2 黒いモヤ
「そういえば、今日も塾あるの?」
昨日、放課後南と遊ぼうと莉菜から誘った際、塾だと言われて断られてしまった。
今日は無いなら遊ぼうかと考えていたが、
「……ごめん。今日もあるんだ」
いつもの笑顔じゃなく、どうみても無理したような造り笑顔で、南から元気のなさが言わずともわかる。
「……そっ、か。……じゃあ、また今度遊ぼうね」
申し訳なさそうに謝る南に、莉菜は精一杯の笑顔を見せて安心させようとした。
けれど、内心は五月蝿く心臓が鳴り響き、手に嫌な汗が滲み出ている。
「何?なんか変?」
「ううん!何でもない!」
普通を装って返事を返す。
こんなにも動揺している原因は、莉菜の眼前にあった。
南の身体をまとわりつく黒いモヤが突然現れたからだ。
黒いモヤを見るのは日常茶飯事なのに、どうしてこんなにも嫌な感じがするんだろう。
いつも通りに歩く南を横目で見つつ、ざわつく胸の辺りの服を莉菜は掴んだ。
脳内に危険信号が鳴り響く。
でも、どうする事も出来ない莉菜は、ただ南の動向を見守る事しか出来なかった。
放課後の図書室。
気晴らしに一人で勉強しようと残ってみたものの、さっきからペンを持ったままで書く行動までは進まない。
これで何度目かわからない溜め息をついた。
頭をぐるぐると回るのは数学の例題よりも、南のことばかりだ。
あの黒いモヤがどうしても気になってしまい、勉強にも集中出来ない。
けど、南に変わりはなく、いつも通り塾へと向かって行ってしまった。
本人に何も変化がなければ恐らく大丈夫なんだろうけど、なのに胸のざわつきは逆に増すばかり。
まるで、内なる何かが莉菜に訴えかけているみたいだ。
「……大丈夫。今までだって大丈夫だったんだから」
過去に友人から見えていたモヤも、数日後には綺麗に無くなっていた。
その他の友人や通学中に見えていた人達も例外ではない。
「よし、参考書でも取りに行こうかな」
勉強に集中するためにも参考書を取りに席を立った。
奥の棚に並んでいる本は、これから勉強する歴史を取り扱っている棚だ。
そこでテーマにあった本を探していると、足下に何か固い物が当たった。
何が当たったんだろうと下に視線を落としてみたら、真っ黒い表紙の本。
棚から落ちたのだと思い莉菜がしゃがみ込んで拾ってみると、本が古いせいで表紙はボロボロ、タイトルが読めないほどの有り様だ。
興味本位で中のページを開くと、目次の方に本のタイトルが書かれていた。
「天使と悪魔?」
この本を手にしてからやけに心臓の鼓動が速くなっているけれど、タイトルを口にしてからは身体が脈を打っている感覚に襲われる。
それでも、ページをめくる手を止めないまま読み進めていると、あるところを目にした途端、莉菜のめくる手がピタリと止まった。
――悪魔は人に取り憑く。
そう大きく書かれた見出しを見てから横に並んでいる文に目を通した。
――悪魔は人の闇につけ込み憑依し、最悪は身体を自らのものとして持ち主の心を壊す。
書かれていたのは、タイトル通り神話的な内容だった。
でも、次のページ捲った後、ある一点で莉菜の目が止まった。
「……これは……」
人の体が黒いモヤに包まれ、その体に飛びかかろうとしている悪魔の絵が一ページ分大きく描かれていた。
それがまた、莉菜がいつも見ているモヤに非常に似ている。
驚きを隠せない莉菜は、その絵の横に書いてある文字に気づいて読んだ。
――悪魔に取り憑かれた人間は黒い闇に覆われ、心を奪われる。
その本を持ったまま、机の上に置いてある鞄から慌てて携帯を取り出した。
携帯を手早く操作して電話をかけた。
電話をかけている相手は南。
だが、呼び出し音が聞こえるばかりで一向に電話に出てくれない。
塾が始まり出れないのかもしれないが、この本を読んだせいで不安の渦が広がる。
諦めて携帯を閉じて通話を切ると、鞄の中に持っていた本を入れて図書室から飛び出した。




