手負いの獣 1
翌朝。
俺はアリスと一緒に、屋敷の中庭を歩いていた。
今日は日課の走り込みは無しだ。
昨日までと違うのは、常に視界の端にクインシーがいる所だろうか。
「里帰りは、どうだった?」
「ああ、母上に会ってきた」
俺は少し前、生まれた村へ一度帰ると、それだけアリスから聞かされた。
「ずいぶん、早く戻ったんだね。家は大丈夫なのか?」
「ああ。もっと早く王都に戻ればよかったよ。私は肝心な時に、ノアの側にいないな……」
アリスは、悔しさの滲む顔で言った。
「……なあ、アリス。もう、恩返しはいいんだ。何にも縛られず、自由に生きたらいいんだよ」
そう言うと、何故かアリスは笑った。
俺の思い違いでなければ、嬉しそうな笑みだった。
「だからこそ、私はノアの側にいると決めた。それが、私のやりたい事だからだ」
俺は言葉が出て来なかった。
アリスは父を亡くし、弟も亡くしたのだ。
彼女の家族は、故郷の母親だけ。逆に言えば、母親に残されたのはアリスだけだと言える。
もし、アリスに何かあったら母親に何と詫びればいい。
「ノア、私は騎士になった。そのために、故郷へ帰っていたんだ」
「え……?」
アリスは、私の家庭はちょっと複雑なんだと、苦笑した。
「かしずかれるのが嫌だと言うなれば、私を友だと思えばいい」
「……友」
アリスは、自分の身は自分で守る。友として、俺の助けになりたいと、大真面目な顔で言うのだ。
「ノア、私の命まで背負う必要はないんだ」
ユージンを巻き込んで責任を感じていた俺には、目が覚める一言だった。
アリスの言い方が、俺を思っての事なのは分かる。
同時に、好意を素直に受け入れられない気持ちもあるのだ。
しかし、全てが自分のせいだと考えるのは、自意識過剰なのかもしれない。
「……表が騒がしいナ」
クインシーが、スルリと寄って来た。
「私が見て来よう」
アリスが真っ先に動いて、騒ぎの方へ向かって行った。
「小娘が、女騎士サマになって戻ってくるとはね。愛されてんなぁ、ノア」
クインシーのからかいを聞き流していると、トリスタンが中庭へ現れた。
アリスと、他数名の団員もいる。
そして、その団員に肩を借りる形で、調査課のリーダーも一緒だった。
リーダーは、頭と足に巻かれた包帯から血を滲ませながらも、よう、と笑って手を上げた。
「リーダー、その怪我、一体どうしたんですか?」
リーダーとトリスタンを交互に見て、俺は何があったのか説明を求めた。
「ちょっと、お前さんに頼みたい事があって来た」
「頼みたい事……?」
トリスタンの提案で、俺達は、話し合いの場を応接間に移した。
団員が、リーダーをゆっくりと椅子に座らせる。
「横にならなくて、大丈夫なんですか?」
「ああ、急用なんだ。ゆっくり休んでる暇はねぇからな」
リーダーはそう言うと、突然の来訪の理由を話し始めた。
「一ヶ月前、首都とコーピアを結ぶ街道に、モンスターの目撃情報が出た」
コーピアは、農作物で有名な土地だ。
首都の食材は、殆どその街道を経由して、持ち込まれている。
とても重要な街道である。
ひとつだけ、沼地という難所がある。足場は整備されているが、天候により濃霧が発生するのだ。
「ギルドが動くより先に、商人の一団がBランクパーティーの冒険者に討伐依頼を出してたんだ」
だが、一週間経っても、そのパーティーは帰って来なかった。
数は未確認だが、コーピアから出た商人が行方不明になっていると言う話しもあるらしい。
ギルドは、大規模な討伐依頼をする前に、調査課にモンスターの種類の特定を依頼した。
「目撃証言によると、濃霧でよく見えなかったが、馬鹿デカい獣の影と恐ろしい遠吠えを聞いたそうだ。最初は、シルバーウルフか何かだろうと思ってたんだがな……」
シルバーウルフは、普通の狼と違い、大きな体と白く光る体毛が特徴だ。
シルバーウルフ自体の攻撃力は、そこまで強くない。
しかし、体毛の光には幻覚作用があるのだ。
獲物を惑わせ、巣に引きずり込む。
それならば、Bランクのパーティーがやられてしまったのも頷ける。
シルバーウルフへの対策を立て、リーダーは四人のパーティーメンバーを率いて沼地に向かった。
「それが、大ハズレの見当違いだ。こちらも慎重に近付いたつもりだったが、後ろから不意打ちされてこの様さ」
傷が痛むのか、リーダーは頭に手をやりながら言った。
正体を確認するため、濃霧から誘き出そうとした所、逆に攻撃されたらしい。
かなり賢いモンスターのようだ。
「俺は確かに二つの頭を見た。他の奴らは、蛇の頭を見たって言う」
リーダーは、喉の渇きを潤すためか、恐怖を和らげるためか、水をひとくち飲んだ。
「アレは多分、オルトロスだ。俺も初めてみたが、体が小山のようにでかかった」
オルトロスとは、双頭の犬型モンスターだ。その尻尾の先は、蛇になっているらしい。
幻と呼ばれるほど、その生態は謎に包まれている。
「……それで、ギルドは我々メンシス騎士団に、討伐依頼を出したのか」
今まで黙していたトリスタンが、リーダーに静かに問いかけた。
「そうだ。ギルドは昨日の火災の対処に追われてる。だが、この問題は早く片付けなきゃいけねぇ」
リーダー達は、逃げるために、モンスターに反撃した。
犬型モンスターは執念深いと言われている。
傷を負わせた者の臭いを追って首都に接近すれば、大変な事になる。
王都の食料を維持するためにも、街道の安全を早く取り戻さなくてはならない。
ギルドは、以前から話しに出ていた、騎士団との協力を実行する事にしたらしい。
「話しは分かった。だが、何故ノアにまで同行するよう、要求したのだ」
トリスタンの質問に、俺は目を見開いた。
頼みとは、俺がその討伐に同行すると言う事か。
俺が一緒に出て、何になるんだろう。
「ギルド本部長の仮説だ。あんたのスキル、モンスターにも使えるんじゃないかってな」
俺は、一瞬言葉に詰まった。
「……ステータスや鑑定士のスキルがあれば、モンスターの正体も見破れるという事か」
トリスタンが、意見を求めて俺を一瞥した。
「――アイテムとしてでなくとも、鑑定士のスキルは使えました。名前が分かれば、ステータスも読めます」
一度だけ、檻に入った見せ物のモンスターで試した事がある。
例えモンスターとはいえ、俺のスキルは使える。
「濃霧のせいで、ヤツの全貌は見えなかった。情報が少ないモンスターだ。あんたが来て、正体を探ってくれたら、きっと弱点を突ける」
パーティーメンバーは、全員王都に帰って来れなかった。
ひとりはオルトロスにやられ、ひとりは怪我が酷くて王都に辿り着く前に亡くなったそうだ。
「――頼む」
リーダーが、俺に頭を下げた。
王都に来る前の俺なら、きっと断っていただろう。
自分が戦うわけでもないのに、きっと尻込みして、知らないふりを決め込んだに違いない。
「ノア、お前が決めろ。共に行くのであれば、我々が全力で守る」
トリスタンの力強い声に、俺は俯いていた顔を上げる。
トリスタンの表情は、いつもと変わらない。
俺はその冷静な態度が、彼の生真面目さを表しているのを知っている。
その後ろに立っているアリスが、真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。
「アリス、友として、一緒に来てくれるか?」
「ああ、ノアと共に行こう」
これも、俺に出来る事のひとつだ。
トリスタンやアリス、騎士団のみんなもいる。
彼らの危険を少しでも減らせるなら、一緒に行くべきだ。
俺はトリスタンに向かって頷いた。
「行きます」
リーダーが、ありがとうと呟いた。
2015/01/12 修正




