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「よっ、元気? レティシア」
「シシリー」
ルシエルさんが去ってから幾日が経った日、シシリーが見舞いに来てくれた。
彼女は部署や侍女のみんなからと果物がたくさん入ったバスケットとミニブーケを携えていた。
「仕事の方は大丈夫? ……先輩はもう復帰した?」
「う〜ん、まあ、大体ね。レティシア、ちゃんと引き継ぎしてくれてたから大きな混乱もないわ。先輩ももうすっかり元気よ。この前部長にパシらされて『こっちは病み上がりなのに!』って憤ってた」
私の問いに、シシリーはバスケットをサイドボードに置くと勝手にバナナをもいで、ひとつ私に、もうひとつは自分で剥く。
シシリーの言葉に私は苦笑をし、シシリーのようにバナナを剥く。
「そっちが相変わらずそうで何よりだわ」
「まあね。あんな大事件があっても仕事の量はいつもと変わんないから」
「そう……それはそうよね」
「レティシアはどう? 退院まであとちょっとって聞いてるけど、体の方はそろそろ完治しそう?」
「そう、ね……今は薬で痛みを止めながら、少しずつ体の機能が戻っているか確認しているところ。予後が良さそうなら退院して、通院治療になるそうよ」
「へえ〜、それはよかった」
シシリーが剥いたバナナをぱくりと食べながら、そう言う。
「でもあんたも運が良かったわよね。あの治癒の聖人ルシエルが居合わせて。だからこうやって生きてられるし、後遺症も特に出ていないんでしょう? 本当ルシエル様々ね」
「…………え、治癒の聖人?」
「やだ、あんた知らないの?」
シシリーの言葉に私が固まれば、シシリーもまた目を丸くする。
「今一番ホットな話題のキーパーソンよ……って、そうか。あんた、噂が出回り始めた時に入院しちゃってたか」
「ルシエルさんに……どんな噂が?」
私の問いにシシリーはルシエルさんのことを話し出す。
治癒の聖人ルシエル。
その名前は本来は熱心な信者にしか知られていないはずのものだった。
彼は治癒術師としての才能を大神殿を統括する筆頭聖女に見出され、彼女の愛弟子として神の道にはいったらしい。
その治癒魔法はこの国どころか世界屈指の才と数えられるほどに素晴らしく、故に筆頭聖女に連なる五聖のひとり、治癒の聖人の地位を賜っていた。
けれどもつい最近、彼は突然として還俗して王都へとやってきた。
「その理由は色々と言われているけれどね。聖女に目をかけられていたことを神殿の司祭にやっかまれて追い出されたとか。神殿の言いなりに治癒魔法を使うと本当に助けたい人に手を伸ばせないから自分から出奔してきたとか」
「そう、なんだ……」
「あれ、レティシア、興味ある感じ?」
「まあ、命の恩人だから……」
「へえ〜。ふぅ〜ん?」
私の言葉の真意を探るようにシシリーが値踏みの視線を向ける。
その視線の居心地の悪さに軽くシシリーを睨みつける。
けれどもそれは逆効果だったようだ。
彼女のニヤニヤとした含み笑いはますます深くなる。
「まあ、それでもいいけれどね。レティシアがあんな男引きずらないでいるなら何よりよ」
「あはは……」
「だからね、ここで情報通のシシリー様がとっときの情報あげちゃう。なんと治癒の聖人ルシエルの生家はあのアルビオン侯爵家!」
その言葉に私は目を丸くする。
アルビオン侯爵家。
私がリックに刺される事件がある直前に話題になってた家だ。
南部の広い穀倉地帯を治めている王国指折りの名家。その当主夫妻が魔獣に襲われて亡くなるという不幸があった。
当主夫妻にはまだ未成年のひとり娘しかおらず、その後継をどうするかと揺れていたはず。
ルシエルさんがまさかその後継者争いの渦中にある家の出身だったとは。
「今ね、その治癒の聖人ルシエルがアルビオン侯爵家の当主なのだよ。還俗したのは家督を継ぐためだったわけね」
驚く私にシシリーが腕を組み、したり顔で語る。
けれども私はどことなく腑に落ちない。
「でもルシエルさんはなんでそこまでして家督を……」
治療中の彼はとても穏やかで俗っぽいところはなく、なんというか還俗してまで貴族に返り咲こうという人には見えなかった。
私がその疑問を口にすれば、シシリーは私の目の前に人差し指をピッと立てた。
「ヒント。アルビオン侯爵家のひとり娘はまだ十四歳である」
「十四歳………あ」
「察した? 未成年の後継者を守るために一時的に家督を継いだって説が濃厚なのよ」
シシリーの言葉に私は納得して頷く。
「だから治癒の聖人ルシエルは倍率高いから大変よ〜。顔見たからわかってるでしょうけどそれはもう美人だし、元五聖だし、性格もめちゃ良いし、それから一時的とはいえ侯爵! 子供さえ産んじゃえば侯爵家の跡取りの座も夢ではないって熱烈な追っかけまで出てるくらいだしね」
「シシリー……だからそんなんじゃないってば」
ケラケラと軽快に笑うシシリーに私は改めてそう言う。けれどもやっぱり効果は薄いようだった。
ニコニコするシシリーに私はただため息をつき、剥いたバナナを口にする。
シシリーが話なんかするからか、ふとルシエルさんの微笑みが脳裏をよぎり、途端に胸の奥がかすかに疼いた。
その感覚に何となく幻滅した。
あんなことがあった矢先だというのに、私って思った以上に軽薄で薄情な女だったみたいだ。




