【レポート2】機密文書
本作はフィクションです。登場する人物・団体・組織・事件などは架空のものであり、実在するものとは関係ありません。
……と、いうことにしておきましょう。
ある日、烏山から資料室の整理を頼まれた。
「近藤くん、ちょっと頼まれてくれるかな」
烏山に呼ばれた俺は、机の前で足を止めた。
「資料室の整理ですか?」
「そうなんだ。近々、古い資料を電子化することになってね。その前に、年代順に分類しておいてほしいんだよ」
「分かりました。どのあたりの資料でしょうか?」
「資料室にあるものは、ひと通り全部だね。かなり古いものもあるから、無理に急がなくてもいいよ」
烏山はそう言うと、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
俺は、資料室へ向かった。
資料室には、壁一面に書棚が並び、古い書物や書類が所狭しと収められていた。棚には年代や分類を記した札が付いているものの、長年整理されていなかったのか、順番が前後しているものも少なくない。
「これは、なかなか大変そうだな……」
俺は思わず苦笑した。
とりあえず、棚から資料を取り出し、記載されている年代を確認しながら机の上に並べていく。古いものになると、紙は黄ばみ、文字もかすれて読みづらい。中には、現在使われている書式とはまるで違うものもあった。
俺は一枚ずつ内容を確認し、年代ごとに分類していった。
しばらく作業を続けていると、棚の奥に、ほかの資料とは違う装丁の箱があることに気づいた。
箱には何も書かれていなかった。
「……何だ、これ?」
俺は箱を棚から取り出し、机の上に置いた。
蓋に手をかけたところで、ふと烏山の言葉が頭をよぎった。
――資料室にあるものは、ひと通り全部。
俺は蓋を開けた。
中には、古い書類の束が収められていた。
俺は、箱の中に収められていた書類を一つずつ取り出していった。
その中に、一通の古びた封筒があった。ほかの書類とは違い、封筒には英語で宛名が記されている。
To His Majesty the Emperor of Japan
日本の皇主陛下へ。
差出人の欄には、Harry S. Truman の名前があった。
「……トルーマン大統領?」
俺は思わず声を漏らした。
トルーマンといえば、第二次世界大戦末期にアメリカ大統領を務めた人物だ。なぜ、そんな人物から皇主に宛てられた手紙が、こんな場所に保管されているのだろう。
封筒はすでに開封されていた。中には、数枚の紙が収められている。紙は黄ばんでいたが、文字はまだ十分に読めそうだった。
俺は手紙を取り出し、日付を確認した。
昭和二十年。
終戦の年だった。
「いったい、何が書かれているんだ……?」
俺は英語で書かれた本文に目を落とした。
手紙には、次のように記されていた。
昭和二十年八月
日本国皇主陛下
先の大戦において、我が国が核兵器を使用したにもかかわらず、貴国が「あれ」を使用されなかったことに、心より感謝申し上げます。
この度の件に関し、アメリカ合衆国は深い感謝の意を表するとともに、その証として、今後の日本の復興に全面的に協力することをお約束いたします。
この約束は、両国の関係がいかなる形に変わろうとも、決して違えることはありません。
アメリカ合衆国大統領
ハリー・S・トルーマン
俺は、手紙を読み終えると、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「……おかしいだろ」
思わず、声が漏れた。
先の大戦で、日本は敗戦国だ。アメリカは勝戦国であり、戦後の日本を占領した側でもある。
それなのに、この手紙に書かれているのは、勝者が敗者に向ける言葉とは思えない内容だった。
核兵器を使用したことへの言及。そして、日本が「あれ」を使用しなかったことへの感謝。さらに、その見返りとして、日本の復興に全面的に協力するという約束。
まるで、アメリカが日本に対して、何か大きな借りを作ったかのような文章だった。
「あれって……いったい何なんだ?」
俺はもう一度、手紙の冒頭から読み直した。
そこには、具体的な説明は何も書かれていなかった。ただ「あれ」とだけ記されている。
まるで、差出人と受取人の間では、それが何を意味するのか、説明するまでもないことのように。
俺は手紙を机の上に置き、改めて封筒を確認した。
トルーマン大統領から、日本の皇主へ。
この手紙は、いったい何を意味しているのだろう。
近藤は家に帰ってからも、手紙の内容が頭から離れなかった。
そもそも、「あれ」とは何なのだろうか。
核兵器以上の兵器ということなのか?
俺はパソコンを立ち上げ、当時の兵器について検索してみた。第二次世界大戦中に開発された兵器、各国が秘密裏に研究していた新兵器、そして戦争末期に行われた軍事研究。
だが、いくら調べても、核兵器を超えるような兵器が実用化されていたという情報は見つからなかった。
もちろん、各国が秘密の研究を行っていたことは知っている。しかし、トルーマン大統領がわざわざ日本の皇主に感謝し、復興への全面協力まで約束するほどの何かが存在したというのだろうか。
だが、調べれば調べるほど、分からなくなっていった。
第二次世界大戦中、各国がさまざまな秘密兵器を研究していたことは確認できた。ロケット兵器やレーダー、化学兵器、生物兵器など、その種類は多岐にわたっている。
しかし、どれも「あれ」と呼ばれるものに結びつく証拠はなかった。
俺はパソコンの画面を見つめたまま、椅子の背もたれに身体を預けた。
「……兵器じゃないとしたら、何なんだ?」
そもそも、なぜトルーマン大統領は、あの手紙を日本の皇主に送ったのだろう。
そして、なぜ日本は「あれ」を使わなかったのだろうか。
考えれば考えるほど、疑問は深まるばかりだった。
俺はもう一度、手紙に書かれていた一文を思い出した。
――貴国が「あれ」を使用されなかったことに、心より感謝申し上げます。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返されていた。
翌日、俺は同期の加藤に連絡を取った。
加藤は現在、自衛隊に勤めている。学生時代からの付き合いで、軍事関係の話なら何か知っているかもしれない。
ただ、今回は佐々木の件もある。あまり深入りして、加藤にまで迷惑をかけるわけにはいかなかった。
俺は、できるだけ何気ない調子で尋ねることにした。
「なあ、加藤。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「核以上の兵器って、存在すると思うか?」
加藤は少し考えてから答えた。
「核以上って、何を基準にするかによるな。一度に破壊する威力なら核兵器が代表的だけど、人間に与える被害という意味なら、生物兵器だって相当な脅威だ」
「生物兵器か……」
「ああ。それに、現代なら衛星攻撃もある。衛星を破壊したり、機能を失わせたりすれば、通信や測位、偵察にも影響が出る。直接街を破壊する兵器とは違うけど、社会全体を混乱させる可能性があるんだ」
「なるほどな……」
俺が知りたいのは、そんな兵器の話ではなかった。
アメリカが、敗戦国である日本に感謝し、復興への全面協力まで約束する。
そこまでさせるほどの脅威が、当時の日本には存在していたのだろうか。
「核以上の兵器か……」
加藤は腕を組み、しばらく考え込んでいた。
「そういえば、近藤。昔、どこかで聞いた話なんだが……」
「何だ?」
「日本は戦時中、マイクロ波を使った兵器の研究をしていた、なんて話があるんだよ」
「マイクロ波? 電子レンジに使われている、あれか?」
「そうだ。強いマイクロ波は物を加熱するだろ。人体だって、強い電磁波を浴びれば影響を受ける。もちろん、どこまで研究が進んでいたのかは分からない。俺も詳しい資料を見たわけじゃないからな」
加藤はそこで言葉を切り、思い出したように付け加えた。
「ただ、当時の日本はレーダーの研究もしていたし、電波技術そのものは進んでいたらしい。もしかしたら、そんな話と混ざって伝わったのかもしれないな」
「戦時中の日本が、そんな研究を……」
俺は何気ないふりをして相づちを打った。
だが、頭の中では、あの手紙の一文が再び浮かび上がっていた。
――貴国が「あれ」を使用されなかったことに、心より感謝申し上げます。
その日は、加藤との話もそれ以上進展することなく終わった。
マイクロ波兵器。
興味深い話ではあったが、それがトルーマン大統領の手紙に書かれていた「あれ」と関係しているとは思えなかった。
翌日、俺は出勤すると、再び資料室へ向かった。
昨日見つけた手紙。あれが気になって仕方がなかったのだ。
もしかしたら、ほかの資料の中に何か手がかりが残されているかもしれない。
そう考えた俺は、昨日整理した資料をもう一度、年代順に確認しようとした。
だが、昨日、あの手紙を見つけた棚の前に来た俺は、思わず足を止めた。
棚が、空っぽだったのだ。
昨日は確かに、古い書類が入った箱が置かれていた。トルーマン大統領から皇主に宛てられた、あの手紙もその中にあったはずだ。
俺は棚の奥まで確認したが、箱はおろか、一枚の書類も残っていなかった。
「……どういうことだ?」
昨日の整理で、別の場所に移したのだろうか。
そう思い、周囲の棚も探してみた。だが、見当たらない。
俺はしばらく、空になった棚を見つめていた。
「何をしているんだね、近藤くん」
背後から声をかけられ、俺は振り返った。烏山だった。
「ああ、烏山さん。昨日、この棚にあった資料をもう一度確認しようと思ったんですが……」
「ああ、あそこの棚か」
烏山は空になった棚に目を向け、何でもないことのように言った。
「電子化する資料だからね。先に記録情報管理室に渡しておいたよ」
「もう渡したんですか?」
「うん。何か問題でも?」
「いえ……そういうわけでは」
俺は曖昧に答えた。
あの手紙のことを、烏山に話すわけにはいかなかった。
「烏山さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん? 何だね?」
「核兵器より強力な兵器って、あるんですかね?」
俺は、何気ない世間話のように尋ねた。
烏山はすぐには答えず、俺の顔をじっと見て表情を変えずに答えた。
「デス・スターだよ」
「……え?」
俺は思わず、間の抜けた声を出した。
烏山は、そんな俺の反応を見て、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「えっ、君、スター・ウォーズを見ていないのかい?」
烏山は、少し呆れたような顔をした。
「月みたいな球体からレーザーを発射するんだよ。星一つを破壊しちゃうんだから。すごいねえ」
まるで、最新の映画を楽しそうに語る少年のようだった。
俺は、ぽかんとしたまま烏山を見つめた。
烏山は楽しそうに笑っていたが、ふと、その表情を変えた。
「でもね……」
少し真面目な顔になり、俺を見つめる。
「いつでも、どこからでも、指定した国を空から狙い撃ちできる兵器。そう考えると、驚異だと思わないかね?」
俺は、返す言葉を見つけられなかった。
烏山はそれ以上何も言わず、くるりと背を向けた。
「じゃあ、資料の整理を頼んだよ」
そう言い残し、何事もなかったかのように資料室を去っていった。
俺は、その背中を見送りながら、しばらく立ち尽くしていた。
今回、加藤が話していたマイクロ波兵器。
実は、第二次世界大戦中の日本では、レーダーなどに使われるマイクロ波の研究が行われていました。そのため、日本がマイクロ波を利用した秘密兵器を開発していたのではないか、という話が都市伝説として語られることがあります。
マイクロ波は電子レンジにも利用されており、強い電磁波は人体の組織を加熱する作用を持っています。また、現代では電子機器を妨害・損傷させる高出力マイクロ波技術も研究されています。
ただし、戦時中の日本が、人体を攻撃するマイクロ波兵器を実用化していたという確かな証拠は確認されていません。レーダー技術の研究と、兵器としての実用化は別の話です。
さて、加藤が語った話は、単なる都市伝説だったのでしょうか。
それとも……。




