正義の代償
新政府の発足から数週間。
激務の合間を縫って、俺は最深部の地下監獄へと足を運んだ。
重厚な爆破耐性扉の向こうに、彼女はいた。
かつての華やかなドレスではなく、特殊繊維の囚人服を着せられたルミナス。両手両足の強固な拘束に加え、その視界は完全に遮断されている。
「だ、誰……?」
暗闇の恐怖からか、その声は以前の傲慢さが嘘のように震えていた。
「俺だよ」
俺の声を聞いた瞬間、彼女の身体がびくりと跳ねる。
「……私を殺しに来たの? ねえ、早く殺してよ。こんなの、だるい。真っ暗で、何もなくて……もう嫌」
縋るようなその言葉に、俺は冷徹な現実を突きつける。
「それはな……無理なんだ」
組織の科学班が調べた結果、彼女の身体の異常性がすべて明らかになった。国の科学力の結晶である彼女は、すでに食事も睡眠も必要としない。それどころか、細胞の超高速再生により、実質的に『不死』の存在であることが判明したのだ。首を撥ねようが、心臓を撃ち抜こうが、彼女は死ねない。
「死によってラクになることは許されない。そういうわけなんで、お前には違う方法で断罪させてもらう」
「断罪? ……正義の魔法少女の、私が?」
視界を奪われたマスクの奥から、ルミナスは困惑した声を漏らした。信じられない、とでも言うように。
驚いたことに、彼女は今この状況になってもなお、自分自身を「正義の象徴」だと盲信しているようだった。
俺は静かに、しかし一言一言を刻みつけるように語り始めた。
「お前は正義などではない。お前がその手で、どれほどの命を蹂躙してきたか、教えてやる。
俺の両親を、そして幼い俺を育ててくれた大切な仲間たちを、お前がどれほど凄惨な方法で惨殺したか。
組織だけではない、お前の『正義の戦い』とやらに巻き込まれ、何の関係もない街の人々がどれほど多く犠牲になり、子供たちが親を失って泣いたか。
それだけじゃない。お前という化け物を維持し、動かすための高出力エネルギーを確保するため、この国のインフラはたびたび機能不全に陥っていた。人々は暗闇と寒さに震え、政府からお前のための法外な重税を課され、日々の生活を搾取されていたんだ」
最初は、「……うるさい。正義の戦いに、犠牲はつきものなんだから……!」と強がっていたルミナスだった。
だが、俺が具体的な街の名前、奪われた命の数、そして彼女の輝かしい舞台の裏で餓えていた人々の現実を、淡々と、滾々と突きつけ続けるうちに、彼女の言葉は力を失っていった。
「私が……みんなを守るための、正義だったのに……」
自分が「守っている」と信じ込んでいた無関係の人々。彼らこそが、自分という存在によって最も苦しめられ、傷つけられていたという動かしがたい事実。
全肯定の檻の中で育った彼女の幼い心に、生まれて初めて、本物の「罪の意識」が刃となって突き刺さる。
「……う、あ……」
やがて、ルミナスの小さな肩が激しく震え始めた。
遮断マスクの隙間から、止めどなく溢れた涙が床に滴り落ちる。
「ちがう……私は、褒めて、ほしかった、だけ……。みんなが、がんばれって……っ、う、うああああああん!」
地下室に、大人の身体をした少女の、子供のような嗚咽が響き渡る。
泣き叫ぶ彼女を見つめながら、俺の胸中にあったのは激しい憎悪だけではなかった。
この女もまた、治安悪化に怯えた国と、ヒーローを求めた大衆の都合によって都合よく踊らされ、化け物に仕立て上げられた『傀儡』に過ぎなかったのだ。
しかし、たとえ操り人形であったとしても、彼女が犯した罪が消えるわけではない。
「泣いても、何も変わらない。お前の『本当の断罪』は、これからだ」
俺は涙に暮れるルミナスを見下ろし、冷酷に告げた。




