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「……………はあ」
「あら、何か悩み事?」
カフェで深くため息をついた私にシシリーがそう問いかける。
その問いに私は手元のレモネードへと視線を落とした。
「悩み事……といえば悩み事なんでしょうけれど」
「どんな悩みよ。ほら、このシシリー様に話してみなさい」
歯切れの悪い私をシシリーはほんの少し強引に促した。
私はシシリーの強引さに苦笑をしつつも、この悩みをどう言葉にするべきか思いあぐねる。
「うーん…………なんていうか、ちょっとどう言葉にしていいのかわかんないのよね」
「へえ……何で悩んでるの? 生徒のこと? それともルシエルさん?」
「…………ルシエルさんとの将来、かな」
「ああ……」
私の言葉にシシリーが難しそうに顔をしかめた。
いつものシシリーだったら明るく茶化してくれそうな話題だけれども、彼女はどこか慎重に言葉を考えているようだった。
多分、前のリックの事件を思い出したのかもしれない。
あの時も私はシシリーに結婚前のリックへの不安感を吐露し、彼女は「愛されてるのよ」と言わんばかりに軽く微笑んだ。
あの時のシシリーが悪いとは私も思っていない。
私だって逆の立場だったら同じように軽く笑っていただろう。
だからシシリーが責任を持つ必要もないことなのだが、けれどもシシリーはあの時と同じように私の悩みや違和感を軽く見ないように真摯に聞いてくれていた。
その心遣いが嬉しくて、私は眉尻を下げて微笑んだ。
「なんというかね、その……ルシエルさんに対して違和感だとか不信感だとか、不満があるわけじゃないの。ただ本当に漠然とした……このまま進んでいいのかなっていう不安感があるっていうか、マリッジブルーなのかしら」
「一体何が不安って感じ? レティシアのこと、何か口出ししたりするの? 嫌がるのにスキンシップしてくるとか? 逆に何にも言わなくてレティシア任せだとか?」
シシリーがそう言葉を重ねてくる。
彼女の言葉に私は改めて漠然と抱え込んだ不安を考えてみる。
「……このまま彼と結婚をしていいのか……って思ってしまうの。実はね、私たちの結婚って恋愛結婚じゃあなくて、政略結婚みたいなものだったって話したこと、あった?」
「え、嘘。そうなの?」
「数年前の事件、覚えてる? 前アルビオン侯爵夫妻が実は暗殺で、分家がお家乗っ取りを企てていたあの事件」
そうして私は数年越しにシシリーにあの時の事件の真相を話した。
フローラさんの命が狙われていたこと。
彼女の身の安全を確保するため、ルシエルさんとの既成事実を無理矢理に作られることを防ぐために私たちは婚姻を結んだ。
本家を支えるべき分家が不穏な動きをしていて後ろ盾の心許ない状況で、スカーレット伯爵家がフローラさんとルシエルさんの後ろ盾のひとつとなる意味でも私たちの婚姻は有用だった。
ただアルビオン侯爵家が他者が思うよりも揺らいでいることを、何よりただでさえ両親を失って傷ついているフローラさんが自分の命までもを狙われていることを悟らせたくなくて表向き恋愛結婚を装った。
フローラさんが成人し、侯爵を継ぐ時こそ私たちの契約は改めて見直される。
結婚するのか。はたまた別の道を行くのか。
事件が解決してフローラさんに爵位が譲られる今、もう時効だろうと私はシシリーに全てを打ち明けた。
シシリーは私の話に驚きながらも真剣に話を聞いてくれて、やがて難しく眉間にシワを寄せた。
「なるほどね、そんなことがあったの……」
「ごめんね、今まで黙っていて」
「いいのよ、そりゃ黙ってないといけないことじゃない。でもそっか、あんたたち、政略みたいな結婚……」
腕を組んで唸るシシリーは深くため息をつく。
「……ルシエルさんもずいぶんと食わせ者ねえ。あんな純真そうな顔してあの溺愛アピールが演技……いや、本当狸が過ぎるわ」
「まあ……うん、そこは同意しかないわ」
「………でも本当に全部演技なの? 演技半分、というか演技にかこつけてマジの溺愛アピールだったってことない?」
「ないない」
……多分。
シシリーの言葉を笑って否定したが、私は内心たじろいだ。
けれどもシシリーの言葉に乗って彼の好意があると思って、やはり違いましたとなった時のダメージを思うとやっぱり期待しないでおこうと私はほんのわずかに揺れた恋心をねじ伏せた。
「えっと……それで、ルシエルさんはどうなの? あんたとの結婚には消極的だったりするの? 神官に戻りたがってたりする?」
「ううん。大神殿に戻ってまたあちこち飛び回る生活よりは、ひとつのところにのんびり留まって平穏な日常を送りたいから結婚して今の生活を継続してくれると嬉しいって。アルビオン侯爵家にとってもスカーレット伯爵家が親族としていてくれるのは心強いし、って」
私が嫌なら無理にとは言わない、と穏やかに言ってはくれたが。
でもだからこそ迷ってしまったのもあるのかもしれない。
ルシエルさんと結婚するのか、しないのか。
本当に私の意思ひとつのような気がした。
ルシエルさんとの結婚しようとしまいと、ルシエルさんにはそれぞれ身の振り方がある。
私もだ。
家庭教師の仕事はこの数年で軌道に乗って、恩師であるマゼンタ伯爵夫人ほどとは行かなくてもそれなりの教師として名が売れて、貴族学園で教鞭が振るえるように推薦状を書こうと申し出てくれる人も現れた。
互いに身を立てるすべがあるために結婚に頼る必要がなく、継がせるものもない私たちにとっては子供のことすら考えなくてよかった。
本当に私たちの結婚は互いの意思だけでーールシエルさんが私が嫌なら無理には言わないと言ってくれた以上は私の意思で決まる。決まってしまう。
レモネードに挿さったストローでレモネードをかき混ぜる。
氷がグラスにぶつかってからんと小さく音を立てた。
「………私のさ、率直な意見、言っていい?」
ふとシシリーが真面目な顔をしてそう言った。
私がきょとんと目を丸くして頷けば、彼女は小さく息をついた後、こう言った。
「あんた、ルシエルさんに告白して返事もらってきなさい」
「えっ……」
「好きだって告白して、私のことどう思ってるのって問い詰めて、それからどうしたいか決めなさいな。多分だけど、あんた、そこが曖昧だから悩むんじゃないの」
シシリーの言葉に私は何も返せなかった。
シシリーは続ける。
「だってあんたから聞いたルシエルさんの話ってあんたのこと何ひとつ言ってないんだもの。あんたが好きだからーとかあんたと一緒にいたいから結婚したいーとか全っ然聞けてないもん。だからあんたもモヤモヤするんでしょ。違う?」
「……… ………多分、違わない……」
シシリーの指摘は確かに私の悩みの核心を突いていた。
そうだ。私たちの結婚は私たちの意思ひとつで決まるもの。
家。後継。何かの契約や利益などがあまり関わらない以上、気持ちというものに大きく左右されてしまう。
私が彼に片想いするからなおさらに、だ。
自分がこんな恋情を持っているからこそ、彼の気持ちが見えないことに不安を感じてしまうのだ。
ストローでレモネードをかき混ぜる。
カラカラと氷が落ち着きのない音を立てる。
「だからさっさと好きって言って、返事聞いて、気持ち擦り合わせなさいな。夫婦ってのはね、ちゃんと話をしてぶつかってお互いのことを知っていかないと歪みが出ちゃうの。小さな歪みでも長く一緒にいたら致命的になるものよ。まあ……これ、ベテラン侍女のおば様方の受け売りだけどね」
と、シシリーがパチンとウインクをして茶目っ気に笑った。
彼女の言葉に私は「うん」と頷いて笑う。
頷いたものの、ルシエルさんにどうぶつかるべきかは思い悩んでしまっていた。




