戦いの終わり
「終わりね」
腿にナイフを突き刺された俺を見下ろし、ルミナスが冷酷に微笑んだ。
彼女が両手の拳を合わせると、大気がパチパチと悲鳴を上げ、その拳に凄まじい熱量の炎が纏いつく。それは急速に圧縮され、中心部が超高温で青白く輝く、禍々しい火炎の球体へと姿を変えた。
それを俺にぶつけようと、ルミナスが一歩を踏み出した、その時だった。
「……ッ!?」
ルミナスの動きが、ピタリと止まる。
見ると、彼女の両足に、小さな二つの影が必死にしがみついていた。
「父さん! 今のうちに逃げて!!」
聞き覚えのある声に、俺の心臓が跳ね上がる。
そこにいたのは、俺が組織で引き取った孤児たちだった。もちろん、血の繋がりなんてない。けれど、彼らは俺を本物の『父親』だと慕ってくれていた。そんな幼い子供たちが、避難の列を抜け出し、自分の命の危機を顧みずにこの化け物に立ち向かっていたのだ。
「こ……のぉ! まとわりつくな、この虫けらがッ!!」
想定外の邪魔にルミナスの顔が怒りで歪む。
彼女は俺への攻撃を止め、その凶悪な青白い火炎の球を、足元の子供たちへと振り下ろそうとした。
「させるかぁぁぁッ!!」
動かないはずの、ナイフの刺さった脚を、怒りと執念だけで強制駆動させる。
子供たちに触れさせるものか。
俺は地を這うような速度で間合いを詰め、ルミナスの手元から、その青白く凝縮された火炎の球を強引に素手で奪い取った。手のひらの肉が焼ける激痛など、今の俺にはただのノイズだ。
「な、に——」
驚愕に目を見開くルミナスの至近距離。奪った球体を、俺はそのまま奴の美しい顔面へと叩きつけた。
「死ね、化け物ッ!!」
「きゃあああああああッ!!」
至近距離で、超高温の青白い球体が大爆発を起こした。
激しい爆風と熱波がアジトを包み込み、ルミナスの絶叫が響き渡る。自らの放った最大級の火力が顔面で炸裂し、さしもの『正義の象徴』も、今度ばかりはただでは済まない大ダメージを負った。
爆煙が引いていく。
そこにいたのは、もう無敵の魔法少女ではなかった。
纏っていた純白のドレスは光の粒子となって霧散し、変身が解けた彼女は、ただの『大人の女性』の姿となってその場に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。胸が微かに上下しているのを見て、辛うじて絶命は免れたのだと知った。
「はぁ、はぁ……っ」
俺は、限界を迎えていた大腿部と両手の激痛を堪えながら、自らの左腕に嵌められていた無骨な腕輪に手をかけた。
殺された両親が遺してくれた、対ルミナス用最終拘束具。
腕輪を外して起動させると、それはナノマシンの鎖となってルミナスの両手両足へと絡みつき、その強大な魔力と身体能力を完全に封印して彼女を縛り上げた。
これで、もうこれでルミナスは動けない。
その時、崩落した天井の隙間から、何機ものドローンがアジト内へと侵入してきた。遅れてやってきた、ハイエナのようなマスコミの報道ドローンだ。
レンズが、拘束されたルミナスと、その傍らに立つ俺の姿を捉える。
俺はカメラを真っ向から見据え、傷だらけの右拳を天高く突き上げた。
『世界中の傍観者たちよ、よく聞け! 魔法少女ルミナスは捕らえた! ——俺たちの勝ちだ!!』
その声は、ドローンのマイクを通じて世界中へとリアルタイムで配信された。
静寂のあと、アジトの奥から地響きのような大歓声が湧き上がった。避難していた部下たちが、そして俺の足元で怯えていた子供たちが、涙を流しながら俺の名を、組織の名を叫んでいる。
それだけではない。
ドローンが映し出す中継映像の向こう——これまで10年間、ルミナスに街を破壊され、理不尽に大切な人を奪われながらも、『悪』のレッテルを恐れて声を上げられなかった数えきれないほどの人々が、街頭の巨大スクリーンを見上げて歓喜の声を爆発させていた。
「正義」という名の狂気に支配されていた世界が、今、目を覚ましたのだ。
向けられる憎悪を盾に変え、泥をすすりながら戦い続けた10年間。
俺の、いや、『悪の組織』と呼ばれた俺たちの悲願は、今ここに、完全に達成されたのだった。




