第四話 噴水広場
昼食を取りに町へと出かけた帰り、『燻んだ鏡の館』を通り過ぎ、少しはなれたところにある小さな噴水広場に俺は一人で来ていた。
別に一人で来たこともここにわざわざ足を運んだことにも特に理由はない。
ただなんとなく、気の赴くままに歩き回った結果ここに来てしまったというだけである。
この噴水広場も他の噴水広場と少なくとも見かけ上はほとんど変わることはない。
もちろん、周りにいる人の人数や周りの家の様子は変わっているが、噴水そのものに目を向ければ、他の場所と同じように全くといって良いほど均一に見える。
むしろ均一に見えすぎて怖いぐらいであるともいえよう。
さて、そんな噴水広場では、俺の見る限り一人の少女しかいない。
年齢は十歳前後だろうか、日本ならランドセルを背負っているぐらいの年に見える。
その少女は俺がここに来たことにも気が付かない様子で噴水のほうをじっと見つめているようだ。
いや、違うだろう。
俺の耳はザァザァという噴水から水が湧き出る音の中に混じる別の声を聞き取ることができた。
さらにはわずかに鼻をすするような音も聞こえる。
もしかしなくても泣いているのだろうか、そう思い、どうにかして慰めようとした瞬間、その少女の瞳から流れ出る涙を俺は見ることができた。
その刹那だった。
俺の耳に待ったく別の声が聞こえてきたのは。
その声は耳からではなく、直接脳内に響き渡るかのように聞こえてくる。
その声に俺は自然と目を閉じ、聞き入ってしまっていた。
◇
「……イ。
……きなさ……ってば。
……加減起きなさい!」
「はうぅ!
さ、寒いです」
「大丈夫よ。
一度起きて、日の光に当ってしまえば温かくなるんだから、ほらっ、さっさとおきなさいってば」
そういって布団をはがれてしまう。
変温動物的な感じで朝は体温が低くなりがちな俺達にとってはかなりひどい仕打ちである。
くそう、くそう。
あいつにはこの仕打ちがどれほどのものかというのが分からないのだろう。
拷問のごとき仕打ちを受けた俺は仕方がなしに目を開ける。
さ、寒い。
「あぁ、きっと、俺はここで死ぬんだな。
とある一人の、心無い仕打ちによって一人の罪もない男の命がまた一つ……」
「はいはい、そういうのは今は求めてないから。
ともかく、昨日約束したでしょ?
あの子の様子を明日見に行くって。
早速いくわよ?」
「だからって早すぎるってば。
ほら、太陽の位置を良く見てみなって。
まだあんなに低い位置にあるんだよ?
まだ、起きているはずがないじゃないか。
昨日の怪我からして、結構体力も使ってるだろうし」
「何言ってるのよ。
今誰も傍にいないのよ?
目覚めたとき、誰も傍にいないなんて悲しすぎるじゃない。
知らない部屋、知らない天井、誰もいない部屋の中で目覚めるだなんてそんなのありえないわ!」
「……」
「そんなときの不安さを考えたことはある?
どこかも分からない、知っている人やらなにやらの匂いだったりもない、しかも倒れたときと場所がぜんぜん違っているのよ。
それに、あんなに傷を負っていたんだもの、きっと何かがあったのよ、そうに違いないわ!」
「……」
「あぁ、まだあんなにちっちゃいのに、あんな怪我を負ってあんなところに倒れていて。
まだ、普通親に四六時中見守られていてもおかしくない時期よ。
って、そうよ。
彼女の親はどうしたのかしら。
あんなに可愛い娘をほおっておくなんて、いえ、違うわね。
もしかしたら、知らないうちにさらわれて、今頃、夜眠ることもできずに探し回っているのかも。
あああ、迂闊だったわ!」
「……」
「いなくなったあの辺り、昨日彼女を見つけた場所の近くであの子を探しまわっているのかも。
どうし……。
……」
「zZZ」
あぁ、この場所はなんて気持ちが良いんだろう。
そう、温かくてふわふわで、どれだけいても飽きないこの居心地のよさ。
ああ、神よ。
ここが極楽浄土なのですね。
神よ、感謝します。
私のようなものにこのような恵みを与えてくださったことを。
「……」
「zZZ」
「(ピキピキ)」
「zZZ」
俺のその感謝の念に答えたのであろうか、俺の網膜に神と思わしき姿が映し出される。
ぼやけていて良く見えないが、その神々しさと、こちらに話しかけてくる冷淡な声は間違いなく神のものであろう。
冷淡なところが神らしさというものを増幅しているようにも思える。
「私は、いえ、神は言っています。
話を聞かぬものにかける慈悲などはない、と」
次の瞬間、俺は無重力体験をすることになったのであった。
「いててててて」
妥協案のような形で布団をかぶったまま、俺たちは二人であの子の元へとやってきていた。
昨日助けたあの子だ。
あいつは何か色々と考えることがあったようだが、結局一度話を聞いてみないことには始まらないということで、とりあえず向かってみることにしたのだ。
ちなみに、さっきの話はなんだかんだいって俺が朝に弱いことを知っているので、フリーフォール(人力、安全装置なし)一度で許してくれた。
芯にくるような衝撃が結構痛かった。
さて、少し距離のある離れへと向かい、昨日の子を寝かせておいた部屋へと向かったのだが、その部屋には誰もいなかった。
「あれ?
この部屋よね?」
「あぁ、そのはずだが。
そもそもあの子って動ける状態だったのか?」
「私は何も術とかかけてないから、多分動けたはずよ。
昨日で治療も全部終わってたから、何もしてなかったの」
「そうか、まぁ、そのことを今言ってもしょうがないな。
俺は外を見てくるから、お前は離れの中を見てきてくれ」
「分かったわ」
そういって俺達は二手に分かれて辺りを捜索することにした。
捜索を開始してから、五分ほど。
俺の耳が小さな音を捉えた。
普段では聞こえない音、誰かの微かな泣き声である。
微かではあるが存在は確かにあるその声。
俺は声の持ち主が昨日のあの子だろうという直感に従い、その声の方向へと進んでいく。
こっちにあるのは、噴水広場か。
そんなことを思い出しつつ、噴水広場へと向かっていく。
噴水の音にまぎれて聞き取り辛いが、確かに声が少しずつ大きくなっていっているのが分かる。
そして……その子を見つけることができた。
足は靴など何も履かず、裸足の状態。
着ている物も急に用意したもので、良いものとは、暖かいとはお世辞にもいえない粗末な洋服。
そんな状態で、まだ、成長期を終えてもいない小さな女の子が一人寒空の下で、噴水の傍で泣いている。
何一つ頼れるものもなく。
それを見てしまった俺は何かをしなくてはという衝動に駆られ、そっと後ろから近づき、羽織ったままだった布団で彼女も一緒に包み込むようにして、招き入れた。
よくよく考えて見れば、日本ならセクハラと訴えられるような行為なのだが、そのときはそんなことを考えてることはできなかったのだ。
招きいれた彼女は、見ず知らずの男にいきなり後ろからつかまれたというのにもかかわらず、逃げようとすらせず、ほとんど動じていないようにみえた。
彼女の眼を除いては。
彼女の眼が訴えかけるその言葉に答えるように俺の口は自分の意識を離れ勝手にこんなことを口走る。
「寒かっただろう?
怖かっただろう?
でも心配しないで。
俺は竜の子だ。
君を守る力も、意思も持ち合わせている。
だから安心して身を任せて大丈夫だよ」
その言葉に何かを彼女は感じたのだろうか。
彼女の小さな体から力が抜け、俺にもたれかかってくる。
どうやら大丈夫そうだね。
そう思い、俺は彼女を抱きかかえ、自らの家へと戻るのであった。




