4 罠
学校からずっと走り続けていた莉菜に、ついに限界が訪れた。
息も上がり喉には焼けるような痛みが走り、酸素が行き届かない頭はクラクラして目眩がする。
右側の高い塀に手をついたまま、足を止めてゆっくりと深呼吸を繰り返した。
「こんなに走っても、南の姿が見えないなんて……っ。もう、塾に着いちゃったのかな?」
南と莉菜が別れてから時間はそう長く経ってはいないのに、走りつづけていても南の姿は見えず、明らかに距離が縮まっていない気がする。
普通なら寄り道している可能性も考えるが、真面目な南の性格上ありえないし、塾の授業開始まで今から三十分の余裕があるのに走って行くわけがない。
荒い呼吸もようやく整い莉菜が再び走ろうとした瞬間、あるものが見えた。
「あれって……」
道の先を見ると、誰かの学生鞄が落ちていた。
駆け寄ってそれを拾い上げると、南がいつも鞄につけている可愛いウサギのマスコットが下がっていた。
間違いなく南の鞄だ。
でも、どうして鞄がこんな所にあるのだろう。
周りを見渡しても近くに南の姿は無く、人通りの無いこの住宅街の道には莉菜だけしかいなかった。
それに、鞄だけが落ちているのも不自然過ぎる。
莉菜がこれについて考える間もなく、微かに聞こえる笑い声。
最初は聞き逃してしまい、もう一度耳を澄ませてみた。
《……フフフフフ》
すると、不気味な笑い声がハッキリと聞こえた。
普通の人とは違い、まるで機械のような声音。
四方八方を見回して声の主を探していると、数メートル先の方にある路地裏に気がついた。
あの路地裏は普段、近くの公園まで行く近道に使われている。
警戒しながら路地裏を覗いた瞬間、またあの不気味な笑い声聞こえた。
《……フフフ》
まるでこっちにおいで、と誘っているように聞こえる。
空を見上げれば日は沈みかけ、塀で囲まれた路地裏から光を徐々に奪っていっている。
この路地裏には街灯というものは無く、日が沈めば待っているのは真っ暗な闇に違いない。
でも、路地裏の近くに南の鞄が落ちていた。
何かが南の身にあって、もしかしたらこの先にいる可能性だって否定出来ない。
「行くしかないでしょ」
莉菜は勇気振り絞って、一歩一歩慎重に路地裏の中に足を踏み入れた。
「アイツ、何やってんだ?」
その様子を、向かい側の家の屋根から双眼鏡を使って男は見ていた。
風に遊ばれている長い漆黒の前髪、黒のハーフコートに身を包み込んでいる中は、同系色のVネックとズボン、ベルトが二本付いている黒のブーツの中にはズボンの裾が押し込まれている。
男の頭からつま先まで全身が黒ずくめだ。
「全く、面倒な仕事増やしやがって。残業手当て貰わないと割に合わねぇぞ」
目に当てていた双眼鏡を離した男は、斜めに垂れ下がる長い前髪をかき上げて溜め息をつくと、一瞬でその姿を消した。
まるで、始めからそこに存在しなかったかのように。




