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 ルシエルさんは言葉を続ける。


「正直に申しますと、確かにわたしは兄が亡くなってから自分の命を引き換えにしようと思ったことが三度あります」

「ーー……!」

「一度目はヨハンナがきっと話しましたね? わたしはこの命と引き換えに兄を蘇らせようと思いました」


 ルシエルさんが人差し指を立て、世間話の軽やかさで告げた。

 私は彼の立てた指と彼の微笑みを何度か見やり、動揺を宥める。


「だからこそ兄の遺体を隠し、わたしを阻む大神殿の同僚を憎々しく思い、大喧嘩をいたしました。最後には筆頭聖女様にも叱られ、彼女の説得に納得して諦めることにいたしました。確かにわたしの命を引き換えにして蘇るなど、あの優しい兄に過酷なものを背負わせて生きることを強いるのと同じ。わたしは兄に生きていてほしいと願いましたが、その生が悲しみに彩られて不幸せになることを望んだりしていません。兄が幸せに生きられなければ、蘇らせる意味などないのです」

「ルシエルさん………」


 悲しげに顔を歪める私に構わず、ルシエルさんは二本目の指を立てた。


「二度目はあなたの命を救った時」


 そう言われ、私は咄嗟に自分の胸を押さえる。

 今はトクトクと規則的に脈を打つこれは一度潰されてルシエルさんに治癒してもらったもの。


 あの時、ルシエルさんは命を投げ出そうとしていたというのーー?


「あの日、あの場に居合わせたのは本当にただの偶然でした。暴漢に襲われ、何度も剣を突き立てられて斃れた哀れな女性を……あなたを見た時に“これは神の思し召しではないか”と思ったのです」

「神の思し召しだなんて……」

「ええ、あなたにとっては不謹慎な考えでしょうね。けれどもわたし自身の命と引き換えにあなたを救うことはわたしがあちらに赴いた際、泣いて怒る兄に対して“若い身空で命を絶たれてしまったか弱い女性があまりに哀れで、どうしても救いたかった”と訴えればあの兄なら最後には許してくれるだろう……と、そう思ったのです。だから本来ならば死んでいるものとみなすべきあなたに治癒術を施しました」


 ヨハンナの言葉を思い出す。

 ルシエルさんが命を投げ出した時、彼の兄が怒って悲しんで、けれども最後には“そういう理由なら仕方ないなあ”と言ってもらえる理由を探しているのではないか、と。

 まさしく彼女の懸念は当たっていたのだ。


「けれどもそんなわたしの思惑に反して、あなたは生きていました。間違いなく心臓を潰されていたというのに、本当にかろうじての虫の息でもあなたは生きていて、わたしの目論見を打ち砕いてしまいました」

「……その点に関して、私は今自分の生命力に感謝してます。私の命と引き換えにしてあなたが死ななくて本当に良かった。もしルシエルさんが私の命と引き換えに亡くなっていたとしたらと、私は見知らぬあなたの命を背負ってやりきれなくなっていたでしょうから」

「ふふ」


 睨みつける私の視線をルシエルさんは笑って受け流す。

 それが私の気持ちや彼に死んでほしくないと思っている人たちの気持ちを軽んじられているようで、私はますます彼を強く睨みつけた。


 と、ルシエルさんはそれでも笑んだまま気にする様子もなく三本目の指を立てた。


「三度目はあなたもよくご存知ですね。兄を奪った復讐を果たそうとした時です」


 その時のことはよく覚えている。忘れようとしても忘れられるわけがない。

 ネグロ子爵を、トラヴィスを追い詰めた彼は私を、人を救ってくれた力を凶器に変えて彼らを害そうとしていた。


「兄を奪ったものに兄が受けた以上の苦痛を味合わせて殺してやると決めたのはフローラの命が狙われたかもしれないとあなたが知らせてくれて、兄と義理姉の死が事故ではないかもしれない可能性が浮上した時でした。兄を害し、兄を愛した人を害し、兄が大切にしていた忘れ形見すらも害そうとしたものを決して許すことなどできませんでした」


 そう言ってほんの少しだけ視線を落としたルシエルさんの瞳には仄暗いものが灯っていた。

 私の説得に応じて止まってくれた彼の中で、いまだに燻り続けている憎悪がほんの少しだけ垣間見えるようだった。


「ーーけれどもあなたに阻まれてしまいました。兄と同じようにわたしの手を握り、兄と同じ言葉でわたしを止めるあなたをどうして振り払えましょうか」

「ルシエルさん……」


 ルシエルさんがまぶたを閉じる。

 そうしてやがて瞳を開いて私を真っ直ぐと見たルシエルさんの瞳にはもう仄暗い色は浮かんでいなかった。

 まるで彼の心を隠されてしまったような気持ちになって、私は彼の手に自分の手を伸ばしていた。


「…………この先も……あなたが命を投げ出そうと思うようなことがあるんでしょうか?」


 そんなことはもう二度と訪れないでほしい。

 そう願いながら彼の手を握り締めれば、ルシエルさんはそんな私の手を包むように柔らかく握り返した。


「あなたがいてくださるのなら、わたしがいくらそう思っても止められてしまうでしょう。何せあなたは二度もわたしを阻んでくださったので」


 私の手を握り返すルシエルさんの言葉はからかっているような文言だったけれど、彼の瞳はただ真っ直ぐと、真剣だった。

 だからきっとルシエルさんは本気でそう思っているのだろう、なんて思ったのだ。


「…………それは…私、責任重大ですね」

「ええ。ですから……ーー」


 と、ルシエルさんの言葉を掻き消すように号砲が鳴り響いた。

 驚いてパレードを振り返れば、パレードはもう終盤に差し掛かってクライマックスの盛り上がりを見せていた。

 急にパレードの音楽や周りの喧騒が気になる程耳に飛び込むようになり、現実に引き戻されたような気分だ。


「あ……ええと、ルシエルさん、今……」


 何やら急に気恥ずかしく思いながら彼の言葉を改めて聞き返す。

 けれどもルシエルさんは目元を緩め、クスリと笑んだ。


「二度は言いません」


 意地悪に告げる彼に私は言葉に詰まり、彼をただ見返す。

 そんな私の手を彼は改めて握り返すものだから、さっき聞こえなかった言葉を自分の都合よく解釈してしまいそうだ。

 真っ赤になってしまった顔をルシエルさんから背けるけれど、そうすると余計に手を握ってくれる温度を、大きさを意識してしまった。

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