最愛なもの
ラスト1ですね。早いものです。
あれから1週間がたった、夏のうだる暑さの日。
「ね、まーだー?俺、腹減ったんだけど!」
「ごーめん!ごめん!待ってて!」
ソーマやリュークは、記憶を消すと言ったけど、俺の記憶は消されてはいない。
「ありがとうございました!!」
大きくて明るいショップ店員の声に押されるように望月綾香ちゃんが、可愛い袋を提げてお店から出てきた。
あの騒動の後、学校の体制も代わり構内にスクールカウンセリングが出来、俺や他の学年で苛めを受けていた生徒、親からの虐待、不登校の生徒がここでのんびり談話する事が出来る。
「いこっ!」
「うん···」
ちょっと前迄は、隣のクラスの望月綾香ちゃんとよく話すようになって、ダメ元で告白したら、俺だけの綾香になった。
─今日こそは、絶対に!!
セオリーの中をグルグル歩きながら、
「ここにするぅ?美味しいかなぁ?」
甘ったるい声を出しながら、中を覗き込むふたり。
「行くぞ。なんでもいい、腹減ったー」
ズカズカと中に入り、席につく。
「いらっしゃいませ。こちらメニューです。ご注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンを押して下さい」
丁寧な言葉を店員が掛け、メニュー表を置いていった。
「なぁにしよっかなぁ?」
ニコニコとページを捲る綾香から、なんとなく目を店内へと運ぶ···
─やっぱり···見える。
ソーマやリュークの術が、完全に消えていないのか?はたまた、何か原因があるのか?時々、人の頭の上がボヤンと明るく光るのが見える。
「···成瀬くん?聞いてる?」
「ん?あ、うん。聞いて···ませんでした。ごめんなさいっ」と頭を下げ、メニュー表に目を移す。
「決まった?俺、ハンバーグにしよっ!ソースは···」
「デミグラスソース?」
「うん。これ以外のは掛けたくない!」という位、俺はこのソースが好きなんだ。
お父さんもそうだった。
ボタンを押し、ソース違いのハンバーグを頼み、出てくるのを待った。
たぶんあれは、命に関係するんだろうな。あと、もう1つ。深夜に鏡を見ると、綾香の寝顔が···。
「お待たせ致しました。こちらが、シルブブーレ特性のホワイトソースがけハンバーグと、デミグラスソースがけハンバーグでございます」
店員が、にこやかな笑顔と共に目の前に皿が置かれる。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます。美味しそう!!」
なんとなく誰かに見られてる気がするけど、食べる事に集中した。
─今日こそは!絶対に!絶対に!!
「うまっ!!俺、ハンバーグ好きなんだよね。昔から」
「ハンバーグふわっふわっ!このソースも、他のお店より美味しい!」
俺達は、周りに人がいることすら忘れ、そのハンバーグに夢中になった。
「え?でも···」
「ねぇ···」
会計の時、店長自らが出てきて、お礼を言われた上に、会計は結構ですとまで···
「「ありがとうございました」」
「また、来てくださいね。お待ちしております」
にこやかな笑顔に見送られ、俺は綾香と他のお店へと向かった。
「まぁたっ!他のこと考えてるぅ」
「へ?ああ、ごめんごめん」
ゲームセンターを覗いたり、綾香のお姉ちゃんの誕生日プレゼントを買ったりと、楽しい時間が一刻一刻と過ぎていき···
今日こそ!今日こそ!と手を伸ばすも、嫌がられたらどうしよう?と悩んでは引っ込めるを繰り返す。
〘あん!もぉ、じれったいわね!!〙
「ん?なんか言った?」と隣にいた綾香に聞くが、綾香は何も言わなかったらしい。
「空耳か···」
「でもさぁ、大川くん達ほんと大人しくなったよねぇ」
ソファに座り、通りを流れる人を見ながら目を細めて笑う。
─俺が一番好きな顔だ。
「うん」
「だって、今でも怪獣に食べられたとか言ってるんだってね!」ソーマから見せられた映像。あれは、全てがヴァーチャル。違う効果の魔法を掛け、恐怖に落としていったらしい。
「品川くんも!なんで、坊主になったんだろ?」
それは、ソーマもリュークも教えてくれなかった。
「反省の意味なのかなー?わかんないけど」
あの次の日、品川くんは坊主頭になって、目に青あざを作って学校にきた。アザは、大半の男の子が作っていたのは、保護者会でお母さんがお父さんに言ったせいかも知れない。
腕時計で時間を確認すると、もう17時に近かった。
「あの···」
「なぁに?」癖なんだろうかな?小首を傾げながら答えるのは···
「か、帰ろっか!」
「あ、うん···」
〘じれったいわねっ!!こうすんのっ!!〙
立ち上がろうとした瞬間、後ろを歩いていた人の肩がぶつかり···
「······。」
「あ···」
ゴチンッ···
おでこと唇がぶつかった。
「ご、ごめん」
「うん」
「送るから。送る。帰るの···わかる?」支離滅裂過ぎる言葉を発した俺。
─違うんだ!違う!
なんとなく気まずくなりながらも、歩く俺と綾香。
─俺がしたかったのは···
「綾香!帰るぞ!」
強引に手を掴んで、歩き出した。
「ちょっ···成瀬···くん···」
掴んだ手もお店を出る頃には、力も抜けて···
「これは、その。こ、恋人繋ぎ、だ!」テンパる俺に、綾香は怒るでもいやがるでもなく、
「違うよ?恋人繋ぎってこうやるんだよ?私、いつもお姉ちゃんとやってるよ?」俺の手を取って、指を絡ませて笑った。
「お、おうっ」
─ある意味、成功だ!やっと、手を繋ぐ事が出来たんだからな!
[ほんと、ガキだな]
〘ほーんと、かっわいんだからぁ!〙
「帰ろ···」
「うん···」
恋人繋ぎをし、綾香の家まで送って、そのまま家に帰った俺に···
「ソーマッ!リュークッ!」
[ま、待て!]
〘やだぁ!〙
懐かしい二人が目の前に現れて、感極まった俺は抱きつこうとして壁に激突。
〘だから、言ったのにぃ···〙
「追放されたの?」
[······。バカ]
〘······。情けない〙
「······。」
部屋でいつものように寛ぎながら、最近起こった事を話してやった。
〘ハンバーグどうだった?美味しかった?〙ソーマが、盛んに聞いてくるから、美味しかったし、懐かしかったと答えた。
[そーりゃ、懐かしいだろ。だって、あれ作ったの···]
「???」
〘なんか、食べてて不思議な感じしなかった?〙
─不思議?
あのハンバーグに何が入っていたのかを思い出す。
「まさか···いや、そんな?」
〘さぁ?〙ソーマもリュークも、ニヤニヤ笑うばかり。
「いるの?お父さん」
[もういない。ここにいられるのは60分だけだから]
あのハンバーグに、入っていたもの『おから』!小さかった俺が、野菜を全く食べなかったから便秘症になり、お父さんが試しに入れたハンバーグを食べたら成功したものだった。
「そっか。いないのか。会ってみたかったな」
[啓吾が、大人の大人になったら、嫌でも会えるさ]
「そうだ···」俺は、ちょっと前から見える不思議な光の話をしてみた。
〘シュール·デレ·アリズム〙
ソーマが、掌に青白い炎を出し、それを唱える戸ミルミル色が変わって消えていった。
〘これでもう大丈夫よ?また、くるから···〙
[近い内にまたな、啓吾]
ポポンッ···
「行っちゃった」
不思議と淋しい気持ちにはならなかった···