1 いつもの日常
広々とした洋風な室内。壁や床は光輝く大理石が埋め込まれていた。床に引かれている赤い絨毯は、部屋の奥まで続いていて、その上を歩く少女は胸を張って堂々としていた。
外見の幼さからして十代後半ぐらいであろう少女は、黄金色のウェーブがあてられている長い髪を揺らし、足首まで伸びている白いドレスを身にまとい、履いているヒールの音だけを部屋にこだまさせる。
そのまま部屋の奥へと辿り着いた少女は、その場に膝を付いて座り込んだ。
少女が見つめる先にあるのは、綺麗な青空を描いた絵画が壁に飾られている。
そこで場面がノイズと共に大きく切り替わり、次に流れ出した映像は火の海に佇んでいる少女の後ろ姿だった。
こちらに振り向き、小さな口で何かを呟いた後、眩い光が少女の身体を優しく包み込む。その光に包まれた少女の姿が薄れ始めた瞬間、映像はプツンと音を立てて真っ暗になってしまった。
「……――っ!?」
勢い良く目覚めた少女はそのまま何度か瞬きをした後、見慣れた天井を見て安堵の溜息を吐き出した。
「……また、この夢か」
そう呟き、まぶたを閉じて左手を上に乗せた。
少女の名は――佐藤莉菜。
近所の私立高校に通うごく普通の高校二年生。
そして言葉通り、莉菜がこの夢を見るのは一度だけではなく、小さい頃から何度も観てきている。
けど、夢の少女や出来事については覚えが無い。なのに何故、こんな夢を観るのか、その答えがわからないまま今現在に至るわけだ。
ベッドの上で上半身を起こし気持ちの整理をしていると、枕元の横に置いている携帯のメロディーが鳴りだした。
鳴り止まない携帯を取り、莉菜は気持ちを切り替えて通話ボタンを押して耳に当てた。
「もしもし」
『こらぁっ!!今何時だと思ってるの!?』
電話の向こうからの第一声は、莉菜を怒鳴りつけるものだった。
「えーっと……」
急かされて部屋の壁に掛けられている時計に目を向けると、
「……7時半過ぎ、だね」
いつもの時間より二十分も遅れて起きてしまった。
これには思わず苦笑いする莉菜。
もう少し遅く起きていたら完璧に遅刻していただろう。
『どうせ今起きたんでしょ?早く支度しなさいよね。下で待ってあげるから』
「ごめん!今すぐ支度するから!」
友達に謝ってから電話を切った後、莉菜は慌ててベッドから飛び起きて支度を始めた。
ベッドの横にあるクローゼットを開けて、着ている寝間着から掛けてあるブレザーの制服を手に取り着替え始める。
女子が高校を選ぶ最大の理由は制服、と言うように、莉菜も制服で今の高校を選んだ。
偏差値はちょっと高かったが、紺色のブレザー、茶色のカーディガン、白のYシャツ、灰色と黒が混じっているチェック柄のスカート。
この制服を手に入れた事に今は満足している。
着替え終わった莉菜は部屋の隅にある鞄を手に取り、同じ二階にある洗面台へと駆け込んだ。
洗面台にある鏡を前に、胸下まで伸びている栗色の髪をクシで解かせば完成だ。
鞄を肩に掛けて階段を駆け下りると、一階のリビングからは人の気配も感じられず、静寂した空気が漂っていた。
莉菜の両親は仕事が忙しく、家に帰って来る事は滅多に無い。
その為、毎月玄関に置かれている生活費を使って莉菜は生活している。
家族と住んでいるのに一人暮らし同然の生活に、最初は寂しさや戸惑いはあったものの、今では仕事だから仕方が無いと割り切り、すっかりと慣れてしまった。
また無造作に置かれていた生活費の入っている封筒を手にし、莉菜はそのまま鞄の中に入れて地面にあるローファーを履き、玄関のドアを開けて外へと出た。
鍵を掛けたのを確認してから家の門を出ると、
「……あ、おはよう!」
家の前で待っていてくれた――河西南の姿を見つけて莉菜は慌てて頭を下げた。
「ご、ごめん南!目覚ましかけたのに気づかなくって!」
待っていてくれた南に手を合わせて謝り続ける莉菜。
「大丈夫だって!まだ時間には余裕はあるしさ!ほら、とっとと学校に行くよ!」
「私、南が友達で良かったーっ!」
「こら抱きつくな!重い!」
「南~!待ってよ~!」
怒らないでくれた南に抱きつく莉菜を無理矢理に引き離し、拒絶された事に半泣きしながらも、先に歩き始めた南を後ろから追いかけた。
内側にカールがかかっているボブヘアーが特徴の、南とは高1の時に出会った一番の友達。
つまり親友関係になる。
南と出会ったのは入学したての頃だ。
入学して直ぐに発表されたクラスに入って、黒板に書かれている自分の名前を見つけた莉菜は指定された席に座った。
クラスには中学からの人は見当たらず、話の出来る友達が誰一人としていなかった。
そんな時、前の席にいた女の子が莉菜の方に振り返って口を開いた。
「ねぇ、あなたも同じ中学の人いないの?」
「……え?あ、うん」
「じゃあ、お互いいない同士仲良くしましょ!」
笑顔で手を差し出したのが南だ。
人見知りをする莉菜に対して、逆の南は初対面というのに最初っからマシンガントークで攻めてきた。
南の面白い話を聞いて次第に莉菜も心を開いていき、気づいたらいつも一緒にいる存在になっていた。
「……あ」
せっかく懐かしい記憶に浸っていたのに、あるものが視界に入ったことで莉菜の考えは別に向き、自然と歩くスピードも止まってしまった。
目の前を歩いている、違う学生服を着た女の子だ。
どこからどう見てもおかしい所は何一つ見受けられないが、莉菜の目には他の人には見えないものがハッキリと映し出されていた。
身体にまとわりつく黒いモヤが……。
「莉菜ー?」
いつまで経ってもついて来ない莉菜を心配して、南が振り返り尋ねた。
「あ、ごめん!」
南の掛け声で我に返った莉菜は、少女から目を逸らして横をすり抜けた。




