赤黒い「歯茎」の列と、ギョロギョロと動く大きな四つの目玉だった。

その肉の塊は、地上の理屈など通用しない「深淵の法」を男に突きつけていた。




水深400メートル。

外壁を叩く水圧の音が、これまでの「単調な振動」から「軋み」へと変質する。


性能限界は、水深1000メートル。

だが、この『海』が内包する悪意の前では、その数字すら無意味な気休めに思えた。

モニターに映る巨体に、拳を握り締めた。追跡されている。


「……気付いては、いないはず」


水深500メートル。

目前の暗黒に、海底火山の噴火跡と思しき海底洞窟を見つけた。

男は躊躇なく舵を切り、ワンルームをその地獄の喉奥へと滑り込ませた。


剥き出しの深海に身を晒すのは、もはや自殺行為だ。

この天然のシェルターの陰で、最短時間で「調理」を完遂する。

男の指先は、恐怖を押し殺すように冷たい計器を叩いた。


着陸。

ワンルームが洞窟の底に沈み込み、静寂が訪れる。

だが、それは安息の静寂ではなかった。


モニターが、洞窟の外を巡回する「大きな何か」の影を捉えていた。

何らかの意志を持って、執拗に探し回っている。


すでに下準備は終わっている。

極限まで圧縮された食材を外殻の圧力釜へと流し込む。


調理、開始。


500メートルの水圧が、男の術式を通じて釜の中へと一点集中される。

ワンルーム全体が、聞いたこともないような高周波のうなり声を上げた。

外装の「深海の被膜」が、外部の莫大な圧力を熱と振動に変換し、食材の細胞壁を一瞬で粉砕していく。

男はモニターの数値だけに集中した。


圧力、良し。

温度、良し。

魔力共振、極めて良好。


外壁の向こうでは、相変わらず「巨大な影」が、洞窟の入り口付近を徘徊している。

時折、巨体が岩肌に触れるたびに、ワンルームが激しく揺れた。


一分が、一時間のように感じられる濃密な沈黙。

やがて、調理器具のゲージが「完成」を指した。


そして――。


――ガコンッ

――ガコンッ!

――ガコンッ!!


静寂極まる深海の洞窟に、その硬質な金属音が響き渡った。

缶詰が回収口へと次々と吐き出された、勝利の音。


男が安堵の吐息を吐き出すよりも早く、その結末は訪れた。




――ウォオオォォオン!!




洞窟全体が、悲鳴を上げるような衝撃に包まれた。

あの「巨大な何か」が、今の音を聞き逃さなかった。


モニターに、洞窟の岩肌を容易く粉砕する、巨大な青白い腕が映り込む。

次の瞬間、鋼鉄のワンルームは、飢えた獣に捕まった玩具のように、強引に「安全地帯(洞窟)」から引き摺り出された。


「――ッ!」


全方位から襲いかかる慣性に翻弄され、男は逃げる間もなく硬質な壁面へと打ち付けられた。

それと同時に、男が偏執的に維持してきた秩序が崩壊する。

コレクションの棚からは、世界中から集めた数多の瓶が、抗いようのない重圧によって弾け飛んだ。


鷲掴みにされている。


浸水こそ免れているが、機体全体が悲鳴を上げている。

深度計の針が、男の理性を置き去りにして、光の届かぬ深淵へと一気に加速を始めた。

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