↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮を追われた料理人ですが、辺境の食堂で人々の心を取り戻します  作者: 弥
第1部 追放された料理人と、最初の一皿
PR
4/7

第4皿 リゼットと決意

「それで? 何を作るつもりだ」


ベルンの問いに、リゼットは厨房を見回した。


壁には古びた鍋がいくつか掛かっている。かまどは煤で黒くなり、調理台には長年使われていない跡が残っていた。棚の中には、欠けた皿と木製の器が数枚。食堂として営業していた頃の面影はあるものの、王宮の厨房とは比べるべくもない。


それでも、料理をするための場所がある。


今のリゼットにとって、それだけで十分にありがたかった。


「今ある食材を見せてもらえますか?」


「料理の話をしているんだぞ。掃除の続きじゃない」


「分かっています。でも、食材を見なければ何も決められません」


ベルンは鼻を鳴らしながら、厨房の隅に置かれた木箱を指さした。


「売り物にならなかった野菜が少しある。あとは古い豆と、塩くらいだ。期待するなよ」


リゼットは木箱の中を確認した。


形の悪いニンジンが二本。表面に傷のある玉ねぎが一つ。少ししなびたキャベツが半玉。それに、乾燥した豆が小さな袋に入っている。


王宮なら、料理に使うことさえ許されないような食材かもしれない。


けれど、リゼットは野菜を一つずつ手に取った。


傷んでいる部分を取り除けば、まだ十分に使える。


「これなら、温かい煮込み料理が作れます」


「煮込み?」


「はい。少し時間はかかりますけど」


リゼットはまず、豆を水に浸すところから始めた。


次に、ニンジンと玉ねぎの傷んだ部分を取り除き、細かく刻んでいく。キャベツは芯を外し、葉を食べやすい大きさにちぎった。


ベルンは腕を組み、黙ってその様子を見ていた。


「ずいぶん手際がいいな」


「料理人ですから」


口にしてから、リゼットは少しだけ顔を伏せた。


王宮を追われた自分が、今も料理人を名乗っていいのだろうか。


そんな考えが頭をよぎる。


しかし、手を止めることはなかった。


鍋に少量の油を引き、玉ねぎを炒める。甘い香りが立ち始めたところでニンジンを加え、さらに火を通す。水と豆を入れ、弱火でじっくり煮込んでいく。


最後にキャベツを加え、塩で味を調えた。


豪華な料理ではない。


肉も香辛料も、飾りつけに使える食材もない。


それでも、鍋の中では野菜の旨味がゆっくりと溶け合っていた。


やがて、厨房にやさしい香りが広がる。


「……できました」


リゼットは木の器に煮込みを盛り、ベルンの前に置いた。


ベルンはすぐには手を伸ばさなかった。


「これが、お前の自信作か?」


「今ある食材で作れる、一番おいしいものです」


「王宮の料理人だったんだろう? もっと見栄えのする料理は作れないのか」


「作れます。でも、今ここにあるものを使わずに、ないものを嘆いても仕方ありませんから」


リゼットはまっすぐベルンを見つめた。


「それに、おいしい料理は、豪華な食材がなければ作れないものではありません」


ベルンは何か言い返そうとしたようだったが、結局、匙を手に取った。


ひと口。


もうひと口。


そして、黙ったまま器の中身を食べ進めていく。


リゼットは落ち着かない気持ちで、その様子を見守った。


「……どうでしょうか?」


「塩が少し足りん」


「えっ?」


「いや、待て。豆の煮え具合は悪くない。野菜の甘みも出ている。塩を足しすぎなかったのも正解かもしれん」


ベルンは残りをすくい、ゆっくりと口に運んだ。


「うまい」


その一言に、リゼットの胸が熱くなった。


王宮では、料理を褒められることも珍しくなかった。けれど、今の言葉はそれとは違って聞こえた。


誰かに認めてもらうためではなく、目の前の人に食べてもらうために作った料理。


その料理を、目の前の人が喜んでくれた。


「ありがとうございます」


「礼を言うほどのことじゃない。だが……」


ベルンは器を置き、厳しい目を向けた。


「料理がうまいだけで、食堂が続くと思うなよ。客が来なければ店は潰れる。食材を仕入れる金も必要だ。お前に、それが分かっているのか?」


「……分かっていません」


リゼットは正直に答えた。


「でも、学びたいと思っています。料理だけでなく、食堂を続けるために必要なことも」


「ずいぶん殊勝なことだな」


「ここを借りられるなら、できることは全部やります」


しばらくの沈黙のあと、ベルンは立ち上がった。


「一か月だ」


「え?」


「一か月、お前にこの食堂を貸してやる。家賃は安くしておく。その代わり、店を続けられるかどうかは自分で証明しろ」


リゼットは思わず顔を上げた。


「本当に、いいんですか?」


「気が変わる前に返事をしろ」


「はい! よろしくお願いします!」


頭を下げるリゼットに、ベルンは照れ隠しのように顔を背けた。


「礼なら、店が繁盛してから言え」


その日の夕方。


リゼットは、再び厨房に立っていた。


まだ客席は埃だらけで、看板もなく、店を開く準備は始まったばかりだ。


この場所で、自分の料理を届ける。


今度こそ、自分の意思で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。