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ーーそれから数年後。
門出に相応しい天候に恵まれてうららかな日差しが差す初春。
貴族学園の講堂に学園中の生徒が集い、その保護者も参列する今日この日に、フローラさんが名前を呼ばれて壇上へと上がる。
「あたたかい陽の光が降り注ぎ、草木も長い冬の眠りから覚めて生命の息吹が感じられる今日、私たち卒業生は旅立ちの日を迎えます」
数多の目がある中でもフローラさんは背筋を伸ばし、凛とした声を講堂に響かせる。
フローラさんが答辞を読み上げている姿を見るとまだ始まって数分も経っていないのに今までのことが思い出されて涙腺が緩んでくる。
例の前アルビオン夫妻が暗殺された事件に決着がついた日から、あれほどの大きな事件は特に起きずに今日という日を迎えた。
穏やかで平穏なよくある日常。
フローラさんは貴族学園に入学してからずっと注目の生徒だった。
事件のことも当然ある。
けれども彼女は入学試験で首位を取ってからずっと成績で首位を押さえ続けた。
そればかりか様々なことにも興味を持ってたくさんの人と交流を重ねて人脈を作り、ついには貴族学園で生徒を束ねる生徒会長としてたくさんの活動を行なった。
無論、そうなるまで何もかもが順調だったわけではない。
マチルダ嬢の時のように思いがけずに人を傷つけたり、傷つけられたり。主義主張が合わなくてぶつかりあったり。
時には運に恵まれなくて上手くいかないこともあった。
それでもフローラさんはひとつずつを乗り越えて今日まで来たのだ。
楽しく学園を満喫し、ぶつかった壁は懸命に乗り越えてきた彼女を見てきた私は彼女の答辞に今までのことが蘇ってしまって思わず目頭を押さえた。
と、ふとそんな私に隣からハンカチーフが差し出される。
見れば、私の隣に座るルシエルさんが微笑んだまま私にハンカチーフを差し出してくれていた。
私は小声で「ありがとうございます」と礼を告げ、それを受け取る。
ルシエルさんはただ私にニコリと微笑みを返すと改めてフローラさんの方へと向いた。
いつもと変わらずに穏やかに佇む彼は今、何を考えているのだろうか。
なんてフローラさんが入学する前は思っただろう。
でもこの数年という時間を彼の婚約者として過ごして、私はなんとなく彼のことが少しはわかってきた。
この人はなんというかーー案外デリカシーがない人だ。
今だって真面目にフローラさんの答辞を聞いてます、なんて顔して座っているけれども、頭の中では「お腹が空いたなあ。今日のお昼ご飯はメープルシロップがたっぷりかかったパンケーキが食べたい」なんて考えているだろう。
入学式から今日までのことを思い返して、彼女の成長を思って感慨に耽るなんてこととはしないのだ。
「ーー…………」
そんなことがわかるくらいまで近しい位置に来てしまった。
私は差し出されたハンカチーフで目元を押さえて俯きながら、これからのことを考える。
今日、フローラさんの卒業式が終わったらみんなでアルビオン侯爵家の墓参りに訪れる予定だ。
その後、フローラさんはルシエルさんとアルビオン侯爵領へと帰る。
そうして本格的にルシエルさんが預かっていたアルビオン侯爵としての業務をフローラさんに引き継ぐ。
ひと月、ふた月ほど時間をかけて引き継ぎを済ませたら当主交代とフローラさんとマルクスさんの結婚式を大々的に行うのだ。
そうしてルシエルさんはアルビオン侯爵の中継ぎとして役目を終える。
ルシエルさんがアルビオン侯爵としての役目を終えたら、その後は。
「ーー今、私たちはそれぞれ培ってきた絆と誇りを胸に、慣れ親しんできた学舎を巣立ちます。この先、どんな困難が待ち受けようともこの学舎で得た学びと経験を糧に、自身の道を歩んでいきます。私たちの成長をあたたかく見守り、支え、導いてくださったすべての方々に心より感謝を申し上げます。そして皆様のご健康とさらなる発展を願い、答辞といたします」
フローラさんが答辞終え、大きな拍手が起こる。
貴族学園の講堂に響く音に私も慌てて顔を上げ、手を叩く。
フローラさんは大きな拍手にも怯むことなく、美しい所作で礼をした。
その姿は優雅で、もう雛鳥のような少女ではなく立派な一人前の淑女だった。
それだけでまた涙がこぼれそうになって、ハンカチーフで目元を押さえる。
割れんばかりの拍手の中で、隣に座るルシエルさんが小さく苦笑をこぼすのが聞こえた。




