正義の物語
「神を作り出そうとした国家の、それが代償か」
俺は、暗い部屋で古い機密データのファイルをめくっていた。
10数年前、この国は未曾有の混乱期にあった。長引く不況、政治の腐敗、そして急激な治安の悪化。街には暴徒があふれ、法は実質的に機能停止に陥っていた。
追い詰められた国家が縋ったのは、あまりにも劇薬な解決策——「絶対的な力の創出」だった。
国の科学力のすべてを注ぎ込み、ある一人の平凡な少女の肉体と精神を造り変えた。
そうして誕生したのが、人類の救世主『ルミナス』だ。
開発当初、彼女は確かに真っ当な『正義』だった。国家の命に従い、圧倒的な力で暴徒を排除し、瞬く間に国の治安を回復させてみせた。
英雄の誕生に熱狂した国家は、さらに莫大な予算と資源を彼女に注ぎ込み、その力を神の領域にまで強化していった。
だが、人間には分不相応な「絶対的な力」と「盲目的な賞賛」は、徐々に彼女の心を蝕み、歪めていく。
「正義の名の元であれば、何をしても許される」
その全能感に脳を焼かれた彼女は、やがて敵を無力化するだけでなく、じわじわと嬲り殺す快感に目覚めていった。
どれほど一方的な蹂躙を繰り返そうとも、世間から浴びせられるのは拍手喝采だけ。彼女を縛るべき法も、倫理も、すでに彼女の力の前には形骸化していた。
もちろん、最初から全員が盲目だったわけではない。
「彼女のやり方は行き過ぎだ」「あれは正義ではなく虐殺だ」と、正気を保って異を唱える者たちも確かに存在した。
しかし、その声が世に響くことはなかった。
ルミナスに異議を唱える者は、国家とマスコミによって瞬時に『悪の同調者』『社会の敵』とみなされ、文字通り社会から、あるいはこの世から消されていったのだ。
そうして、都合の悪い真実をすべて闇に葬り去った結果、この国には綺麗な「正義の物語」だけが残った。
「誰もあいつを止められなかった。国さえも、化け物の手綱を握り損ねたんだ」
だからこそ、10年前、俺の両親は立ち上がったのだ。国家が諦め、大衆が思考を放棄した世界で、唯一あの狂気を「悪」と呼ぶために。
モニターの中で、今日もルミナスは汚れなき笑顔を振りまいている。
その笑顔の裏にある、国家が育て上げた底なしの怪物を、今度こそ俺たちの手で葬り去らねばならない。




