ジャイアントキリング 2
更新再開しました報告に、感想や活動報告でコメントありがとうございました!
頑張ります!
三日はあっと言う間にすぎた。
俺のアドバイスに従って、三人は自分の特技を重点的にきたえた。
模擬戦では、アリスにも参加してもらった。
「三日経った。以前の自分とは違うと、自分が一番分かっていると思う。大丈夫、きっと君たちの力は通用する!」
俺の言葉に、三人はそれぞれ頷き返した。みんな表情は堅いものの、初めて会った時の青ざめ、怯えた目はしていない。
約束の正午だ。
俺達は、近衛兵の訓練場に足を踏み入れた。
アリスはいない。彼女には、別の大事な任務に就いてもらっている。
「こんにちは、兵隊長殿」
「ああ、特任練兵顧問殿。彼らには逃げられなかったようで、なによりです」
「……ええ、彼らは勝つためにここにいますから。それで、親衛隊の方はどこに?」
思ったような反応が得られなかったからか、フンと鼻を鳴らしたヒゲは、しかし次の瞬間にはニヤリと笑って言った。
「親衛隊の方は忙しい。顧問殿のごっご遊びに付き合う暇はないとの事だ。ああ、別の隊長が見学に来ているので、彼に審判をしてもらおうじゃないか」
俺は呆れつつも、焦らず待った。確かに俺は親衛隊に審判を任せたいと言った。
それは近衛兵達に後から聞いていない等と突っ込まれない為だ。彼らに段取り全てを任す訳がない。
俺に任された事が、なるべくスムーズに運ぶよう、この勝負に立ち会って欲しいと、直接親衛隊のロバートに相談したのだ。
「親衛隊の言葉を、勝手に語るのは許されませんよ、兵隊長」
「プラチナ様!」
余裕の顔だったヒゲが、一変、真っ青になった。他の近衛兵達にも緊張が走る。てっきりロバートが来るものだと思っていた俺も、彼らほどではないにせよ、動揺した。
「ロバートはどうしても外せない用事がある為、私が参りました」
彼女は親衛隊紅一点、美しき聖騎士。光を反射して輝く金髪、全身白で統一された鎧と僧衣が混ざったような出で立ちは、聖女プラチナと呼ばれるに相応しい。
聖女プラチナについてマイクから聞いたところによると、見た目通り高潔な乙女であるが、彼女は悪には容赦ないらしい。
「初めまして、ノア殿。私はプラチナ。陛下の親衛隊のひとりです。話はロバートに聞きました。本日の勝負、私が審判として立ち会いますので、よろしくお願いします」
ゆっくりとした口調なのに、彼女の言葉は、不思議と否とは言わせない力強さを持っていた。
どんな人物なのか、まだ計り知れないが、不正を許さないというなら好都合だ。その分、こちらに甘い判定は期待できないだろう。
こちらこそ、と返事を返すと、聖女はにっこりと微笑んだ。ま、眩しい。
「陛下が選ばれた事に間違いはないでしょう。ただ、親衛隊のひとりとして、貴方がどういった方なのか知る必要があるのです」
「はい、分かっています」
聖女は王の為、俺という人物を見極めに来たらしい。俺を疑ってかかるが、仕事だから許してねと言うことだ。わざわざ言わなくとも良いのに、彼女はかなり正直者のようだ。
そんな会話をしていても、彼女の眩しい笑顔が、惜しみなく俺に向けられている。心なしか、他の近衛兵達から妬みを含んだ視線を感じた。彼女は近衛兵達の聖女でもあるようだ。
聖女の登場で、出鼻をくじかれていたヒゲが、ようやく復活した。
「プラチナ様のお時間を無駄にはできません。顧問殿、さっそお手並み拝見と行こうじゃないか」
聖女が審判だからと言って、自分達が負けるとは少しも思っていないようだ。それどころか、彼女の前で良いところを見せようと、ヒゲのチームは妙な気合いが入っている。
まあいいか。自信があればあるだけ、上手く事が運ばなかった時のパニックは酷くなる。気持ちを立て直す時間も余計にかかるはずだ。
「ではさっそくはじめましょう。ルールは確認した通り。参ったと言うか、私が戦闘不能と見なした者の負けとします。先鋒、前へ!」
ヒゲのチームからは、大柄で力強そうな男が、気合いの声を上げて、歩み出て来きた。
対するこちらは、太っちょのマイクだ。
彼は震えながらも、目を逸らさず男と対峙した。
「お二人とも、準備はよろしいですね? では、はじめ!」
男が開始の合図と同時に、剣を大きく振りかぶった。そして勢いそのままに、マイクへ叩きつけようとする。
「うおおお!」
マイクはしっかり腰を落とし、真っ向からそれを受け止める構えを見せた。
男の剣は高い金属音を立てて、マイクに受け止められた。いや、正しくはマイクの剣に触れる少しの所で、ギリギリと競り合っている。
男は目を見開いた後、落ちこぼれに自分の剣が阻まれた羞恥心に、顔を真っ赤にして怒った。
恥ずかしさをはらすように、何度も男は剣を振り下ろす。
「おりゃああ! くそ、このぉ!」
「ヒィ、くっ……!」
だが何度繰り返しても、マイクに男の剣が届く事はない。マイクは、男の怒声に悲鳴を上げながらも、必死にスキルで対抗し続ける。
マイクは「堅牢」のスキル持ちだ。堅牢は相手の力を受け流し、物理攻撃から身を守る事ができるスキルだ。
ただ、マイクの場合怖がりな性格が災いして、上手く実力を発揮できていなかっただけだ。
スキルは正しく発動させなければ、その効力は半減する。俺は三日間、マイクに真っ正面から攻撃を受ける練習をさせた。上手く使いこなせれば、敵の攻撃から仲間を守る大きな力になる。
何度も剣を全力で振り下ろしたせいで、男は息も絶え絶えだ。
隙を見て反撃できれば一番いいが、マイクはまだ、そんな器用な事は出来ない。相手の力を受け流すので精一杯だ。
だが、頭に血が登った男の相手は、それで充分だった。
何度も無理に打ち付けられた剣は、魔術の壁に耐えられず、ついに折れた。
空高く上がった、剣先の欠片がヒゲの足下に突き刺さる。
「くそ! 新しい剣を寄越せ!」
男が仲間に向けて叫ぶが、誰も反応しない。
「止めなさい」
聖女プラチナの声が、凛と響く。
「これ以上情けない姿を晒すのはよしなさい。貴方を戦闘不能とみなし、マイク・ベイリーの勝利とします」
男は聖女の声に、やっと我に返った。仲間達の冷たい視線に、身を固くした男は、折れた剣を捨て、フラフラとした足取りで訓練場から出て行った。
「マイク・ベリー、よく耐え切りました。その力、これからも陛下の為、仲間を守る為に磨いて下さいね」
「は、はい!」
マイクは、まるい頬を真っ赤にしながら、精一杯大きな声で返事をした。
その表情は、三日前に比べれば、キラキラとした自信に満ちている。
「では、次戦に参りましょう。双方、前へ!」
次にお出ましなのは、兵士長の右腕らしい人物だ。
「俺はあいつのようには行かないぞ?」
先程マイクが勝った事で少し警戒されるかと思ったが、どうやら違うらしい。
右腕の男が得意とする魔術は、火属性だ。対するワットは、風属性である。自分の魔術との相性を把握しているからこその、余裕の表情だった。
「お、俺だって、そんな簡単には負けません……!」
下を向いていたワットが、男の言葉に初めて顔を上げた。
「ハハ、なら最初から手加減しないぞ!」
男が魔術を発動させる。大きな炎の塊が、男の頭上に練り上がっていく。
圧倒的な熱量で、ワットを押しつぶす気だ。これまで多くの兵士達が、見た者をねじ伏せる炎の威力に、屈してきのだろう。
ワットの魔力量で、この炎を押し返すのは難しい。
ならば、一瞬ならどうだろう。風を動かすと言う事は、つまり空気を動かしているのだ。
ワットの風に威力は無いが、彼は力のコントロールに長けていた。
ワットが風を操り、男の周りに小さな竜巻を作り出す。男は肥大しすぎた炎のコントロールができずに、動きを止めた。
「チッ、なるほど考えたな。だが、この程度の風、すぐに抜け出せる!」
男は炎を腕に巻きつけるようにして、ワットの風の範囲から脱出する。炎の塊が、いくつもの拳大の火の玉に変化する。
腕のラインに沿って、火の玉が並び、男はワットに向かって一気にそれを投げつけた。
男の体から離れた火など、怖くない。火の威力は、術者の魔力によるところが大きい。男の体にまとわりつく火は、魔力という酸素を豊富に含んでおり、威力も強いし、消えにくい。
だが、一度男の体を離れれば、新しい魔力を吸い取る事はできない。ただの火の玉だ。ワットは、向かってくる火の玉に、空気の塊をぶつけた。パンッと音がして、火の玉が消えていく。
男は一瞬目を見張り、怒りをにじませた。だが、先程の力任せの男と違い、チラリとヒゲの兵士隊長を見た男は、すらりと剣を抜いた。
魔術が使える者同士は、剣より己の魔術で相手を負かそうとするものらしい。ここで剣を抜くと言う事は、魔術ではワットに勝てないと認めた事になる。だが、男は時間を掛けて、自分の力を試すよりも、手段を選ばず、本気でワットを倒す事にしたようだ。
こうなると、ワットが勝つのは難しくなる。相手は兵士隊長の右腕だ。さすがというべきか、男は冷静だった。
だが、まだ決まったわけではないのだ。ワットは風を足に纏わせ、素早く男の攻撃をよけてみせる。隙を突いて何度か反撃するが、簡単に男にいなされてしまう。
その内、ワットの魔力が底をついた。
それまで、勢いでどうにか頑張っていたワットの足が、急に乱れた。その怯んだ一瞬を、男は見逃さなかった。
男の足払いが、ワットを掬う。崩れ落ちたワットの首筋に、男の剣がピタリと伸ばされる。
「そこまで! ワット・ブレイク。貴方の魔術の精緻さは、素晴らしい努力のたまものです。だからこそ、最後まで戦い抜く勇気を身に付けてほしい。貴方の風が、味方の火を大きくできるよう願っています」
「……はいッ!」
聖女の言葉に、ワットが涙を流した。最後の最後、彼に足りなかったのは、ただ力の強さだけではない。
ワットの涙が悔しさから来るものならば、今回の負けは無駄にはならないだろう。ワットを侮っていた仲間にも、その力は充分見せ付けたはずだ。
勝負に勝った男は、静かにヒゲの元へ帰っていった。
もっと何か仕掛けてくると思っていたので、ワットとの戦いを見て、この右腕の男は案外まともな奴だと見直していた。
三日前に会った時、男は火属性の威力が増す、マジックアイテムを身に付けていた。それも、俺が鑑定士のスキルを持っているから見抜けた事だ。
もしそのまま、ワットとの戦いにのぞむようなら、俺はルール違反を理由に、審判に申し出るつもりだった。
だが、男はマジックアイテムを外してワットと戦った。
ヒゲは男の勝ちに、嬉しそうに肩を叩いているが、彼は晴れない顔だ。お得意の炎が封じられて、好き勝手できなかったからかもしれないが、それだけだろうか?
この男は、好きでヒゲの右腕をしているのでは無いのかもしれないな。
さて、これで一対一。
最後はヒゲと、アッシュの戦いだ。
「では、最終戦へ進みましょう。前へ!」
ヒゲは、にやついた顔で、アッシュを見ている。俺はその顔に、久しぶりの苛立ちを感じた。
別に怒りや苛立ちを、日々の生活の中で感じないわけではない。
理不尽だと思う事はたくさんある。ただ転生という体験が、影響していないとは言い切れない。自分の感情と向き合う方法を、同じ年代の人より知っているせいか、どうも冷めた部分があるのも自覚がある。
だからといって、怒りや苛立ちを溜め込むつもりはない。
最後の勝負、プラチナの開始の言葉に、二人が激しく剣で打ち合う。
「クク、いいのか、私にそんな態度をとって!」
「……!」
これまで、均衡を保っていたアッシュの剣先が乱れる。小柄なアッシュの体が、ヒゲの剣戟に吹き飛ばされる。
それからは、一方的だった。致命傷は負わさずに、ヒゲはアッシュを痛めつける。俺は我慢だ、と拳を握った。
我慢だ、アッシュ。もう少し、もう少しだけ待ってくれ。
「ほら、ほら、参ったって言えよ! お前たちのような無能な者は、近衛兵団には要らない!」
「……、ッ……!!」
ヒゲの容赦ない蹴りが、アッシュの腹に入る。苦しそうにむせるアッシュ。だが、それでも彼は参ったという言葉を言おうとしなかった。
見ていられなかったのだろう、何も知らない聖女が、そこまでと声を上げかける。
「――待った!」
聖女が口を開こうとした時、アリスの声が聞こえた。
「な、なぜ……!」
「彼女は大丈夫だ、アッシュ。存分に戦え!」
アリスは、ひとりの女性を連れていた。
この城の侍女の服を着た女性は、ボロボロになったアッシュを心配そうに見つめている。
「間に合ったようだな」
「ああ、――アリス、ノアさん、ありがとう」
アッシュは俺達にそう言うと、それまでのふらふらとした足取りがうそのように、しっかりと地面を踏みしめた。
侍女の姿を見てから固まっていたヒゲに向かって、アッシュが言った。
「俺は誇り高い近衛兵士だ。要らないのは、下衆のお前だ!」
それからは、今までと全く逆の展開になった。アッシュは剣の腹で、ヒゲの肩や腕、防具の薄いところを的確に打ち叩いていく。
その度、激痛が走るのか、ヒゲが情けない声を上げて地面に転がりながら逃げようとした。それでもアッシュは、ヒゲを容赦なく追いかける。
「た、助け……!」
無意識に聖女の下へと助けを求めたヒゲに、彼女は侍女と俺達の顔色を見て、なんとなく事情を悟ったのだろう。冷たく言い放った。
「貴方に少しでも近衛兵士の誇りが残っているのなら、潔く負けを認め、自らの過ちを白日の下へ晒しなさい。悔い改める心があるのならば、今この場で屍を晒さないように、取り計らいます」
聖女はばっさりといい捨てて、ヒゲに伸ばされた手を払った。
「お前の手の者は、全てロバート殿が捕まえた。諦めるんだな」
アリスがそう言うと、ヒゲは膝を着いて崩れ落ちた。
事の顛末はこうだ。
アッシュは家の事情からヒゲに従い、実力を隠していた。だが、アッシュの許嫁が、行儀見習いの為、城へとやってきた。
身分の低い貴族の娘が、作法などを学ぶために、城で侍女としてしばらく働くのだ。
アッシュの許嫁は、とても可憐な容姿をしていた。ヒゲは彼女に目をつけ、家柄や財力を見せつけて靡かせようとしたが、うまくいかない。
アッシュと彼女は、貴族同士とはいえ、幼い頃からの付き合いであり、愛し合っていたからだ。
それが面白くなかったヒゲは、彼女を人質に、アッシュに無理難題を押し付けていた。今回の勝負も、わざと負けるように命令していたのだ。
俺はそれを聞いて、アリスに彼女の護衛を任せた。
現行犯で、ヒゲの手下を捕まえ、審判をしている親衛隊に突き出すつもりだった。
ロバートはその事情を知って、自ら取り締まる方にまわってくれたらしい。
ヒゲも、ロバートに裁かれるより、敬愛する聖女に言われた言葉がよほどショックだったのだろう。先程からピクリとも動かない。
「良かった……」
「ああ、これで二人は自由だ」
俺がポツリとつぶやくと、アリスが嬉しそうに言った。
「ノアも、随分とすっきりした顔をしている。お前がそんなに怒るなんて、珍しいな」
「そうかな? ……まあ、俺だって怒る時は怒るよ」
俺の答えに、俺が怒鳴る姿をうまく想像できなかったアリスが、首を振ってみせた。
俺は笑って、聖女が呼ぶ方へと向かった。
「勝負は付きました。私達の管理が行き届かず、申し訳ない思いで一杯です。どうか、彼らに挽回するチャンスを頂きたいのです」
「分かりました。この勝負に勝った時の条件として、マイクとアッシュの試験は免除させてもらいます。後は、自由に訓練場に出入りする許可をもらえますか?」
「分かりました、そのように。皆さんも分かりましたね? ノア殿、他には何かないのですか?」
「ええ、他の事は皆さんと話し合って、ひとつずつ決めていきたいと思います。いいですか?」
俺が近衛兵達に向かってそういうと、彼らはいっせいに頷いた。彼らは近衛兵士のごく一部だ。だが、彼らが俺の言葉に耳を傾けてくれれば、他のまだ知らない兵士達も、いずれは俺を認めてくれるかもしれない。
俺はまず第一歩、踏み出す事に成功した。
炎とか戦闘シーンとか下衆とかラブロマンスとか色々詰め込みすぎました。
次話はここにいないはずのあの娘が登場します!お楽しみに!
2015/01/12 修正