73話目
73話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
自室の扉を開けて、寮の廊下へと出た。
共用スペースまで一直線の道のりを進み、玄関まで進んだところで、ガラス扉が透かす強烈な朝日を浴びる王都に足が止められた。
ここで昨日、シルバレードは降り積もる月光を浴びていた。
彼女がネカスに泊まるという事実はどこか幻染みていて、結局ここで踵を返して帰ったという偽りの方が、俺の知る彼女の振る舞いとしては信じられた。
身を捻り、彼女がいるのだろう二階への階段をなんの気もなく見上げる。
「シ、シルバレード……」
そこに立っていた、幻染みた銀色の髪。
柔らかそうな白い生地の寝間着に包まれた腕を組み、鋭い眼差しが事実に固まった俺を威圧的に見下ろしてくる。
「朝から君とはね」
「……おはよう」
「ふんっ」
俺の挨拶を鼻を鳴らして弾き、階段をとんとんと降りてくる。
寝る場所が変わって昨日は眠れたのだろうか、敵意だけが滲んた顔付きでは判別が付かない。
階段を降り切ったシルバレードは、俺の頭の辺りに視線を留める。小馬鹿にするような音色が細められた唇からくすっと奏でられた。
「寝癖、付いてるよ」
「……そうか」
彼女の頭にも明らかに流れに逆らった髪がぴょんと束で跳ねていたが、指摘したとしても彼女の気分を悪くさせるだけだろう。
どちらからと言うこともなく、シルバレードと共用スペースへ歩いていく。
何か話すべきかと迷うが、彼女は俺を嫌っている。
無駄な話はしないでおこうと口を閉ざしていると、シルバレードの方から話の蓋を開けてきた。
「もう後がないんだ、毎日学院頑張らないとだね?嫌になったりしないのかい?」
白く細長い指が隠した口元には、愉快さが覗いていた。
今の俺の状況をシルバレードが知らない筈はない。
退学の手前で不安定に過ごす俺が、きっと見ていて楽しいのだろう。
「今の俺はセフォンの温情でここに居られている。どんなことがあっても蔑ろにするつもりはない」
どうせ後が無いのだからと、開き直って全てを投げ出したりはしない。
それはセフォンだけでなく、先生や彼らさえも裏切る事になる。
俺の言葉にシルバレードは一瞬だけ口を閉ざして、片隅に思い付いた考えを見定めるような沈黙を取った。
「……じゃあ、もしだけどさ、一つ質問。その彼が明日、君に『学院をやめろ』って言ってきたら?そしたら君はどうするんだい?」
「やめる」
一紙の間も使わずに答えを返す。
多少は悩むかと思っていたのか、聞く用意が出来ていないとばかりに、相対する彼女の目がぱちぱちとまばたきをした。
「セフォンが決めたのなら俺に他の選択肢などない。やめるだけだ」
セフォンはこれと思う理由を見つけられなまま、迷いながらも学院が下した退学という処分を保留にしてくれた。
過去の自分の決断が認められなくなる事だって、これから時間が経っていく中であり得るかもしれない。
例えこの状況をそれで撤回されたとしても、彼を傷付け、その罪を理解せずにいた俺が、反論や文句など口にしてはいけない。黙って受け入れるだけだ。
「……随分、素直になったね」
興が削がれたというよりも、考えていた言葉を見失ったような様子で呟いて、シルバレードはしのばせていた愉快さを仕舞い込む。
俺から逸れていった銀色の瞳は、他人を見るような色が小さく浮かんでいた。
目の前に迫った共用スペースの扉を開けると、キッチンで寝間着のジャージにエプロンを巻いたクーシルが、おーと声を上げた。
「おはよ、しゃく、シルバレード」
「おはよう、クーシル。レグも」
まだサイドテールは結んでいないようで、腰よりも下に落ちた髪が自由そうにはらりとなびく。
「…………おはよう」
「うん……えへへ、おはよ!」
「……何回もしつこい」
シルバレードから若干まだ固さがありながらも挨拶を返されて、クーシルは嬉しそうにへにゃっと笑う。というか素直に「うれしー……」と染みるような声をこぼしていた。
「先生は?もう出たのか?」
「うん、めっちゃばたばたしてた」
共用スペースにいるのはクーシルと、キッチン前のテーブルで突っ伏して、名前を呼んでも無反応だったレグ。クーシルに早々と連れてこられたのだろう。
ワッフルはまだ起きてきていないようで、ミミコ先生は昨日指折り数えていた仕事をしにもう寮を出たらしい。
「すぐ準備する」
今日は俺とクーシルが朝食の担当。
エプロンを取りに行こうとしたが、それをクーシルの声が止めてくる。
「先、顔洗ってきたら?あたし進めとくから」
「分かった、すぐ済ます」
包丁や火も使うのだ、一旦水で完全に意識を覚ますべきだろう。
共用スペースの奥の壁のへこみまで歩き、左右に別れた道の前で立ち止まる。
付いてきていたシルバレードに振り返り、道の先にある両方の扉にそれぞれ顔を向けた。
「左が男子で右が女子用だ。間違えないようにな。間違うと……怒られる」
「……見れば分かるよ」
扉にそれぞれ掛かった男子と女子のマークが手書きされたプレートを見て、シルバレードが俺の説明を一蹴する。
「この寮も進化しているんだな……」
「は?……昨日、お風呂借りてるから」
「そうだったのか……」
俺が部屋に戻った後にでも、先生に言って入ったのだろう。
馬鹿を見るような目付きのシルバレードと左右に別れ、顔を洗い、寝癖を整えて共用スペースに戻る。
今度こそとエプロンを巻いて、卵や野菜の並んだキッチンに向かう。
「皿、大丈夫か?シルバレードの分、足りてないんじゃないか?」
流しで手を洗うクーシルに、後ろの食器棚を見て気掛かりを尋ねる。
シルバレードが泊まって昨日の今日だ。
貴族寮から来たシルバレードに、自前の皿やスプーンなどの用意はないだろう。
見た感じ食材の数については冷蔵庫にある分で足りているようだが、食器については心配があった。
「前にしゃくの買った時ね、予備でちょっと買っといてたんだよね。それシルバレード用にしようかな。一回洗わないとだけど」
「じゃあ、それは俺がやる」
「りょーかい」
分担をして朝食の用意を進めていると、洗面室から寝癖を整えたシルバレードが出てくる。二度と逆らわせないようにか、念入りにその辺りの髪を撫でていた。
テーブルの椅子に腰掛けた彼女は洗った皿を拭く俺を、頬杖を付いて物珍しげに見てくる。
「君が……料理?」
俺がエプロンを巻いてキッチンに立っているという姿は、過去を知る人間からすれば相当な違和感になるだろう。
彼女の場違いを見る視線に、卵焼き用にボウルに卵を手際良く割っていたクーシルがくすっと長い髪を揺らす。
「割とあれこれチャレンジはしてるよ?ちょっとずつ慣れてきてる感じするし」
「……自覚はない。卵、失敗したしな」
前に卵を割るのに挑んだ事があったが、今のクーシルのようにはいかず、結果は散々だった。苦い思い出が声を弱くさせる。
「やっぱり。料理なんて出来ないんだ」
思った通りだとシルバレードの目元が嬉しそうに細められる。
「じゃあさ、丁度だしリベンジしてみる?」
最後の皿を拭き終えた俺に、クーシルが手に持った卵をどうする?と一つ差し出してくる。
前に挑んでからそれほど日も経っていない。失敗した感覚は手に生温かく残っている。
「……やってみる」
しかしこのまま避け続けて、それで上手くなる訳はない。
緊張が胸で騒ぐのを感じながらも、手を洗ってクーシルから卵を受け取る。
「コンコンってやって、パカーって感じね」
「コンコン、で、パカー……」
前にも教えてもらった事ではあったのだが、今一度復唱をして、大量の黄身が浮かぶボウルを前にする。
傍にあったまな板に軽い力で卵をコンコンとぶつけ、殻がくしゃっと歪んだのを感じてボウルの上で割る。
前はここで力を入れ過ぎてしまい、殻を綺麗にパカーっと割れなかった。
だが今回は一片の殻も混ぜずに、白身と黄身がボウルに垂れ落ちてくれる。
「おぉ…出来た。出来たぞ、クーシル」
自分自身でも驚いてクーシルに顔を向ける。
すると、内から湧いてきたような優しい笑みをクーシルが表情に浮かべた。
「ふふっ、うん、出来たね。おめでと」
「もう一回いいか?」
「コツ掴んだ?」
もう一度やってみるが、やはり卵は綺麗に割れてくれる。クーシルの言った通り、コツを掴めたのかもしれない。
「やっぱ、料理の基礎値的なの上がってんだろうね。成長したねー」
「……そんなこと出来たってね」
ただ漠然と独り言のような言葉をこぼして、キッチンからシルバレードの目が離れる。
俺の料理をする姿にもう興味を無くした様子だった。
クーシルから卵を割る係を引き継いで、朝食の準備を進めていく。
着々と出来上がっていく料理を皿に盛り付け、テーブルへ運んでいく。
その途中、ワッフルが欠伸をしながら共用スペースに入ってきた。
「おはようございます……くぁぁ……」
「おはよう」
「おはよー、ワッホー」
「あ……わたし、最後でしたか……」
いまいち開いていない目でふらふらと身体を揺らしながら、ワッフルの足は習慣で洗面室に吸い込まれていく。
「……おはよう」
シルバレードの脇を抜けようとした時、静かな挨拶が不意に返される。
「おはようございます、シルバレードさん…………シルバレードさんっ!?」
昨日の出来事を夢とでも思っていたのだろう、紛れもなくいるシルバレードにワッフルから一瞬にして眠気が吹き飛ぶ。
丸い瞳を更に丸くさせて彼女に顔を近付けるが、昨日の経緯を思い出したようで小さな呼吸で冷静さを取り戻す。
「あっ……そうでしたね、今日から一緒なんでしたね」
「いつかはいなくなるけどね」
「それでも、これからよろしくお願いしますね。シルバレードさん」
「……よろしく」
シルバレードの最低限の対応に満足げにはいと頷いて、ワッフルは洗面室に歩いていく。
「ほーらー、レーグー、じゃーまー、朝ごはん置けないー」
トーストの皿をテーブルに運んだクーシルだったが、置きたい場所にある石像のような濃い緑の頭に、腰に手を当ててふぅと困ったような息を吐く。
「わぁーっ!」
俺も人数分のスープをトレイに乗せて運んでいると、洗面室の方から突然、ワッフルの悲鳴が響いてきた。
「ワ……ワッフル……?」
クーシルにテーブルから追いやられ、床に頭を接着して凄まじい体勢になっていたレグも、重々しく身体を持ち上げてそちらを見る。
何事かと戸惑っているとワッフルがばたばたと飛び出してきた。
「あ、あのっ!洗面室のとこ、すっごいびちゃびちゃなんですけど!床とかもうびっちゃびちゃで!ほぼ池です!」
「えっ…!………え、シルバレードさ」
「そんなになってたかな」
最後に女子の洗面室を使った人間として、俺とクーシル、そして池の理由を察したワッフルから視線を受けても、シルバレードは焦りも誤魔化しも見せずに他人事の言葉を返す。
椅子に座ったまま頬杖を解かず、窓から差し込む朝日を浴びる彼女の優雅とさえ思える姿に、過去の自分を俯瞰で見た気がした。
皿を洗った後、キッチン周りがいつもびちゃびちゃになっている事をクーシルに指摘されるまで、俺はそこが水で濡れていることさえ知らなかった。
シルバレードもきっと、洗面台周りの水跳ねを気付いた上で放置したのではなく、そもそもそこが視界に入ってすらいなかったのだ。
「貴族様ってさ……水周り弱いの?」
繰り返された出来事にオレンジの瞳が俺に逸れてくる。
否定は何も出来なかった。
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
朝食の後、制服に着替えを済ませ、玄関で靴を履き替える俺達を、シルバレードは棚に飾られた人形のように階段に腰掛けてじっと眺めていた。
「シルバレードさん、今日ってどうするんですか?コルファ、お休みするんですよね?」
朝食の時のテーブルから代わって今度は自分の細い脚で頬杖を付く彼女に、ワッフルが首を傾げる。
問われたシルバレードは、目だけをわずかに横に動かして考え始める。
「まぁ……実地訓練の準備でもしとこうかな」
明日には実地訓練の為、王都を出なくてはならない。付いてくるのならば荷造りは中々急がないとだろう。
ローファーを履いて立ち上がったクーシルが、靴箱の上の玄関の鍵を取る。
そしてチェックのスカートをひらっと舞わして、寮へ身体を回した。
「あたしら、お昼には帰ってくるから。じゃ、行ってくるね、シルバレード」
「……行ってらっしゃい」
クーシルとワッフルはひらひらと笑顔で手を振って、レグは眠気に顔を俯かされながらもぬらりと玄関を出ていく。
「ねぇ」
帽子を被り、一番最後に玄関を出ようとした俺を、シルバレードの声が呼び止めてきた。
名前など口にはしていなかったが、彼女の冷めた声音だけで自分が呼ばれたと分かった。
振り向いた先の彼女は、俺の着る制服を目に留めていた。
シルバレードが白の制服ではない俺を見るのは、これが初めてだ。
しかし銀色の瞳には物珍しさも驚きも、納得さえも表れない。
制服から持ち上がってきた瞳は、心からの言葉だと伝えるように俺の目を真正面に写した。
「似合ってないよ、蒼」
それだけ言って立ち上がり、シルバレードは俺に背を向ける。
日差しから逃げ込んだ影が広がる二階へ、彼女は階段を上っていった。
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
午前終わりとなった今日の学院は授業の一環として歴史の調べ物となり、人のいない図書館が教室となった。
一階のカウンターで黙々と事務仕事をする司書を除けば、俺達以外には誰もいない図書館。
本を引き抜く音や紙の捲る音がどれも際立って騒ぐ。
天井には採光用に大きな天窓が嵌め込まれているが、一階ともなるとどうしても薄暗い。
棚に顔を近付け、収められた本を右から左に流し見していく。
ふと、背表紙に刻まれたクイクル公爵家の文字に目が止まった。
今回の授業の目的の本ではない。
しかし寮にその歴史を紡ぐ人間がいると思うと、気にせずにはいられない。
近くには、モノセ公爵家の本もあった。
……もしもこの本が百年も数百年も続くとして、俺は一体、未来にどういう書かれ方をするのだろうか。
今に知る術のない考えが頭を巡る。
そんな時、勉強用のテーブルで本の内容をノートにまとめていたクーシルが、隣に座るミミコ先生に話し掛けるのが聞こえてきた。
「せんせ、コルファの先生に話聞けた?」
その内容は授業から大きく逸れていたが、普段とは違う場所に浮足立っているのかもしれない、先生も素直にそれなんだけどねと話に乗る。
「訊いてはみたんだけど、分からないそうなの。泊まるのも知らなかったみたいで、逆に驚かれちゃった」
あまり決定的な情報は得られていなさそうな様子ではあるが、シルバレードのネカスへの宿泊については些細な事でも知っておきたい。
一旦本を探すのを止め、先生達のいるテーブルの方へ向かう。
テーブルで本を捲っていたレグも、ペンを置いて二人の話に顔を向けていた。
と、近くの螺旋階段をワッフルがとんとんと降りてくる。
二階にまで本を探しに行った彼女の腕には、一冊の本が抱かれていた。
テーブルに集まっているのを見て俺の隣にまで駆け寄ってくる。制服の袖がくいくいと引っ張られた。
「シルバレードさんの話ですか?」
「あぁ。先生がコルファの担任に聞いてきたらしいが、泊まる事も知らなかったらしい」
「そうなんですか……」
完全な無断外泊であると聞いてワッフルは驚いたような息をはぁぁと漏らし、不安げな表情を浮かべてミミコ先生に問いかける。
「泊まるのなしとか、そういう風になっちゃったりしてないですよね?」
「それもね、逆にお願いされちゃって。今から戻すのも、無理矢理になって難しいだろうからって……」
ネカス寮に荷物も運び切った今、貴族寮に戻すとなれば、多少強引な手段を取らなくてはいけなくなるだろう。
しかし相手は貴族、それも公爵家の娘だ。
事と次第によっては、クイクル公爵と学院との間に軋轢が生まれるかもしれない。
わざわざ危険な道を取るよりかは、気が済むまで待つのが穏当で確実だと判断したのかもしれない。
コルファの担任との話し合いという手も考えられるが、その担任にシルバレードは黙って来たのだ。したとしても説得されるとは思えなかった。
「まじでなんでネカス寮来たんすかね……」
「噂になっているような雰囲気でも無かったな」
「だよね、ふつーだったよね」
朝、ネカスの教室に着くまでの間、廊下にあふれる生徒の声に耳を傾けたりはしたのだが、話題はなんのルールも法則もなく、ただ好きずきに散らばっていた。
シルバレードがネカスの寮に泊まっている事、もしくはそうなった理由らしい事を話している生徒は、耳が拾う限り誰一人としていなかった。
これが間近で過ごすコルファの生徒となればまた違ったのかもしれないが、白い制服は見掛けられていない。
思えばこういう時に誰か話を聞ける存在がいないのが、俺のコルファでの立場を今になって知らしめているようだった。
「困るなぁ……このあやふやな感じ……」
むっと眉を寄せて目を瞑り、クーシルが身体を斜めに傾ける。
「歓迎会、どうしましょうか……」
「……その話か」
てっきりシルバレードについて情報が全く増えない困惑を口にしたのだと思ったが、ワッフルの言葉は別の方角を指したまま更に続く。
「ネカスに入るんじゃないんですもんね。でも、一緒に暮らしてく訳ですし……わたしとしてはやりたいですけど……」
クーシルもそこが悩ましいとこくこく頷く。
「これで色々準備して、やっぱり明日もう帰るねってなったら、主賓不在の歓迎会じゃん?誰も歓迎出来ない歓迎会って、もうどうなっちゃうの?って話じゃん?」
「もっかいランケのにでもするか?前すげー嫌々だったじゃん」
「必要なら次は全力でやる」
「ほら、前向きじゃん」
「セカンド歓迎会?ま、それもアリだけど……」
話し合う俺達に対して、ミミコ先生が冷めた目線を配ってくる。
「もう……実地訓練あるんだから、まずはそっち優先でしょ?歓迎会をどうするかは、それがちゃんと終わってから!」
「実地訓練か……」
窘めるような先生の言葉は、当然の話で反論はない。
しかし実地訓練という言葉を聞いて、隣に顔が向く。
「ワッフル、シルバレードには髪の事、どうするつもりだ?」
「は、話せないですよ……。流石にまだ恥ずかしいです…」
顔に掛かるのも気にせず、紫がかった黒髪が左右にぶんぶんと振られる。
シルバレードは、ワッフルの髪が染められている事を知らない。
ワッフルもまだ話すつもりはないらしいが、実地訓練で向かう先はワッフルの地元だ。
「だが、ロプトーンで昔の友人と会うかもしれないだろう?話の流れでなったら、シルバレードも気付くかもしれない」
昔の友人と出会ったら、まず間違いなくワッフルの髪色の話は出るだろう。
そうなればシルバレードも聞く事になる。シルバレードは鋭い。本意ではないまま、秘密が明かされてしまうかもしれない。
俺がしたもしもの話にワッフルは現実味を感じたのか、表情に不安を滲ませる。
が、それはすぐにどこか無理をした表情に上書きされた。
「あ、会わないですから!誰にも会わない予定にしてますから!」
「予定……」
「大丈夫です!ちゃんと秘策も用意してます!」
心配を拭いきれない俺をよそに、ワッフルは自信ありげに大きく胸を張った。




