5 退治
路地裏は人一人が通るのに余裕があり、中に進につれて道が開けた。
誰かがここを溜まり場にしているのか、そこら中にパンパンに膨れ上がっているビニール袋や、ペットボトルなどのゴミが散乱して悪臭を放っていた。
壁にはスプレーで書かれた落書きもある。
「南ー!いたら返事してー!」
さっきから叫びながら奥へ奥へと進んで行くが、一向に南の姿を見つけられない。
照らしていた唯一の夕日も完全に沈み、予想通り路地裏の先が見えなくなってしまった。
もしかしたら、あの声はただの気のせいで、この先に南はいないのかもしれない。
そう思い返し、先に進むのを止めて引き返そうとした。
《……リ……ナ……》
微かに聞こえた声に顔を上げて前を見ると、奥にユラユラと蠢く人影が見えた。
それが近づいてくるにつれて、それが南だとうっすら見える顔でわかった。
「南!無事で良かった!探してたんだよ!」
ゆらゆらとこちらに歩み寄る南を見て、ホッと一安心の息をついた莉菜。
でもお互いの距離が縮むにつれてある異変に気づいた。
「南……?」
莉菜は驚いて一歩後ろにずり下がった。
驚くのも無理は無い、南の背後から黒い人型の影が浮かび上がっているからだ。
しかも、白く切れ長な目と、吊り上がっている口、手足もついている不気味な黒い人型の影に、突然の恐怖で悲鳴すらも上がらない。
《オ前、見エルノカ?人間ノクセニ》
南の口からではなく、背後の影が大きく口を動かして喋った。
莉菜がさっき聞いた笑い声と一緒の機械みたいな声音。
「あなたは、悪魔なの?」
カタカタと震える腕を止めるように、南の鞄を強く抱き締めながら影に向けて問うと、南の横を通り抜けて影はさらに莉菜に近づいて来る。
怯える莉菜を見て、影は不気味にニヤリと笑った。
《悪魔ダト言ッタラ、ドウスル人間?》
「お願い!南を返して!」
逃げ出したい気持ちで一杯だが、南を置いて逃げるなんて出来なかった。
莉菜は勇気を振り絞って悪魔に必死のお願いをするが、
《無理ダ。進化ノ為二必要ナ器ダカラ》
進化?
器?
この悪魔は何を言ってるのだろう。
でもそんな事、今はどうでもいい。
「いいから、南から離れてよっ!」
悪魔に向かってつい怒り任せに叫んでしまった。
それが勘に触ったのか、悪魔は体からジワジワと漂うモヤを広げていく。
《黙レ、人間》
カッと見開いた悪魔の目は、白から赤に染まっていた。
まるで怒りを表しているように見える。
『…あっ』
完全に怒らせてしまった。
震える腕が止まらず、手に持っている荷物全てが莉菜の手から滑り落ちた。
。
《ハッハッハ!死ネッ!》
そして悪魔は莉菜に向かって手を振り下ろした。
迫り来る悪魔の手を見て、殺される、直感でそう思った莉菜は目をキツく閉じた。
でも、いくらたっても来るはずの痛みが中々伝わって来ない。
恐る恐る閉じていたまぶたを開けてみると、莉菜の前に人影が立ち塞いでいた。
「やっと見つけたぜ。低レベル野郎」
その人物は莉菜に向けて伸びた悪魔の手を、片手で持っている一つの銃を盾にして押さえ込んでいた。
悪魔の力がよほど強いのか、押さえている銃がカタカタと音を立てて揺れている。
「……っ、オラァッ!!」
男は最大限の力を込め、受け止めていた銃で一気に押し返すと、悪魔は後ろに下がって一回距離を離した。
その光景は一部始終見ていた莉菜は何度か瞬きを繰り返した。
突然、莉菜の目の前に現れた全身黒ずくめの男にどう声を掛けていいか迷っていると、逆に向こうから莉菜の方に振り向いた。
一番に目についたのは男の燃えるような赤い瞳。
その瞳を見ていると心までもが吸い込まれそうな気さえした。
こんな状況で非常識だとはわかっていても、その瞳が綺麗だと莉菜は感じた。
「お前……」
「そうだ!南は!?」
男に見入っていて一瞬気を取られてしまったが、我に返った莉菜は慌てて南の姿を探した。
「お連れさんなら気絶してるよ」
男の指し示す方向を見てみると、悪魔から離れた所で南が気絶した状態で横たわっていた。
「南!」
「馬鹿!今は危ないから下がってろ!」
南のもとへ駆け寄ろうとした莉菜の身体を、男が肩を掴んで行かせまいと引き止めた。
「今は奴を倒すのが優先だ。悪いけど少し離れてろ」
なにも出来ない莉菜は男の言うことに従い、南を助けに行くのを渋々諦めて男から少し距離を離した。
すると、男と悪魔が向かい合い睨み合う。
《オ前、天使ノモノカ?》
「だったら、目的位わかんだろ?」
言い終えると同時に持っていた銃で、悪魔に向かって何発も打ち始めた。
その弾は青白いビームみたいな光で、普通の弾じゃない事ぐらいは莉菜でも理解出来た。
けれど、その銃弾を軽々とよける悪魔。
先ほど天使がどうのとかと言っていたが、それよりも男はあの悪魔を全てわかりきっているような口振りだ。
一体この人は何者なんだろう、莉菜は男の背を黙って見つめるしか出来なかった。
「ちっ、ちょこまか動き回りやがって」
仕返しにと、悪魔から繰り出される拳による攻撃をすんなりと避ける。
また距離を離してお互いの様子を見始めた。
《殺シテヤルッ!!》
そうかそうかと納得した男は、片方の手を腰に当て、もう片方は相変わらず銃口を影に向けたまま。
「じゃあ、お互い忙しいわけだし、そろそろお開きにしようぜ?」
ピリピリとした空気が漂い、緊張の糸がピンと張り詰める。
さっきまで風も無かったのに、強い風が莉菜の横を吹き抜ける。
その風は男の足下から起きていて、ハーフコートもバサバサと強く波打つように揺れている。
「行くぜ?」
瞬間、男の姿が消えてしまった。
悪魔もターゲットを失い慌てて周りを見渡すが、男の姿はどこにもない。
《ドコダ!?》
「ここだよ」
声の聞こえたのは上からだった。
莉菜も見上げてみると、丁度男が銃口を悪魔に向けたまま落ちているところだ。
「じゃあな、悪魔さんよっ」
防御すらする暇無かった悪魔に向けて銃弾が放たれた。
その青白い光の筋が見事、悪魔の額を貫いた。
《アアアァァァッ!!》
凄まじい断末魔に莉菜は硬直したが、悪魔は身体の中から無数の光の線を放つ。
眩しさに目を細めた次の瞬間、光が弾け飛んだように止んで、悪魔は塵になって風と共に消えていった。




