第4皿 リゼットと決意
「それで? 何を作るつもりだ」
ベルンの問いに、リゼットは厨房を見回した。
壁には古びた鍋がいくつか掛かっている。かまどは煤で黒くなり、調理台には長年使われていない跡が残っていた。棚の中には、欠けた皿と木製の器が数枚。食堂として営業していた頃の面影はあるものの、王宮の厨房とは比べるべくもない。
それでも、料理をするための場所がある。
今のリゼットにとって、それだけで十分にありがたかった。
「今ある食材を見せてもらえますか?」
「料理の話をしているんだぞ。掃除の続きじゃない」
「分かっています。でも、食材を見なければ何も決められません」
ベルンは鼻を鳴らしながら、厨房の隅に置かれた木箱を指さした。
「売り物にならなかった野菜が少しある。あとは古い豆と、塩くらいだ。期待するなよ」
リゼットは木箱の中を確認した。
形の悪いニンジンが二本。表面に傷のある玉ねぎが一つ。少ししなびたキャベツが半玉。それに、乾燥した豆が小さな袋に入っている。
王宮なら、料理に使うことさえ許されないような食材かもしれない。
けれど、リゼットは野菜を一つずつ手に取った。
傷んでいる部分を取り除けば、まだ十分に使える。
「これなら、温かい煮込み料理が作れます」
「煮込み?」
「はい。少し時間はかかりますけど」
リゼットはまず、豆を水に浸すところから始めた。
次に、ニンジンと玉ねぎの傷んだ部分を取り除き、細かく刻んでいく。キャベツは芯を外し、葉を食べやすい大きさにちぎった。
ベルンは腕を組み、黙ってその様子を見ていた。
「ずいぶん手際がいいな」
「料理人ですから」
口にしてから、リゼットは少しだけ顔を伏せた。
王宮を追われた自分が、今も料理人を名乗っていいのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
しかし、手を止めることはなかった。
鍋に少量の油を引き、玉ねぎを炒める。甘い香りが立ち始めたところでニンジンを加え、さらに火を通す。水と豆を入れ、弱火でじっくり煮込んでいく。
最後にキャベツを加え、塩で味を調えた。
豪華な料理ではない。
肉も香辛料も、飾りつけに使える食材もない。
それでも、鍋の中では野菜の旨味がゆっくりと溶け合っていた。
やがて、厨房にやさしい香りが広がる。
「……できました」
リゼットは木の器に煮込みを盛り、ベルンの前に置いた。
ベルンはすぐには手を伸ばさなかった。
「これが、お前の自信作か?」
「今ある食材で作れる、一番おいしいものです」
「王宮の料理人だったんだろう? もっと見栄えのする料理は作れないのか」
「作れます。でも、今ここにあるものを使わずに、ないものを嘆いても仕方ありませんから」
リゼットはまっすぐベルンを見つめた。
「それに、おいしい料理は、豪華な食材がなければ作れないものではありません」
ベルンは何か言い返そうとしたようだったが、結局、匙を手に取った。
ひと口。
もうひと口。
そして、黙ったまま器の中身を食べ進めていく。
リゼットは落ち着かない気持ちで、その様子を見守った。
「……どうでしょうか?」
「塩が少し足りん」
「えっ?」
「いや、待て。豆の煮え具合は悪くない。野菜の甘みも出ている。塩を足しすぎなかったのも正解かもしれん」
ベルンは残りをすくい、ゆっくりと口に運んだ。
「うまい」
その一言に、リゼットの胸が熱くなった。
王宮では、料理を褒められることも珍しくなかった。けれど、今の言葉はそれとは違って聞こえた。
誰かに認めてもらうためではなく、目の前の人に食べてもらうために作った料理。
その料理を、目の前の人が喜んでくれた。
「ありがとうございます」
「礼を言うほどのことじゃない。だが……」
ベルンは器を置き、厳しい目を向けた。
「料理がうまいだけで、食堂が続くと思うなよ。客が来なければ店は潰れる。食材を仕入れる金も必要だ。お前に、それが分かっているのか?」
「……分かっていません」
リゼットは正直に答えた。
「でも、学びたいと思っています。料理だけでなく、食堂を続けるために必要なことも」
「ずいぶん殊勝なことだな」
「ここを借りられるなら、できることは全部やります」
しばらくの沈黙のあと、ベルンは立ち上がった。
「一か月だ」
「え?」
「一か月、お前にこの食堂を貸してやる。家賃は安くしておく。その代わり、店を続けられるかどうかは自分で証明しろ」
リゼットは思わず顔を上げた。
「本当に、いいんですか?」
「気が変わる前に返事をしろ」
「はい! よろしくお願いします!」
頭を下げるリゼットに、ベルンは照れ隠しのように顔を背けた。
「礼なら、店が繁盛してから言え」
その日の夕方。
リゼットは、再び厨房に立っていた。
まだ客席は埃だらけで、看板もなく、店を開く準備は始まったばかりだ。
この場所で、自分の料理を届ける。
今度こそ、自分の意思で。




