いばらの棘
深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
俺は、手の震えを誤魔化すように、縛られた痕の残る腕をさすった。
屋敷の自室でクインシーと二人、向かい合う。
「さて、何か聞きたい事があるんじゃネーの?」
クインシーが、重い空気など知らないとばかりに、スッと切り出した。
手当をされた後、俺は別室で誘拐犯に何をされたか、何を話したかをルークに聞かれた。
ユージンもまた、別の場所に移され手当と聴取を受けている。
その後ルークは、俺の無事を報告するため外出した。
屋敷の周囲は、フランをはじめ、メンシス騎士団が屋敷の警戒に当たってくれているそうだ。
部屋の前にも、トリスタンの命で、団員が控えてくれている。
いつもは屋敷のどこにいるか分からないクインシーも、今夜は俺の側に付いていた。
「……クインシーは、あいつらが何者なのか、知っているんじゃないのか?」
「アイツらは、ブラックベリー盗賊団のメンバーだ。頭は、お前も会った、棘のメアリー。欲しい物があれば、何をやってでも奪う」
ブラックベリー盗賊の名前は、俺も聞いた事がある。
しかし、アルビオン王国で大きな事件を起こした事はなかった筈だ。
メアリーは俺のスキルを使って、自分の望み通りの兵隊を作りたがっていた。
俺には、彼女達が、ただの盗賊団だとは思えない。
そう言うと、クインシーは口を釣り上げて笑った。
「ブラックベリー盗賊は表向きの看板だナ。裏側では、こうやって国を相手取って、あちこち引っ掻き回してんのさ」
クインシーいわく、盗賊団のメンバーは国を跨いで存在する。
その組織の正確な規模は不明らしい。
「ダリア皇女の質問から推測すると、帝国側の関係者か、または帝国に対抗したいどっかの国の貴族から依頼されたんだろうよ。お前を誘拐して、連れて来いとか、な」
クインシーは、あいつらがコーディ卿に近づいてギルドに来たのも、爆発事故を起こしたのも、全て俺を連れ去るための下準備だと言う。
ソーンが言ったように、メアリーはかなり計画的に俺を誘拐したようだ。
「金を積まれれば、依頼を受ける。人を駒としか思ってネェような、貴族の奴らからすれば、傭兵も盗賊も、さして変わりないのだろうさ」
クインシーが、嘲るように言った。
これだけ準備をして、結局、俺を依頼主とやらの元へ連れて行かなかったのは、何故だろう。
「それで、アイツらに何を吹き込まれた?」
「何って……」
クインシーが、椅子に腰掛ける俺に近づいて来る。
「ルークには、スキルの事とダリア皇女サマの事を聞かれたと言ったな。他にも、俺の事を聞かれたダロ?」
クインシーの視線が突き刺さる。
俺はもう一度深呼吸すると、クインシーの目を見返して言った。
「……クインシーは、貴族からしたら傭兵も盗賊も変わりないって言ったな」
「ああ」
「でも、クインシーは違うだろう? 先王陛下の依頼は、ちゃんと守ってる」
クインシーの顔が、複雑に歪んだ。
その表情は、笑いを我慢しているようにも見えたし、怒りを抑え付けているようにも見えた。
「当たり前だ。俺の一族は、契約は守る」
すぐに真顔に戻ったクインシーが、静かに言い放つ。
クインシーの目に、一点の曇りも無かった。
「メアリーは、クインシーを信じるなって、俺に忠告してきた。簡単に誘拐させるようなやつに、護衛を任せるのかって」
「……、ヘェ」
「でも、俺はクインシーを信じる。だから、別にルークに言う事はない」
傭兵達は、金を積まれれば依頼を受ける。
だが、ある種の誇りを持って、仕事をしていると俺は思う。
傭兵は、確かに自由な職業だが、依頼を失敗したり途中で放棄したりすれば当然信用を失う。
盗賊は、平気でそのルールを破る。
信用も信頼もない。騙された方が悪くて、弱い方がいけないのだ。
メアリー達も、平気で依頼を破棄して俺を連れて行かなかった。
クインシーは、違う。
彼はこれまで、先王陛下の言う通りに俺を護って来た。
「考えたくないが……みすみす俺が誘拐されるのをクインシーが見逃したとしたら、それは先王陛下の命令だからだろう?」
先王陛下のお考えも、誘拐させた理由も何も分からないが、多分そう言う事だ。
「やけに冷静だナ? さっきまで、ヒデェ顔してたのによ」
お前のあんな顔、初めて見たとクインシーが言う。
冷静な訳ない。
俺はクインシーを恨めしい目で見上げた。
「例えば、俺が殺されたり、あのまま連れ去られていたら、どうしたんだ?」
「そんな事にゃあ、ナラネーよ」
クインシーの口の端が、つり上がる。
ルーク達は、俺達が誘拐された直後、囮の馬車に足留めされていたと聞いた。
クインシーの傭兵仲間が、手分けして探してくれていたらしいが、その間に何があるか分からない。
しかし、俺の質問にも、クインシーは余裕の表情だ。
「……まさか、メルツも傭兵なのか?」
クインシーが楽しそうに頷いた。
てっきり獣人街からの手助けかと思っていたのに、クインシーの仲間だったとは。
「獣人街の者でもあるけどナ。メルツは俺の耳だったって事だ。他にもあと二人、屋根裏に潜んでたんだぜ?」
メルツや他の傭兵達は、ルーク達が俺を見失ってから、もう一方に走る馬車を追い、ずっと側で様子を伺っていたそうだ。
メアリーの目的からして、俺を殺す事はないだろうと踏んでいたが、万が一何かあれば、彼らが盾になっていたとクインシーは言う。
それが本当だとしたら、なぜユージンが攻撃された時、彼らは助けてくれなかったのか。
「……ユージンは?」
「俺の仕事はお前を守る事だ。そうダロ?」
クインシーは、冷酷にも正論を述べた。
「ハッ、またヒデェ顔になってんぞ」
また無意識のうちに、手を握り締めていた。
クインシーの言うヒデェ顔が、どんな顔なのか分からないが、俺が感じているのは怒りだ。
「……俺が、俺が怒っているのは、クインシーにじゃない。何も出来なかった自分自身にだ」
クインシーは、誘拐を見逃したのは先王陛下の命令かどうか、肯定はしなかったが、否とも言わなかった。
クインシーに、ユージンを見殺しにしたのかと言うのは、お門違いだ。
ユージンを巻き込んで何も出来なかったのは、俺だから。
「ま、これで分かったダローよ。お前はいつまでも、ただのギルド職員としてはいられねぇって事が」
クインシーに言われずとも、分かっていた。
このままでいられない事くらい。
メアリーが言ったように、俺を利用したい者はたくさんいるだろう。
こんな誘拐騒ぎがあれば、このまま普通の生活が送れるとは思えない。
分かっていて、俺はわざと話題をそらした。
「……メルツから聞いただろうけど、メアリーはクインシーが何者なのか知りたがっていたみたいだ。俺は、クインシーのステータスを見ていないから、何も答えられなかったよ」
「オイ、」
クインシーが何か言いかけたが、ノックの音で会話が途切れる。
扉から、報告を終えたルークと、久しぶりに見るアリスの顔が覗いた。
「……ノアさん?」
部屋の重い空気を感じとったのか、ルークはどこか戸惑った様子だ。
「あなた、ノアに何を言った?」
何も知らないはずのアリスが、クインシーに言う。
クインシーは一笑に付して、俺にこう言った。
「お前の自由も、あと少しダローよ」
「分かってる」
ルークに今日は休んだほうがいいと言われて、俺はベットに横になった。
昼から何も食べていなかったが、腹はすいていない。
久しぶりに会えたというのに、アリスと話せないまま、自室の扉が閉められた。
残された自由な時間で、俺は一体何ができるだろう。
クインシーの存在を頭の隅に感じながら、俺の頭はその事でいっぱいだった。
眠気はなかなかやって来なかった。
お待たせしました。
ある程度、ある程度謎を回収できたでしょうか……?
なかなか複雑で、思ったように筆が進みませんでした。
次は早めに更新したいと思います。
2015/01/12 修正




