↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴族様の成り下がり  作者: いす
8章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/77

75話目

75話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 ホテルから詰め所までそう距離は遠くなく、馬車には頼らずに徒歩で向かう事となった。

 実地訓練前にワッフルが言っていたようにロプトーンは見た限り普通の街で、常に色々な変化や見直しがせわしなく行われる王都とは違い、ふと立ち止まっても許されるような穏やかな空気が肌寒くも流れていた。

 詰め所が近づくにつれて、学校も付近にあるのだろうか、進む道には学生の姿が増えてくる。

 誰かとの待ち合わせなのだろう、道の端で止まっていた俺達と同じ年代らしい制服姿の男子が、慣れきった朝にしのび込む見知らぬ蒼と白の制服に視線を向ける。

 流石に近くで見られるとワッフルも緊張したらしく、その男子生徒の前を通る時には呼吸を止め、距離が出来るとふはーっと息を吐く。

 そんな落ち着かない様子のワッフルに、クーシルが話しかけた。

「今の知ってる人?」

「い、いえ……。でも、ここら辺はもうちょっと怪しいかもですね……」

 ワッフルは警戒するように周りに目を走らせて、白の制服の上から不安げに胸を抑える。

 今度は先程の男子と同じ制服の女子が道の角から現れ、ワッフルはまたぎょっと身を跳ねさせるが、クーシルの方は興味ありげに去っていったその後ろ姿を眺める。

「他の学院……じゃない、高校って、あんな感じなんだ、制服」

「そんな大きく変わってはいないな」

「ね。でもなんか新鮮」

 ブレザーなのは学院のと変わらないが、黒の生地や制服に入ったラインは、俺達が日頃見ている物とは違っている。

 毎日見ている物だからこそ、少ない変化でも際立きわだって異質に写る。

 ここの高校生からしたら、俺達の制服がそうなのだろう。

 それから何度か高校生に出会でくわしはしたものの、秘策が成功していたのか、はたまた単に知り合いはいなかったのか、何も起こらぬまま詰め所に着いた。

 三階建ての建物の出入り口には騎士が立ち、まだ朝とあってか、ガラス扉の奥の受付には職員か廊下を抜ける騎士しか見当たらない。

 入り口の騎士に会釈をしながら、詰め所へと入っていく。

 ミミコ先生が受付で今回の事件の担当者への取り次ぎを頼み、来るまでしばしの待ち時間。

 その間にシルバレードは自分は無関係だからとばかりに、近くの掲示板にふらりと流れていった。

 受付前のソファで待っていると、奥から女性の騎士が現れた。

 こちらを見てあぁと口を開けたのを見て、ミミコ先生が立ち上がってお辞儀をし、俺達も続いて立ち上がる。

 騎士もそれに頭を下げて応えた。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 簡単な挨拶を済ませ、早速一階の部屋に案内をされた。

 騎士が事件に関する書類を長机の一番端に座ったミミコ先生に渡し、机の上を介して反対の端にいる俺まで書類が流れてくる。

 聞く体勢が整うまでの間、クーシルが入ってきた扉の方に顔を向け、レグにこそっと話し掛けた。

「シルバレード来なかったね」

「興味ないんだろうな……」

 俺達が案内されていくのは見ていただろうに、シルバレードは掲示物を見たまま動かなかった。

 今回の実地訓練はシルバレードにとって、完全に『ネカスの実地訓練』という見方なのだろう。

 さながら教師のように俺達の前に立った騎士が、書類が行き渡ったのを見て、それではと今回の事件について説明を始めた。

「今回起きたのは宝石店への強盗です。あ、事前に聞かれたのってどれぐらいですか?そこは私の担当ではなくて」

「怪我人がいなかった……ぐらいですね。だから、容疑者の人についてとかは全くで……」

 事前にネカスに届いた情報をミミコ先生から聞き、騎士がそうですかと軽く頷く。

「白昼堂々の犯行だったのですか、現場では三人の男が目撃されています。背格好についてはそちらの紙にまとめてありますので」

 言われて手元の紙を見るが、流石に宝石店への強盗とあって顔は隠しての犯行だったらしい。

 それぞれの簡単な背丈や服装などの記載はあっても、明確な目星を付けられそうな有力な情報はほとんど見つからない。

 上から下に頭へ情報を取り込んでいる途中、とある箇所で目が止まる。

「この……線が入っているのは?」

 一人の男の情報にどれも軒並み線が入っている。見た感じ、どうやら上から書き足された物らしい。

「その男については昨夜発見しまして、確保したんです」

「あ、そうなんですかっ!」

「……もしかして、あれか?」

 驚くワッフルの声を耳に、ロプトーンに着いた時に見掛けた駅前での騒ぎを思い出す。

「ランケくん、知ってるの?」

 俺の呟きに、反対の端にいながらもミミコ先生がこちらを覗いてくる。

「いや、昨日見掛けたんだが……」

 まさしく昨夜、駅前で馬車に乗り込む際、数人の騎士が何か慌ただしく動いていたのを見ていた。

 あれが容疑者の男を追いかけていたものとすれば、色々符合する。

 俺と同じ光景を見ていたレグに目付きで確かめると、あーと唸ったレグは思い出した出来事を騎士に尋ねた。

「駅前のっすよね、なんかそこら辺で見て」

「そうですそうです。連絡出来なくて申し訳ありません……。捕まえた後も中々忙しかったもので……今もまだ取り調べ中なんです」

「そんな、大丈夫です。早く捕まった方が良いですもんね」

 頭を下げる騎士に、気にしないでくださいとミミコ先生は胸の前で手を振る。

「駅の方面は集中的に張っていまして、向かっている所を発見したんです。盗られた宝石類についても一部は持っていたのですが……どうやらその三人で山分けをしたようですね。そしてそのまま、個別に別れて逃げたのでしょう」

 盗った宝石は三人で分け、逃げるのは別々に。

 逃げるにあたって、集団で固まるメリットというのもない。そこは合理的に動いているらしい。

「今現在、取り調べで他二人の容姿などそういった所も訊こうとはしているのですがかたくなで……。別れたとみられる以上、行方についてはそもそも何も知らないでしょうね」

 合理的な行動だからこそ、捜す側としては中々困っている状況らしい。

 芋づる式の情報が無いとなると、残りの二人を追い立てるのはかなり厳しくなる。

 騎士の行き詰まったような表情にも、それが如実に浮かんでいた。

 話を聞いて、ミミコ先生が口を開く。

「では、残る二人の容疑者を捜すのが、今回の実地訓練になるんでしょうか?」

「それも一応は考えたのですが……あまりに情報が無く、お任せするには難しい状況でして……」

「え……じゃあ、あたし達は……」

 任せられる段階にはないと語る騎士に、クーシルが戸惑いをこぼす。

「それでこちらも考えたのですが、ナイフの捜索をお願いしたいんです」

「ナイフ、ですか?」

 今まで出てきてこなかった言葉に、ミミコ先生が首をかしげて訊き返す。

「捕まえた容疑者の男が、店員を脅迫する際に使用したと思われるナイフです。それがまだ見つかってないんです」

「持ってなかったんですか?」

「それが昨夜、追跡中に容疑者が途中で投げ捨てたんです。どこに捨てたのか大まかな場所は分かっているのですが……夜だったのもあってまだ捜せていなくて」

 犯行に使ったナイフとなれば貴重な証拠品だ。証拠隠滅か嫌がらせの意図で投げ捨てたのだろう。

「捨てた場所、というのは?」

「川ですね。あっ、とは言っても、水の中ではないんです。その周囲の草の辺りに落ちたらしくて。今日これから何人かで捜しに向かう予定だったんです。どうでしょう、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 容疑者の男が捨てたナイフの捜索か。

 物捜しであれば、ネカスの人数は申し分ない筈だ。

 まるで情報の無い他二人の後をゼロから追わせるよりも、少なくとも場所は分かっているナイフの捜索を任せる方が、詰め所として無駄のない判断という事になったのだろう。

「分かりました。みんなもそれで良いよね?」

 突発的な話ではあるが、俺達でもきちんとまっとう出来る役目だ。

 ミミコ先生もそれならという顔でふんふんと頷き、俺達に視線を配る。

 誰からも反論は無く、むしろクーシルとワッフルからは意気込む声が上がった。

「頑張ろ!ワッフル!」

「速攻で見つけましょう!」

 そのナイフが投げ捨てられた場所がどこなのかの説明など他にもいくつか話を聞いた後、実地訓練の説明は終わり、部屋を出て廊下で騎士と別れた。

 受付の前まで引き返すと、ソファに悠々と座っていたシルバレードが「来た」と立ち上がった。

「終わった?どこ行くの?」

「川」

「か、川?……どうしてそんなとこ」

 クーシルの端的過ぎる返答に、シルバレードの口がつまずく。

 コルファの実地訓練としてはまず考えられない場所だ、戸惑うのも仕方ない。

 事の経緯をクーシルがわやわやと説明している間、レグがワッフルに話し掛ける。

「ワッフル、服どうすんの?」

「服……ですか?」

 不意にレグから尋ねられて、ワッフルが自分の白の制服を見下ろす。どういうことですか?と頭にはてなが浮かんだ。

「いや、ジャージならないとじゃね?物探すんだし。草ん中、制服で突撃はきついだろ」

「……はっ!ど、どうしましょう!」


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 実地訓練の内容に関係なく、ジャージは常に持っていく事になっている。

 制服からジャージへ着替えに一度ホテルへと戻り、それから現場の川へと向かった。

 強盗がナイフを投げ捨てた川は住宅地の間にあり、増水に備えて周りよりも深く掘られた底を穏やかに流れていた。

 周囲には柵が張られていて、その上から見える川の周囲は伸びきった草で地面がほとんど見えない。

 犯人はいっそ、水よりもこの草の中を狙って投げたのではないかとさえ思える程の長さだった。

 ミミコ先生が詰め所で借り受けた鍵で柵の扉を開け、全員で少し急な階段を降りていく。

 と、俺の隣を歩くレグが前のワッフルを見て、こちらに顔を傾けてきた。

「結局ジャージだな」

「あぁ。だが、あのバッグは……」

 俺達と揃いの赤いジャージ姿のワッフル。そして、その肩に提げられた大きなバッグ。

 本格的な物捜しとあって、全員武器はホテルに置いてきた。

 他に荷物らしいのは、ミミコ先生が鍵と一緒に貰った、発見したナイフを入れる用の鞄のみ。

 ワッフルはここまでずっと、中身の分からないバッグを大事そうに運んできたのだ。

「おいしょー」

「ワッフル、それの中身は……」

 最後の一段を降りると同時にワッフルに尋ねる。

 先生が階段に置いた鞄の隣にそのバッグを並べたワッフルは、これですか?と言うと快く答えてくれる。

「制服とか色々です!」

「持ってきたのか」

「はいっ!これが終わったら着替えようと思いまして!」

 ついでに聞いていたレグが「そういう事か」と得心をする。

 ホテルからジャージで出てきた時は白の制服は置いてきたのかと思ったが、やはり秘策とあってそう簡単に諦められはしないらしい。

 しかしだとするならば、もっと良いやり方があった筈だ。

「着たままじゃダメだったのか?運んでくるより良いと思うが」

 多少動きにくかったとしても、そっちの方が間違いなく楽ではある筈だ。少なくとも、この大きなバッグは運ばなくても良くなる。

 しかし、俺が口にした意見をワッフルは頭をぶんぶんと横に振って強く断る。

「そしたら汚れちゃうからダメです。ランケさんのなんですから汚せません!」

「そ、そうか……ありがとう」

 言った通り、大事にしてくれているらしい。

 にひっと笑ったワッフルは、川を眺めていたクーシルとミミコ先生の元へ駆けていく。

「クー、どうです?ある感じします?」

「間違いなくあるね、これは。……思ってたより広いけど」

「うん……時間掛かっちゃうかもね……」

 詰め所の騎士から受けた説明では、逃げる容疑者を追いかけていた騎士が少数だったのもあり、まずは確保が優先となったらしい。

 その結果、投げられたナイフがどこに落ちたのか、正確な場所の把握までは出来ていないとの事。

 分かっているのは、この一帯にあるという事と水に落ちる音はしなかった事だけ。

 川の水深は目測それなりにある。上から物が投げられたのなら、水の跳ねる音が目立ってするぐらいはある。

 捜すべきなのが草むらと分かっているのは良いが、それもかなり広い。

 先の苦労が見えてしまったのか、早くもミミコ先生の顔に多少ばかりの疲れが滲んだ。

「あっちも可能性ありますかね?ぽーんて投げたら届いちゃいますよね」

 そう言ってワッフルは石で出来た不安定な足場を跳ねて川の目の前まで近付いていき、草で隠れる対岸の奥を首を伸ばして覗き込む。

「あー、ありえるかもね……」

 クーシルもワッフルの後を追いかけて、対岸を確かめる。

 俺もそんな二人の横に並んで、男がナイフを投げ捨てた背後の道を見上げる。

 犯人が逃げていた道からこの川まで、顔を上に向かせるぐらいには高さがある。

 そこから全力で投げたとすれば、俺達の頭を越えて対岸まで届いてしまうかもしれない。

「しゃく的にどう?」

 可能性はあると口にするクーシルが、尖った唇の顔をこちらに向ける。

 悩ましげなその視線を受け取って、とりあえずの判断を下す。

「可能性があるなら、確かめた方が良いかもしれないな」

 騎士は俺達に対岸の事については何も言ってこなかった。

 どちらの岸を捜すべきか明確な指定が無かったのは、どちらにも可能性があるからなのだと思う。

 クーシルも「分かった」と口にして、それから川に視線を落とした。

「これさ、ジャンプしたら届くかな?いけそうじゃない?」

 見たところ、川に飛び石はあるがここからだと距離が遠い。どれだけ近くても少し歩いた先の橋をくぐった所にある。

 いざ対岸を捜すとしてそこまで向かうのが面倒と思ったのか、クーシルは今にも試しで飛び出そうとする。

 ひらひらと好奇心で揺れるサイドテールを、後ろからミミコ先生がたしなめた。

「落ちたら大変でしょ?濡れちゃうよ」

「でもほら、水キレイだし。まだ案外そんな冷たくも…………うっ!」

 しゃがみ込んだクーシルが、太陽が溶ける川にせいっと手を浸ける。

 すると、八重歯を見せる気ままな笑顔が、またたく間に凍りついた。

「ひゃっこ……!」

 一瞬の間の後、容赦ない寒さが手から身体からだへ染み込んできたのか、ひゃーと悲鳴を上げ、引き抜いた手をぱたぱたと振る。

「こ、これ、落ちたらやばいよ……!ほんとに……やばいっ……!」

「ほら、クー。……わ、冷たい」

 ジャージのポケットからハンカチを取り出した先生が、震えるクーシルの手を優しく拭く。

 本当に冷え切っているようで、体温の失いように先生の目が丸くなっていた。

 一瞬は川に落ちていた方が範囲も狭いしで分かりやすかとも考えていたのだが、この分だとそっちの方が危なかったかもしれない。

 クーシルの手を拭き終えたミミコ先生は、ハンカチを仕舞うと俺達を見回した。

「それじゃあ、始めよっか」

 実地訓練ではあるものの、今回はミミコ先生も手伝いとして参加するらしい。

 容疑者と対峙するような内容でもない以上、断る方がむしろ嫌がられるだろう。

「頑張りましょう!」

 ワッフルが高らかに続いて、ナイフ捜しの時間が開始を告げた。

 詰め所からホテルまで戻って、ホテルからここまで。

 移動でそれなりに時間を使ってしまった。

 朝に見掛けた高校生たちはすでに自分の机に向き合って、黒板に打たれた文字をペンで追いかけている頃だろう。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


「ランケくーん、クー、ワッフルー」

 ひたすらに草むらをかき分けていると、ミミコ先生の間延びした声が背中を突いてきた。

 俺と一緒に対岸の担当となったクーシルとワッフルも顔を上げ、声の方へ頭を回す。 

 川を挟んで階段の近く、先生がこちらに向けて腕ごと大きく手を振っていた。

「お昼だよー、休憩しよー」

「もうそんなか……」

 熱心に捜していたのもあってか、気付けばもうお昼らしい。

「見つかんないね……けっこう探したのに」

 一旦の休憩であっても心残りがあるのか、クーシルは唇を尖らせて、近くの草むらを軽く手で退ける。

 捜索中に地面に付いてしまわないようマフラーみたく首元に巻かれたサイドテールが、するすると元の形に戻っていった。

 午前中で調べられたのは、こちら側でおよそ半分ばかり。

 向こう側はシルバレードが不参加ながら、ミミコ先生とレグが頑張っていたようだが、未だナイフは発見出来ていない。

 とりあえずはミミコ先生の元へと向かいに、クーシルとワッフルと三人で橋の下をくぐって飛び石を跳ねる。

 全員が集まっているのを見て休憩と察したのか、この川の周りを散歩していたシルバレードも階段へ戻って来た。

「みんな、おつかれさま。ずっと動いてるとちょっと暑くなってくるね……」

 もこもこの髪は特に熱が貯まるのか、ミミコ先生は後ろ髪を持ち上げて、ぱたぱたと上下に振ってうなじから排熱をする。心地良さそうな息が唇の隙間からふぅとこぼれた。

「お腹空きました……」

「俺も………。物探しって割と疲れんな……」

 ワッフルがふへぇと天に向かって息を吐くと、レグも地面に向かって力なく呟く。

 階段にふらふらとへたり込んだ二人を見て、クーシルが排熱を済ませた先生にサイドテールを振る。

「せんせ、お昼どうする?」

「あー……お弁当とかあればいいんだけど……。この辺どうなのかな……ワッフル、知ってる?」

「こっちら辺はわたし来たことないです……」

 先生からの視線に、眼鏡の奥の目をむーっと閉じていたワッフルは弱々しく首を横に振る。

 ワッフルが知らないとなれば行き着く結論は一つしかない。

「探すしかないか」

「全部探すじゃん……」

「それじゃあ、この辺みんなで回ってみる?」

 ミミコ先生がそう提案するものの、全員の反応はかんばしくない。ナイフ捜しで等しく全員、体力が削れている。

「こうなったら……じゃんけんだな」

 他に手はないとばかりに、レグが重々しく口にする。

 途端、覚悟を決めるように息を呑む音がした。

「負けたら探しに行くメンバーね?」

「で、勝ったらここでちょっと楽してていい。六人分だから、買い出し3人休憩3人な」

「でもあれね?買ってきたやつ、文句なしね?嫌いなの入ってるー、とか後々言うのなしだからね?」

「分かりました!やりましょう!」

 話は着々と決まり、さっきまでのぐったりした様子が嘘のようにレグとワッフルが階段からぴょんと立ち上がる。

 ミミコ先生も担任としてそのやり方に異論は無いようで、自然と出来た輪の中に緊張した面持ちで混ざってくる。

「シルバレードは……」

 自分の背後にいたシルバレードに、レグが身体からだを振り向かせて声を掛ける。

「………………」

「……まぁ、五人でやるか」

 銀色の瞳に長い沈黙で返され、伝えたい意は汲んだとレグの身体がこちらに戻る。

「シルバレード不参加だから、負け3勝ち2な。じゃ行くぞ、真剣勝負!」

 簡単に勝敗の改定をしてから、俺達を見回して声を上げる。

 五人揃って手を前に構えた時、レグとワッフルの間、それも少し高い位置から、六人目の手が下りてきた。

「あれっ?シルバレードさん?」

「僕もやる」

 顔を横に逸らしながらも階段から細い腕を輪の中へ伸ばして、シルバレードはじゃんけんの構えを取る。

「負けたら探しに行かないとですよ?」

 先程の沈黙は、参加するかどうかの葛藤の間だったのだろうか。

 こういうのに混ざるのが意外で、それはどうやらみんなも同じらしく、ワッフルが不安げに負けた時の条件を再確認する。

 自分を写すその桃色の瞳にシルバレードは微笑みを見せ、心配はいらないと凛々しく応えた。

「いいよ別に、負けないから」

「おぉ……カッコいいですね……」

「んじゃ元通り3・3な。行くぞ?……真剣勝負!」

 結果、俺とレグ、シルバレードの三人で昼食を探しに行く事となった。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 買ってきた昼食を済ませて、午後からはすぐにナイフ捜しを再開した。

 午前中に手を付けられなかった川岸付近の草を中心に捜すが、かき分けてもあるのは土か積もった石ばかり。

 徒労とも思えてくるが他に楽な手段はない。

 次こそあればと思いながら、川のすぐ傍で伸びる草むらへ場所を移す。

 先にそこを調べていたクーシルとワッフルは俺が近くに来ると軽く顔を上げ、それからミミコ先生達のいる反対の岸へ顔を向ける。

「シルバレードさん、すっかり拗ねちゃいましたね……」

「言い出しっぺ、めっちゃ睨まれてんね……」

 階段に座るシルバレードはじゃんけんを持ち出したレグを一心に睨んでいて、背中に感じる強い怒りから隠れ場所でも探すように、レグはどんどん遠くの草むらに歩いていく。

 昼食自体はすぐ近くに店があって大した手間にはならなかったのだが、彼女としてはそれよりも負けた事が許せないのだろう。

 こちらからはどうにも出来ないとまさしく対岸の気持ちで眺めていると、レグのほとんど真上にある橋の上を小さな子どもの集団が歩いてきた。

「わ、なにあれかわいい……」

「癒されますね……」

 近くに幼稚園でもあるのか、お揃いのスモックを着た子どもがエプロンを付けた保育士に先導されて橋を渡っていく。

 後方には子どもが数人乗った手押しのリヤカーもあり、こちらに気付くと歩いていた一部は橋の欄干から顔を出して、奇妙そうに首を傾げながらも無邪気に手を振ってくる。

 保育士に連れられていく平和的な姿を見送っていると、子どもに手を振り返していたクーシルがそうだとワッフルに頭を回した。

「ね、ワッフル。一緒に写真写ってた子いるじゃん?」

「はい?」

「あの子たちってさ、いつから一緒なの?幼稚園とか、それぐらいん時から?」

 ワッフルが見せてくれた昔の写真に写っていた二人の女子。

 ワッフルとはかなり親しく見えたが、どれぐらいの付き合いなのか興味が湧いたらしい。

 一応、完全にその話にのめり込むつもりはないようで、クーシルは近くの草を退けながらワッフルに顔を向けて話を待つ。

「あー……幼稚園からではなかったです。小学校上がってからでしたね。2年生で、最初は『モカモカ』……あ、えっと背の高い方です。モカモカと一緒になって、で、次に3年生で『チュー』と仲良くなったんです。それからはクラス違ったりはしましたけど、なんだんかんだで一緒でしたね」

「へー。モカモカとチューね」

 写真の中で二人の女子に挟まれていたワッフル。

 その中で背が一番高かった薄い黄色の髪の女子がモカモカと言い、三人の中では背が低い赤いお団子髪の女子をチューと言うらしい。

「二人とも、わりと自由なんですよ?思い付きで動いたりとか全然しますし」

 決定的な出来事があったのか、ふふっと笑ったワッフルはとても楽しそうに目を細める。

「ワッフルがそれに付き合ってたのか」

 王都での彼女はどちらかと言えば思い付きて動く方だ。

 クーシルも持つそれと重なった結果、俺の部屋には観葉植物が置かれている。

 意外な一面だと思ったが、ワッフルはんーと言葉を濁す。

「まぁ……わたしも似たようなもんではありましたけど……。ここじゃないですけど、夏に川行ったり、学校で花火したりとかして。ほとんど遊んでばっかでしたね」

 語る声音は楽しげで、表情にも幸せそうな色が満ちている。

 本当に親しい友人で、色褪いろあせない思い出ばかりが記憶には詰まっているのだろう。

「今、なにしてるんだろ……」

 そんな思い出には存在しない今の彼女達の姿に、ワッフルが小さくも思いを馳せる。

「気になる?」

「気にはなります。会う予定はないですけど!」

「ガンコだねー。話したいことあったりしないの?」

「ま、まぁ少しぐらいなら………………あ、あったーー!」

 不意に上げられたワッフルの大声に心臓が跳ねる。

「ワ、ワッフル……?」

「そんなあるの?」

「ナイフですっ!見てください!ありましたよ!」

 促されるまま、ワッフルが指を差しまくる場所を背中の上から覗く。

 茂る草に隠れて、石の隙間にナイフが一本刺さっていた。

 穏やかなこの場所にはあまりに似つかわしくないその姿。間違いない、容疑者の男が投げ捨てたナイフだろう。

「せんせー!ありましたー!!」

「ほんとー!?」

「まじで!?」

 遠くのレグも聞こえたようで、先生に続いて声が挙がる。

 ミミコ先生は階段に置いていた鞄を手に取り、わたわたと飛び石まで走っていく。

「すごっ、ワッフル!」

「よく見つけたな。本当に対岸こっちにあるとは……」

 無論ある可能性を考えた上で捜してはいたのだが……こうして予言めいて見つかると驚きが勝ってくる。

「ふふふー、やりましたよ!」

 その予言の主であるワッフルは両手を構え、俺とクーシルが構えた片手にぺちぺちとハイタッチを連打してくる。

 と、危なくも飛び石を渡ってきた先生が、レグを連れて俺達のところまで辿り着く。

「あ、あったの!?」

「ほら、ここですよっ!」

 ワッフルが指差した場所を覗き、ミミコ先生とレグがおぉと息を漏らす。

「ワッフルが見つけたの。スゴくない?」

「すげぇ、さすが地元」

「もっとわたしを褒めてください!」

 ジャージの胸を張るワッフルにミミコ先生は「お見事だね」と言葉を掛ける。

 その奥、先生達が渡ってきた飛び石をシルバレードも一歩一歩軽々したステップで渡り、俺達の隙間をするっと抜けるとナイフを覗いてへぇと呟く。

「思ってた以上に普通のだね。これ届けたらもうおしまいかい?」

「うん、そうだね。ちょっと待ってね」

 ミミコ先生は持ってきた鞄にごそごそと手を入れ、一組の手袋を取り出す。

 一応は強盗で使用された物、素手で触る訳にはいかない。

 手袋を装着した先生は鞄から更に紙袋を取り出し、手にしたナイフをまずその中に慎重に入れてから、最後は鞄の中に厳重に仕舞う。

「よしっ」

「やー、よかったよかった。はーつかれたー……」

 ミミコ先生がナイフと脱いだ手袋を入れた鞄を閉じると、クーシルが凝り固まった背筋を伸ばす。

「ん?」

 それと一緒に伸ばされた腕の肘辺りに、何か棘の卵のような物が見え、気になって手を伸ばす。

「どしたのしゃく」

「いや……」

「もっかい?あたしとしても意味なくない?」

 クーシルは肘の棘に気付いていないようで、俺が伸ばした手に不可解そうにしながらも、もう一度ぺちんとハイタッチをしてくる。

「あ、いや……」

「なに?へへー、なんだよぉ」

 遊びとでも思われたのか、そうではないと進めた俺の手にクーシルは触れられる前からくすぐったそうにして、へにゃっと笑うと身をよじる。

「いや、なんか草?が付いてる。とげの卵みたいな……正式名称が分からない」

「草?あ、ほんとじゃん、なにこれ。取って!」

 自分の肘を見て付いていた棘の卵に気付くと、クーシルは俺に腕をんっと差し出して、取るよう促してくる。

 つまんで力を込めて引っ張ってみると、制服からぴっとそれが剥がれた。

 草の一部のようではあるが、随分と見た目は刺々(とげとげ)しい。

 俺の手がつまむそれにレグが顔を寄せた。

「くっつき虫か。クーすげー付いてんじゃん。てかお前も付いてっけど、腹んとこ」

「本当か?」

 クーシルの身体からだだけではなく、見れば俺のジャージにも同じ物がいくつもくっついている。

「みんな、ずっと捜してたもんね」

「先生もですよ?髪の毛くっついちゃってます」

「え、そう?……あ、ほんとだ」

 どうやら捜していた草の一部に、そういうのが実っていたらしい。

 それが俺達の服に移ったようで、みなどこかしらにくっつき虫と呼ばれる物がひっ付いていた。

 腹の辺りに付いていた物を取り除くと、目の前から伸びてきた手がジャージのチャックの傍に新しいくっつき虫を足してくる。

「なんだ」

「へへへー」

 犯人は楽しげにサイドテールをひらひらとさせ、自分の腰に付いていたくっつき虫を今度は俺の肩にちょんとくっつけてくる。

「なるほどな」

「新しいおしゃれって感じですね」

「レグ……ワッフル……」

 そうなると他も連携をし始め、どんどんと俺にくっつき虫が溜まっていく。

 その中でそっと背中に近付く気配がして、後ろを見る。

 こっそり近付いていた先生が、くっつき虫を持ちながらひゃっと身を跳ねさせた。

「ご、ごめんね……!」

「いや、付けたいなら付けてくれ」

「それじゃあ…えい」

 自分のふわふわの髪の毛に戻そうとしたのを、再び俺の背中にそっとくっつけてくる。

 唯一何も付いていなかったシルバレードがジャージを刺々しくさせていく俺を、一歩引いた場所から冷めた目で見てくる。

「なにしてるの……」

「シルバレードもいる?新たなファッションやろうぜ」

「やらない」

「油断しましたね、クー!まだ弾はありますよ!」

「はっ!ちょ、取れないっ!新たなファッションがあたしにも……!!」

 背中の丁度中心辺りに投げ込まれ、クーシルが必死に手を伸ばす。

 しばらく、くっつき虫を付け合う小競り合いをしてから、ナイフの報告に詰め所へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。