誘拐 2
「ユージン……!」
俺は体を乗り出して、光の流線を追った。
当たるな! 消えてくれ! 頼むから!
力の限り手を握りしめ、そう願った。
光の塊は、ユージンにぶつかる瞬間、パチリと音をたてて弾けた。
「あら。魔術の無効化なんて、やるじゃない」
メアリーの楽しそうな笑い声で、俺は止めていた息を吐いた。
メアリーが、ワープに向かって払うように手を振る。
ワープが、一瞬でユージンの首を締め上げ、パッと両手を放した。
重い音を立てて、ユージンが地面に突っ伏す。
俺は一連の流れに呆然として、ぴくりとも動かないユージンを見つめた。
今更、ドッと嫌な汗が吹き出す。
魔術無効化?
クインシーに水の塊を投げつけられた時のあれだろうか。
コントロールして使えたのは初めての事だったので、自分がやったという自覚がない。
「計画にないものは、不要でしたね、ワープ」
「ごめんなさぁい、メアリー様!」
ソーンがたしなめるように、ワープに言うと、彼(彼女)は奇妙に体をくねらせてメアリーに謝った。
「ひとつ彼の力が分かったし、許してあげるわ。さて、お友達には眠ってもらったし、お遊びはまた今度にしましょう。今は私の質問に答える時間よ」
ワープは気絶させただけのつもりだろうが、ユージンは大丈夫なのだろうか。
緊張の連続で、腹の底が冷たく重い。
「そもそも、私のスキルは人質など不要なのですよ」
ソーンが肩に手を置いて言った。
「心を読めば情報は引き出せる」
ソーンの手が肩に食い込む。
ギルドでも感じた、心に入り込まれるような、あの不快な感覚がする。
「読めるなら、こんな回りくどい事しなくても、分かるはず……」
なぜ何度も答えるように促すんだ。
俺は瞬間的に思いついて、ソーンを見上げると、スキルを発動させた。
ソーンが手を離すが、もう遅い。
「……あんたもダブルスキル持ちか」
どうりでスキルが読み取れなかったわけだ。
俺はこれまでの疑問があっさり解消されていくのを感じた。
ソーンはギルドで、共感と拒絶と言うスキルを使い分けていたのだ。
共感は、相手が考えている事を読み取るスキル。
拒絶は、相手から心を読まれないスキル。
これまでのソーンの行動からして、相手に触れるのが発動条件だろう。
そして、同時に二つのスキルは発動できないらしい。
なので俺も、共感のスキルを発動しているソーンから、ステータスが読み取れた。
「油断したわね、ソーン」
「申し訳ございません、メアリー様」
ソーンの指が、俺の肩に食い込む。
「しかし、それが分かった所で思考を読み取る事になんら支障はありませんよ。人は考えないようにしようと思った事ほど、頭に思い浮かべてしまうものですから」
ソーンの言う事はもっともだ。
俺は何かについて尋ねられれば、一度思い浮かべてから、知られたくない事であれば、顔に出ないように打ち消す。
俺だけじゃなく、大体の人はそうなる筈だ。
「みっつめよ。クインシー・キューの正体について。あの化け物が何なのか、知っている事を教えなさい」
なぜ、第三の質問がクインシーに関してなのだろうか。
特に俺が気になったのは、化け物と言う表現だ。
クインシーも、ステータスは見れていない。
ダメだ。どうしても、一度は聞かれた事に関して考えてしまう。
「彼は普通じゃない。アナタも知っているでしょう、クインシーの年齢を」
確かに、クインシーは年齢にしては外見が若すぎる。
「あの化け物が駆け付けるのを待っているようだけど、アイツをそんなに信用していいのかしら」
メアリーが悪意に満ちた声色で、囁いた。
「どういう……」
意味だ。
俺がそう言いかけた時、誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「――、こっち! 早く!」
クインシー達が助けに来たのか。
「時間切れね。アナタの事気に入ったわ。また会いに来るわね」
「あらぁ、運ばないのね」
メアリーが椅子から立ち上がり、ドレスの衣擦れの音がする。
ワープが何故か残念そうに言った。
運ぶとは、俺を更にどこかに移動させるつもりだったが、止めると言う事か。
ワープとソーンが、メアリーのいる闇へと消える。
俺は汗で濡れる手を握り締めながらも、尋ねずにはいられなかった。
「なぜ、連れ去らないんだ」
カツンと、ヒールの立てる靴音が止まった。
「私はね、自分のやりたいようにやるの。誰かに依頼されたからって、全部その通りになんかしてやらないわ。それに、私はどこにでも行けるの。好きな時に、好きな場所に」
メアリーの口調は、高飛車でありながら、絶対的な自信を感じさせるものだった。
「ひとつ忠告してあげる。あなたが信じてるクインシーだけど。こんな簡単に誘拐させるような人なのかしら。そんな護衛、私ならごめんだわ」
「な……」
メアリーはそう言い放ち、忽然と消えた。
衣擦れの音や息づかい、そういった気配が無くなったのだ。
一瞬の静寂。
次に扉が開き、複数の足音がなだれ込んで来た。
眩しい光で部屋が満ちる。
闇に慣れた目が眩み、俺は目をしばたいた。
「ノアさん……! 無事ですか!」
ルークの声だ。
真っ先に入って来たルークは、素早い動きで俺の拘束を解いた。
「大丈夫ですか、ノアさん。ノアさん!」
「……え」
俺の頭では、先程メアリーに言われた言葉がぐるぐると回っていた。
ルークの呼び掛けに反応が遅れたが、大丈夫だと伝えた。
「本当に大丈夫か、お前」
「フラン、なんでここに……いや、大丈夫だ。そうだ、ユージンが……」
俺の体をチェックするルークに身を任せながら、やっと光の明るさに馴染んだ目で、俺はユージンが倒れた方を見た。
ユージンの側には、兎耳の獣人が寄り添っていた。
「大丈夫。彼は眠ってるだけ」
獣人の声は、扉の向こうから聞こえた助けを呼ぶ声と一緒だった。
茶色い髪はおかっぱ程度に切りそろえられており、少年とも少女ともつかない、中性的な顔立ちをしている。
「わたし、メルツ。はやく助けられなくてごめんなさい、ノア様」
メルツと言うらしい少女に、俺は首を振った。
「いいや、助けを呼んでくれてありがとう」
「獣人はあなたの味方。いつも見守ってる。私はいつまでもここにいられない。またね、ノア様」
そう言うと、メルツは長い耳を前後に動かしながら、扉から出ていった。
メルツは獣人街――タロンから言われて俺を見ていてくれたのだろうか。
そこでようやく落ち着いてきた俺は、自分が捕らわれていた部屋を見渡す。
床からの景色で気が付かなかったが、並べられた調度品に見覚えがあった。
「ここ……シュテルン家の屋敷じゃないか……」
俺はメアリーが言っていたセリフを思い出した。
彼女は、好きな時に好きな場所へと現れる。
俺はひやりとする手を握りしめた。
フランが、あっと声を上げた。
「ノア、お前、手から血が出てるぞ」
「本当だ、握ったらダメだよノアさん。これ、爪の痕じゃない……」
ルークが強張る俺の手のひらをゆっくりと広げ、どこからか取り出した包帯で巻いていく。
「あーあ、逃げらレタ。おい、ノア、大丈夫か?」
音もなく部屋に新たに顔を出したのは、クインシーだった。
「なにやってんだよ、旦那!」
「ウルセーな。いま、仲間に追わせてるよ。この屋敷のぼっちゃんも、騎士団動かして探すってよ」
俺はルークとクインシーが言い合っているのをただ黙って聞いていた。
考えたい事がたくさんあるのに、うまく頭が回らない。
包帯から染み出した血が、ポタリ落ちて、カーペットにシミを作った。
お待たせしました!
終点は決まっていたのに、間が中々うまくまとまらなかった回でした。
きっと皆さんも考えたでしょう。
①ユージンが死ぬ、もしくは怪我をする
②ノアが精霊の力を使う
③この時点でクインシーかルークの助けが入る
④ノアのステップアップ
その他もあるでしょうね。
上三つ全部書いてみて、気に入らなかったので止めました。
精霊の力とかばらした途端にこの話しはさらにややこしくなりますね。
それはもう少しだけ先です。
何はともあれ、いつも読んで下さってありがとうございます。
2015/01/12 修正




