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貴族様の成り下がり  作者: いす
8章

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74/74

74話目

74話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 ロプトーン出発の日を迎えた。

 シルバレードという不可解な疑問を連れて、電行車でんこうしゃは王都から走り出していく。

 ロプトーン直行の電行車は王都にはないようで、一度別の街で乗り換えをしなくてはいけない。

 その街までの移動はそれほど時間は掛からなかったのだが、王都出発が今回は遅かった事もあり、ロプトーン行きの電行車に乗り込んだ時にはすでに昼を大きく過ぎていた。

 ロプトーン行きは長い旅路になる、向こうに付く頃には夜だ。

 今日はそのままホテルで一泊し、翌日の金曜日から宝石店への強盗について調査を始める段取りとなっている。

 走り出して早々、時刻としては遅くなってしまったが昼食として駅弁を開き、その中身に話も盛り上がったのだが、空腹が満たされると湧いてきたのか、睡気ねむけが会話に切れ目を生み出していく。

 速攻で負けたレグに加え、一応は抗っていたミミコ先生とクーシルも、電行車の心地良く刻まれる揺れに誘われて徐々に徐々にとそれに呑まれていく。

「んー……」

「えへぇ…あったかぁ…」

 乗り換えで多少バタついたところもあった。

 三人掛けの席の真ん中でうつらうつらと船を漕ぐ先生と、そんな先生の膝を枕に隣のクーシルも寝息を立て始める。

 無意識なのかミミコ先生は、自分の膝で眠るクーシルの髪を頬も丸ごと含めて優しく撫でていた。

「寝ちゃいましたね」

 向かいの席全員が眠気に負けた姿に、俺の隣に座るワッフルが声を小さくしてくすっと微笑む。

「ランケさんも寝ちゃっていいですよ?わたし起こしますから」

「いや、大丈夫だ」

「でもランケさん、お休みの日でも早起きじゃないですか。寝坊とか全然しないですし。睡眠時間足りてます?」

「大丈夫だ、眠くない」

 気に掛けてくれるのはありがたいが、本当に眠気は感じていない。

 逆にと言葉を返そうとしたが、不安の多い帰郷ききょうだからだろう、ワッフルのこちらを見る目もしっかりと冴えていた。

「じゃ、お菓子どうぞ」

 流石に二度も大丈夫と言えばワッフルも信じてくれたようで、開けたばかりのスナック菓子の箱を俺に向けてくる。

 中から一つつまんで、口の中でさくっと砕く。

「おいしいな。味なんなんだ」

「もろこしですね。焼きもろこし……みたいな」

 ワッフルの手がくるくると回すお菓子の箱を二人で眺めて、スナックの味を確かめる。

 と、記憶が口を動かした。

「セフォンは……もう王都を出ただろうか」

 セフォンも今週、実地訓練があると話していたが、詳しい日付までは聞けていない。

 その話の中でした菓子の事が、目の前の小さな箱と結びつく。

「カァレさんもお菓子、食べててくれてますかね?どんなの好きなんですかね?」

「なんだろうな……」

「……呑気なものだね」

 俺が座る通路側とは反対、窓側の席に座るシルバレードが眺めていた車窓から視線を外す。

 そして向かいで眠る三人とお菓子の話に悩む俺達を見て、馬鹿にするような、呆れたような息をふぅと吐いた。

「シルバレードさんもどうぞです」

「おいしいぞ」

「いい」

 シルバレードにもお菓子を渡そうとしたワッフルだが、彼女は目も向けないで首を横に振る。

 それから視線を自分の手元に落とした。

「ロプトーン……ここ、どういうとこなの?」

 膝に澄まして置かれた彼女の手には、ロプトーン行きのチケットが一枚。

 これから行く場所に関して何も情報を持っていないと気付いてか、ワッフルに尋ねる。

「わたしの故郷こきょうです」

「……故郷。へぇ」

 故郷である事は髪色に直結する事ではない。ワッフルもそう判断して、隠さず話したのだろう。

「学院来てからずーっと帰ってなかったんで……ちょっとドキドキしてます。あ、シルバレードさんは最近、ユーツ帰りました?」

 シルバレードの故郷であり、同時に自分の領地と言っても差し支えない街が『ユーツ』である。

 シルバレードが持ち込んだ実地訓練で俺達を連れて帰った事もあったが、その後はどうなったのだろうか。

 ワッフルの問いは俺も気になる内容で、紫がかった黒髪の上から銀色の髪を覗く。

「ユーツは……しばらく帰ってない」

 桃色の瞳に見つめられた彼女は視線を前に向ける。しかしそれは、すぐに床へと落ちた。

「君たちと行った、そう……あの時が最後かな。……当面帰るつもりもないよ」

 窓に逸れた彼女の瞳が外の景色を見ていたのか、はたまた薄く反射した自分を見つめ返していたのかは分からない。

 シルバレードがネカスにいる理由が何も分からない今、言葉の端々から何か情報を得ようとつい勘ぐってしまう。

 だけど結局、彼女が話してくれない限りは、全ては真実に勝る事のない有象無象の疑惑でしかないのだ。

 シルバレードの細い身体からだから覗いた窓の先で、小さな村のようなものが左から右に流されていった。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 日暮れが終わり、夜になる。

 窓に絶え間ない街の明かりが流れ出し、それから電行車が止まった。どうやらロプトーンに着いたらしい。

 凝り固まった身体からだで席を立ち、棚から荷物を下ろしていく。

 俺と寝起きで力の有り余っているレグが率先して、他のみんなの分も下ろしていく。

 最後にシルバレードの荷物を抱えたレグが、ぐっと苦しげな声を漏らした。

「シルバレードの……なんか重くね?めっちゃパンパンなんだけど」

「気のせい」

 膨れ上がっている自分のバッグを彼女は気に留めず受け取って、電行車の出口へかつかつと歩いていく。

 外は窓を見る度に暗くなっている。

 あまり話し込む余裕もなく、俺達もロプトーンの駅を出た。

「おぉ……暗くてあんまり分かんない……」

 ロプトーンの街への第一声はクーシルだった。

 駅前に広がる家々や店々を見ながら、どうしようもない感想を口にする。

 店の明かりはまばらながらも灯り、往来の人もいないわけではない。

 ただやはり時間が良くないようで、ロプトーンの街はどこか物寂しい空気を月が照らしている。

「ちょっと寒いな……」

 はっきり寒さと言っていい気温にレグが小さく言葉をこぼし、身を縮める。

 王都からロプトーンまでかなり北に上った。

 まだ王都では芽吹いていない冬が、ここでは服の上からでも容赦なく染み込んでくる。

「どう、ワッフル?久しぶりのロプトーンは?」

「あんまり……変わってないですね。あ、まぁ、ちょっと新しいお店もあるかもですけど」

 クーシルと一緒になってぐるっと周囲を見たワッフルは、変化のない事にむしろ安心したような声をこぼす。

 一年半ぶりのロプトーンではある。

 だがそれよりも長い時間を、きっとワッフルはここで過ごしていたのだ。

 見慣れた物もあれば、いっそ見飽きてしまった物さえあるかもしれない。

「みんなー、ホテル行くよー」

 一人離れていたミミコ先生がこちらに向けて手を挙げる。

 先生の隣には既に二台の馬車が止められていた。重い荷物を引きずって、そちらへと歩いていく。

 三人ずつで別れて乗り込もうとした時、遠くから聞こえた人の声。

 喉を張った何かを呼び掛けるような声だった。

 何度か建物に反響したからだろうか、何を言っているかまでは分からない。

 その声に反応して、数人の騎士が集まって建物の隙間へと走っていく。

「なんだろな、あれ」

「事件だろうか」

 先に乗っていたレグも馬車から顔を出し、俺が見ていた方を一緒になって窺う。

 つい長々と見そうになったが、レグの奥に座るミミコ先生の視線を受け、荷物をかついで馬車へ乗り込んだ。


 ━━━━━  ━━━━━  ━━━━━


 夜闇が終わり、朝になる。

 移動ばかりの昨日と違って、今日から実地訓練が始まる。

 まずは騎士団の詰め所に向かい、今回の事件に関して話を聞きに行かなければならない。

 朝食をホテルの一階で済ませ、一旦、三階の部屋へ戻る。

 学院から借り受けた細剣のベルトを腰に巻き付けていく。

 部屋にいるのは俺一人。

 これまで通りレグと二人部屋なのだが、レグは早々にクーシルに引っ張り出されていった。

 ワッフルの地元だからこそと言うべきなのか、ワッフルよりもいっそクーシルの方が意気込んでいる。

 細剣の装備も終えた。巻き付けたベルトに触れて、鞘に収まった剣を見下ろす。

 実地訓練が始まるのだ。

 心の中で自分に告げて、帽子と鍵を取って部屋を出る。

 扉の施錠をし、一度ドアノブを捻って確認してから階段に向かう。

 すると、四階から白の制服が降りてきた。

「……シルバレード」

「…………はぁ」

 寮に続いて、今度はホテルの階段。

 二度目の階段での鉢合わせにため息を吐いたのかと思ったが、重い足取りで階段を下りてくるシルバレードの顔は、俺への嫌悪感ではなく疲弊に染まっていて、何か厄介事にでも巻き込まれてきたかのようだった。

 俺の前にまで来た彼女は、こちらから尋ねる事もなく話しかけてくる。

「クーとワッフル……それにあの先生も、ちょっと自由過ぎないかな?仕方なく一緒の部屋で妥協してあげたのに、ずっと話しかけてきてうっとおしかったんだけど」

 俺の顔をじとりと睨んで、どうにかしろとばかりに苦情をぶつけてくる。

 昨夜、先生とクーシル達の四人部屋に、四人目としてシルバレードは組み込まれた。

 前々から三人は実地訓練となると四人用の部屋で泊まっていて、余っていた一人分のスペースにシルバレードが収まったのだ。

 しかし、シルバレード本人がそれを了承しなかった。

 一人部屋でなければ落ち着かないと、誘う三人に向けて断固拒否をしたのだ。

 俺とレグが見たのはそこまでだったが、どうやらシルバレードが折れる形で決着を迎えたらしい。

「髪が綺麗だとか脚が細いだとか……しつこくてしょうがない」

 眉間を抑えるシルバレードの口からは、文句が止まらず語られる。

 きっと、この調子で三人にも言いはしたのだろう。だが、効果はなかったのだ。

「シルバレードが気になるんだ。どういう人間なのか知りたいんだと思う」

 俺も彼や彼女らには同じような思いを持った事がある。それは嘘偽りない真実だ。

 しかしそれも今になって振り返ってみると、相手を知って仲良くなりたいという、彼らなりの優しさだったのだと感じられる。

 シルバレードは俺の言葉に、到底納得出来ないと言いたげな深いため息を返してきた。

「だとしても、やり方ぐらい考えてほしいんだけど。朝起きたら寝顔見られてたんだよ?三人揃ってね。好奇心って別に、好き勝手していい方便じゃないよね」

「……知りたいんだ、シルバレードを」

「強引だって君も思ってるだろう?」

「…………思った事はある」

「ほら」

 やっぱりとばかりにシルバレードはダメ押しのため息を吐いて、ひとまずの気は済んだのか、下に続く階段へ向かっていく。

 そして数段下りたところで、背の低くなった彼女が「そうだ」とこちらに振り向いてきた。

「ワッフルさ、部屋出たくなさそうにしてたんだけど、あれなんなのかな?先生もう先出てったし、君、呼んできたら?」

「ワッフルが……」

 自分は関係ないからと階段を下りていくシルバレードを見送って、四階の方を見上げる。

 出たくなさそうにする心当たりはある。

 けれど、だからと俺が行って何が出来るのかは分からない。迷惑になるかもしれない。

 そんな迷いを抱えながらも、かと言って無視も出来ず、悩む足で怪談を上がっていく。

 部屋の番号は先生から聞いてある。

 四階まで上ってその番号の扉を探し、また少し悩んでから三回ノックした。

「その……ラ、ランケ・デュード・グランドルだ。ワッフル、いるか?」

 名前を呼ぶと、扉の奥で小さな足音がとたとたとこちらに迫ってくる。

 ガチャリと扉が開けられ、紫がかった黒髪が隙間からひょこっと出てきた。

「どうしたんですか?……なんでフルネームなんですか?」

「……礼儀と思ってな、一応。準備、まだ出来てないのか?」

 ワッフルはまだブラウスのままで、ピアスも盾も身に着けていない。真っ赤なリボンだけが首の下で目立っていた。

「あ、ごめんなさい……まだ終わってなくて」

「いや、急かしに来た訳じゃないんだが……」

「ちょっと外見てまして」

 そう言って、ワッフルは部屋の奥にある窓に向かっていく。

 そのまま付いて行っていいのか扉の前で立ち止まるが、入ってこないんですか?と彼女の眼差しが俺を招いてくる。

 足元に散らばるバッグを踏まないよう気をつけながら、俺も彼女の後を追って窓に近付いた。

 覗き込んだ窓からは、このホテルが玄関を向ける通りが見える。

 昨日の夜は暗闇に隠されていた景色が朝の日差しに暴かれ、王都で見掛ける人とはどこか雰囲気の違う人々がまばらに歩道を行き交っていた。

 真下を見ると、クリーム色のもこもこの髪の毛や綺麗な銀色の髪がホテルの前で並んでいる。みんな、俺達を待っているのだろう。

 と、その中のオレンジのサイドテールが、何かをつむじで感じ取ったようで上を向く。

 俺達に気付くとぴょこぴょこ飛び跳ね、近くのベンチで倒れているレグを除いて、先生とシルバレードも俺達を見上げて反応を見せる。

 そんな様子にワッフルはくすっと笑ったものの、笑顔には幾ばくかの不安が見て取れた。

「もう出会うかもしれないのか」

 時間的にはちょうど学生が登校する時間帯だ。友人や面識のある人間と出会う確率はかなり高いだろう。

「ここら辺は学校そんな近くにないですし、まだ大丈夫だとは思うんですけど……。ちょっと緊張しちゃいまして……」

 自分を落ち着かせるようにふぅと息を吐いて、彼女は至って真剣な顔を作る。

「これは、秘策しかないですね……!」

「あぁ、用意したんだったな」

 秘策を用意してきたと出発前に話していた。使うならばまさに今がうってつけだ。

「ランケさん、絶対びっくりしますよ!」

「俺を驚かせても意味はないと思うが……」

 秘策の効果を望むべきはこのロプトーンにいる友人知人で、他を巻き込む理由は薄いと思うが、相当な自信の表れなのだろう。

「それじゃあ準備しますので、先行っててください。すぐ行きますので!」

 彼女は俺の腕を取ると廊下まで引っ張り、俺を放ってから部屋の扉をバタンと閉める。

 出来るならばここで見てみたかったが、ワッフルに言われたのであれば従うしかない。

 部屋を立ち去り、一階まで階段を下りていく。

 秘策とは一体なんだろうか。

 学院の制服でロプトーンの街を歩く以上、目立つことはまず避けられないだろう。どうあっても一定の注目は集めてしまう。

 となれば一番効果的な手は、顔を見られたとしても判別が出来ないようにする事だ。

 例えを出すならサングラス。クーシルやレグが持っているのを借りれば手間も無い。

 ただ彼女は眼鏡を掛けている。サングラスだけでは視力の面で危うくなる。

 もっと無難に考えるなら帽子か。それだけで顔は隠せる。

 秘策という言葉に悩みながら一階まで下り、その帽子を被りながらホテルを出る。

 玄関の前の歩道で待っていたミミコ先生達が、俺を見てから後ろを覗いた。

「あれ、ワッフルは?」

「秘策の用意をするらしい」

「秘策?」

「なにそれ」

 ミミコ先生は頭にはてなを浮かべ、シルバレードも怪訝そうな顔で聞き返してくる。

「ほぉ……ふふふ……」

 ただ一人、クーシルはふっと口角を持ち上げる。

「クー、知ってるの?」

「まぁ、それは見てからのお楽しみ?」

 どうやらクーシルも関わっているらしい。

 もしやレグもと思い、倒れているベンチの方を見るが、まるで動かない様子からして無関係なのだろう。

 と、前に立つ三人の視線が俺の後ろに集まった。

 追って振り向くと、ワッフルがホテルの奥からこちらに走ってくる。

「あれは……!」

 ワッフルの予言はまさしく当たり、びっくりして無意識に声が出る。

 両耳に電結晶でんけっしょうのピアスを揺らし、背中には盾を背負って、白の制服を身にまとった彼女は俺達の前で足を止めた。

「ワッフル、準備完了しました!いつでも出発オッケーです!」

「ど、どうしたんだその格好は……!」

 ミミコ先生とシルバレードも俺の隣に並んで、驚いた顔でワッフルの白の制服をまじまじと確かめる。

「えっと、ワッフル。それが秘策……なの?」

「はいっ!このために用意しました!せんせーもびっくりしたんじゃないですか!!」

「うん、すごいびっくりしてる……」

 一枚噛んでいるらしいクーシルが、ワッフルの隣に並んでふっと笑う。

「さっワッフル、説明しちゃいな、秘策をさ」

 クーシルが親指を立てるとワッフルもまたそれに親指を立て返し、白の制服を着るに至った理由を話し始めた。

「白の制服の凄さについては、ロプトーン(ここ)でも当然有名です!『着ている人はみんな凄い優秀な人』、そういうイメージなんです!そこで裏をかく訳ですよ!わたしを知っている人であればある程、『あれ、あのかわいい子、なんかワッフルっぽいな?かわいいな』と例え思ったとしても、『でも白の制服じゃん。じゃあワッフルが着る訳ないよね?かわいいな』となる訳なんです!完璧な作戦ですよっ!」

「……あまり肯定が出来ない」

「……理由が悲しいよ」

「なりふり構ってられないんですっ!どんな手だって使いますよ、今のワッフルは!」

 俺とミミコ先生の弱い声を、強い覚悟と決意でむふんと吹き飛ばすワッフル。その目がシルバレードに向かう。

「どうですか、シルバレードさん!お揃いですよ、お揃い!」

 嬉々として語り掛けてくるワッフルに、白の制服をじっと見ていた銀色の瞳が持ち上がる。

「会いたくない人でもいるの?」

「へっ」

「見つかりたくない人がいるから、そんな格好するんだろう?」

 事情を知らないシルバレードでも、秘策の話を聞けばそこまでは把握出来てしまったらしい。

 反撃でも喰らったように、ワッフルの頬を一滴の汗が垂れ落ちていく。

「あーー……えぇっと……ですね……」

「なんでもいいんだけどね、別に。僕には関係無いことだろうし」

 シルバレードは狼狽うろたえるワッフルを追求はせず、淡白に話を終わらせる。

「その……話せる時が来たら話しますので!」

「いいんだけど、別に」

「気になるとは思います……!だけど、まだ待っててください!お願いします!!」

「いいって言ってるよね」

 困った顔の彼女を見て気遣った、という訳ではなく、本当に口にした通りらしい。

 ワッフルとの押し問答に苛立ったようなシルバレードは、むしろその話題から逃げるように別の質問をした。

「それよりそれ、どこで調達したの?本物だろう?買おうと思って買える物じゃないけど」

 確かに、どこで手に入れたのだろうか。

 白の制服は、コルファに入る事が決まった生徒にしか手に入れられない。

 王都中を探せば怪しい模造品ぐらいはあるかもしれないが、見た限りデザインや布の質感は間違いなく本物だ。着ていたのだから分かる。

 実地訓練が発表されてから大した日も経たずの今日。どうやって白の制服を用意したのか。

 まじまじと見ていると、違和感が胸を突く。

 俺はこの制服を知っている。

 彼女が着ているこの制服自体を、俺は見た事があるのだ。

 制服のサイズは彼女の身体からだにきちんと合わせられているものの、まだ身に馴染んでいないからだろう、新品にはない前の所有者が残したと思われる、わずかなシワや形の歪みがあった。

 それが直感を叩き、頭から言葉が落ちた。

「それ……それ俺のじゃないか?」

「あ、気付いちゃいました?」

 待っていたとばかりに、ワッフルがにんまりと唇を緩める。

「いつの間に……」

「王都を出る前の日にです。ほんとはちゃんと話して借りようと思ったんですけど、頼みに行った時、ランケさんいなくて。時間的に急ぎだったものですから!」

「サイズ、よく合わせられたな……。そのままじゃ合わないだろう」

「クーが直してくれました。全然ぶかぶかしないですし、ぴったりですよ」

 白の制服は裾も袖も、ワッフルの身体に無駄なく合わせて着込まれている。

 その出来栄えに、サイドテールが得意げな様子でひらひらと揺れた。

「ノったねー、指が」

「こういう事になるとほんと早いよね……」

「ふっふっふー」

 ミミコ先生の冷ややかな声にも、クーシルは褒め言葉を受け取るように胸を張る。

「いいのかい、君はこれで」

 シルバレードが横目で俺に尋ねてくる。

「……まぁ、もう着るつもりはない。いっそ良いのかもしれないな」

 白の制服が着れなくなったのは、制服ではなく俺の問題だ。制服自体にはなんの罪もない。

 クローゼットの中でただ古ぼけていくよりも、こうして誰かに着られていく方が服としての意義はあるはずだ。

 知らぬ内に改造されて、目の前に出てくるとは思っていなかったが。

「ありがとうございます、ランケさん!大事に使いますね!」

 そう言って、ワッフルの顔に満面の笑みがにぱっと咲く。

「…………そ」

 片やシルバレードは、風に煽られた花のように顔を背けて短く呟く。

 俺が口にした答えは、彼女の求めているものではなかった気がした。

「だがワッフル……それ、洗ったか?」

 王都を出る前日、つまり二日前に持っていったとして、あの日は午前が授業だった。

 サイズ合わせに使った時間や荷物の準備も考慮すれば、クリーニングに出すような余裕などない。

 無論、清潔に使っていたつもりではあったが、それでも俺のクローゼットから引っ張り出したのをそのまま着ているのではないだろうか。

 訊くと彼女は自分の白の制服に目を落とす。

 それから両手を袖の中にすぽっと隠すと、その袖を顔に近付けた。

 袖の奥ですんすんと鼻が鳴り、表情ににーっと怪しい笑みが浮かぶ。

 おもちゃを咥えた子犬がじゃれあいにでも誘うように、顔を引き、身体からだを半歩下げると、身に着た制服をぎゅっと抱きしめた。

「まぁまぁまぁ。さ、ほら行きましょう!無敵ですよ、このワッフルは!」

 投げられたボールを追いかけるかのごとく、ワッフルはレグの元へぱーっと駆けていく。

 ……まぁ、彼女が良いのなら、俺が言うべき事はない。

「レグ!行きますよ!実地訓練ですっ!」

 肩をばしばしと叩かれ、まぶたを重そうに開けたレグが、眼前に現れた白の制服に目を見開く。

「うぉ……!なんか、服白くね……?」

「朝起きたらこうなってました!」

「まじで……!?」

 秘策を着て、心にかなり余裕が出来たらしい。

 ワッフルは真っ白な背中を俺達に見せつけて、どんどんと前を進んでいく。

 身勝手な思いを込めて封じた白の制服。

 それがああして元気良く跳ね回っているのを見ると、やはり俺の手元に無い方が良いように思える。

 まだ身に馴染んでいない蒼の制服を軽く直して、ロプトーンの街へと繰り出した。

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