【レポート5】アブダクション
本作はフィクションです。登場する人物・団体・組織・事件などは架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
……と、いうことにしておきましょう。
朝、職場に着くと、烏山さんが見知らぬ男二人と会話をしていた。
男たちは、どちらも見たことのない顔だった。
俺は少し気になったが、声をかけるのをためらい、そのまま様子をうかがっていた。
烏山さんは真剣な表情で、何やら男たちに指示を出していたが、やがて話がまとまったのか2人の男は部屋を出ていった。
俺は烏山さんに、どうしたのか尋ねた。
烏山さんは少し表情を曇らせ静かに口を開いた。
「どうも、誘拐事件があったらしいね」
俺は、机の上に置かれた紙に目を向けた。先ほどの男が指を差していた箇所には、「久邇」と書かれている。
俺はこの名前に見覚えがあった。確か、皇族の家系図にあった名前だ。
一年が経過したため、俺はその名前に付けられていたQの印を消したばかりだ。
「もしかして、皇族の方が誘拐されたんですか?」
俺は、机の上の紙を見ながら尋ねた。
「いや、正確には皇族ではない。すでに皇籍を離れて、一般人として暮らしている方だよ」
烏山さんは、いつもの穏やかな口調とは違い、真剣な表情で答えた。
「烏山さん、先ほどの二人は警察の人なんですか?」
俺は、気になっていたことを尋ねた。
「いや、公安と、その活動をサポートする人たちだよ」
烏山さんは、それだけ答えると、手元の書類に目を落とした。
「公安ですか……」
俺は思わず聞き返した。
誘拐事件なら、普通の警察が捜査するのではないだろうか。なぜ公安が動いているのだろう。
しかも、烏山さんは彼らに何か指示を出していた。
烏山さんは、手にしていた書類を机に置くと、いつもの穏やかな表情に戻った。
「まあ、二、三日もあれば解決するだろうね」
そう言うと、何事もなかったかのように、自分の椅子に座った。
俺は、烏山さんの言葉が気になった。
誘拐事件という重大な事件なのに、まるで大した問題ではないかのような口ぶりだった。
公安まで動いている事件が、たった二、三日で解決するものなのだろうか。
俺は疑問を感じながらも、それ以上尋ねることはできず、自分の机に向かった。
日が変わり、あの誘拐事件から二日が経ったある日、再びあの男たちがやって来た。
俺は気になって、男たちと烏山さんの会話に聞き耳を立てた。
どうやら、あの誘拐事件は無事に解決したらしい。
ただ、事件は解決したものの、まだ何か問題が残っているようだった。
男の一人が、烏山さんに誘拐された本人と会ってほしいと頼んでいたのだ。
烏山さんは、男たちとの話を終えると、俺の方をチラッと見た。
「近藤君、一緒に行くか?」
突然の誘いに、俺は戸惑った。誘拐事件の被害者に会いに行くのに、なぜ俺まで連れていくのだろう。
「俺もですか?」
「ああ、せっかくだからね」
烏山さんは、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
俺は少し気になったが、断る理由もなかった。それに、今回の事件について知りたいという気持ちもあった。
「わかりました。一緒に行きます」
こうして俺は、烏山さんと男たちに同行し、誘拐事件の被害者に会いに行くことになった。
俺たちは、誘拐事件の被害者である久邇さんの家に到着した。
皇族の血を引く人物の家と聞いていたので、俺はどんな屋敷なのかと想像していたが、実際に目にした家は、普通の一軒家より少し立派な程度だった。
家の中に案内されると、居間に一人の男性が座っていた。
先ほどの公安の男が、俺たちに向き直って口を開いた。
「こちらが、今回の誘拐事件の被害者である久邇さんです」
紹介された男性は、俺たちに軽く頭を下げた。見たところ、特別変わった様子はない。ごく普通の男性に見えた。
俺は、皇族の血を引くという久邇さんを、まじまじと見てしまった。
烏山さんは、久邇さんの向かいに座ると、静かな口調で質問を始めた。
「それで、いったい何があったんだい?」
久邇さんは少し緊張した様子で、ゆっくりと口を開いた。
「私は、宇宙人に誘拐されたんです。そして……人体実験をされました」
烏山さんは、久邇さんの話を聞くと、いくつか質問をした。
「誘拐されたときのことを、覚えている範囲で話してくださいませんか?」
久邇さんは少し考え込んでから、ゆっくりと話し始めた。
「夜、自宅に帰る途中でした。空に妙な光が浮かんでいるのに気づいたんです。最初は飛行機か何かだと思っていたのですが、その光は私の動きに合わせるようについてきました」
「気になって立ち止まったところ、急に身体が動かなくなったんです。声を出そうとしても出せず、意識が遠のいていきました」
久邇さんは、そこで一度言葉を切った。
「次に気がついたとき、私は見たこともない部屋にいました。身体は金属のような台の上に横たえられ、周囲には、灰色の肌と大きな黒い目をした生き物が何体もいたんです」
「そいつらは私の身体を調べ、細い針のようなものを腕や腹部に当ててきました。何をされているのかもわからず、恐怖でいっぱいでした」
久邇さんは、自分の腕を見つめながら続けた。
「気がつくと、自宅近くに倒れていました。その後、こちらの公安の方に保護されたんです」
「お話しいただき、ありがとうございました」
烏山さんはそう言うと、久邇さんに軽く頭を下げ、家を出た。
家を出ると、公安の男が烏山さんに尋ねた。
「烏山さんは、どうお考えですか?」
烏山さんは少し考えてから、口を開いた。
「まず、空に浮かんでいた光だが、強力なライトを照射された可能性がある。突然の光で視界を奪われれば、空に何かが浮かんでいるように見えたとしても不思議ではない」
「では、身体が動かなくなったという証言は?」
「スタンガンのようなもので無力化されたのかもしれない。その後、どこかへ連れ去られ、実験台のような場所に寝かされた。そこでグレイ型の特殊メイクをした人間に、何らかの検査を受けさせられたのではないかな」
公安の男は腕を組み、黙って聞いていた。
「記憶が曖昧なのも、そのためですか?」
「意識を混濁させる薬剤を使われた可能性もある。恐怖や混乱も重なれば、本人の記憶が断片的になってもおかしくはない」
烏山さんは、そこで言葉を切った。
「もちろん、今のところは推測にすぎない。だが、少なくとも人間の手で再現できる範囲の話ではあるね」
「宇宙人による誘拐を、意図的に演出したということですか……」
「この手のやり方は、よくアメリカが使う手だな。アブダクションの証言が、どれも似たような内容なのも、そのためだろう」
公安の男は、納得したようにうなずいた。
公安と一緒にいたもう一人の男が、ぽつりと呟いた。
「やはり、Q因子を狙っていたのか……」
俺は、その「Q因子」という言葉に驚いた。
なぜ、ここでその言葉が出てくるんだ?
Q因子は、皇族の系図を管理する仕事の中で知った言葉だ。皇族の血筋に関わる、特殊な因子。俺はそう理解していた。
だが、目の前の男は、まるで当然のように口にした。しかも、久邇さんが誘拐された事件と結びつけている。
「あの……Q因子って、何ですか?」
思わず尋ねそうになったが、俺は口をつぐんだ。ここで不用意に質問すれば、なぜ俺がその言葉を知っているのか、逆に聞かれるかもしれない。
俺は二人の顔を交互に見た。公安の男は険しい表情を浮かべ、もう一人の男は、自分の発言が余計だったとでもいうように口を閉ざしていた。
どうやら、俺が知らないところで、Q因子を巡る何かが動いているらしい。
しかも、それは皇管の中だけの秘密ではなかった。
それ以上、二人がQ因子について話すことはなかった。
俺たちはそのまま、皆で部署に戻った。
部署に戻ると、烏山さんはいつもの烏山さんに戻っていた。
烏山さんは公安と一緒にいた男に、何事もなかったかのように話しかけた。
「そういえば、この前の『VIVANT』見た?」
男は一瞬、拍子抜けしたような顔をした。
「ええ、見ましたよ。あのドラマ、なかなか面白かったですね」
「で、実際はどうだったの?」
男は少し笑って言った。
「いや、あんなに手際は悪くないですよ。一瞬ですよ」
烏山さんは、面白そうに笑った。
「なるほどね。やっぱり、ドラマはドラマということか」
二人は何事もなかったかのように、また雑談を続けた。
俺は、その会話の意味がよく分からなかった。
男は笑いながら言った。
「まあ、烏山さんの現役時代に比べたら、俺なんかまだまだですけどね」
烏山さんも、苦笑いを浮かべた。
「昔の話だよ。今はもう、君たちの時代だ」
二人は顔を見合わせて笑った。
俺は、そのやり取りを聞きながら、ますます分からなくなった。
烏山さんは、ただの古株の職員ではないのかもしれない。
公安の男が敬意を払うほどの過去。
そして、さっき口にしたQ因子。
俺の知らない烏山さんの顔が、少しずつ見え始めていた。
アブダクションとは、UFOや宇宙人によって誘拐されたとする体験談のことです。
体験談には、いくつか共通して語られる特徴があります。
・夜間、空に不思議な光やUFOを目撃する。
・突然、身体が動かなくなったり、意識が遠のいたりする。
・気がつくと、見知らぬ場所や部屋にいる。
・灰色の肌、大きな黒い目を持つ「グレイ型」と呼ばれる存在に囲まれている。
・実験台のような場所に寝かされ、身体を調べられたと感じる。
・解放された後、体験の一部を思い出せなかったり、時間の経過が分からなくなったりする。
こうした特徴は、アブダクションの報告や関連する書籍などで繰り返し紹介されています。
ただし、体験談に共通点があることは、宇宙人による誘拐が実際に起きている証拠ではありません。記憶や夢、文化的なイメージなど、さまざまな要因が関係している可能性もあります。
今回のエピソードでは、こうした体験談をもとに、人間の手によって同じような状況を作り出せるのではないか、という視点から物語を構成しました。




