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「サーカス、お好きなんですか?」
「…………ええ、まあ。と言ってもこんな風に観覧席でパレードを観るのは小さな頃以来なんですが」
ルシエルさんの問いに子供っぽいことを気にしてほんの少し迷った後で素直に白状することを選んだ。
十歳くらいまでは両親に連れられて伯爵家の観覧席でパレードを眺めていた。
けれども成長をしていくにつれて、大人の長い挨拶やパレードを見終わった後の昼食会が退屈になって兄の真似をして友達と街へと繰り出すようになった。
それでも街の大通りを行くパレードはいつも華やかで心の踊るもので眺めるのが好きだった。
貴族学園に入ってシシリーと出会ってから、シシリーと共に謝肉祭で賑わう街を歩いてもそれは変わらなくて、彼女はいつも「あんたも好きよねえ」なんて言いながらも私と一緒にパレードを眺めてくれたっけ。そんな彼女は今、家族と街を歩いているんだろうか。
「ーー少し羨ましいですね」
シシリーと街歩きをしてパレードを眺めた話をして、ふとルシエルさんがそんなことを言った。
私がどきりとして彼を振り返ると、彼は微笑ましそうに私を見返していた。
「な、何がですか?」
「素敵な青春時代を送られたことです。友人と街を歩き、パレードを眺めた。とても素敵な思い出ですね」
ドギマギして声をほんの少しひっくり返して問い返せば、彼は微笑んだままそう言った。
相変わらず誤解をさせるような物言いをすること人は本当に意地悪だ。おそらくわかっててやっているのがたち悪い。
「ルシエルさんにだって……何かご友人と過ごした素敵な青春時代はあるでしょう?」
「友人と過ごしてきたことはありますが……あれを素敵と称してよいかは判断に困りますね」
「ぜひ聞かせてください。ルシエルさんはどんな青春時代を過ごしてきたのか」
私が問えば、彼は少しだけ困ったように眉を下げ、パレードの方へと目を向けた。
私も彼に倣ってパレードへと目を向ける。
目の前を通るパレードは色とりどりの衣装を纏ったダンサーが音楽に合わせて華麗に踊りながら花びらを振り撒いていた。
「大神殿では身分など関係なく、結婚もできず、ただ自らを高めるための修行の日々です。世間のイメージもそんなつまらないものではないでしょうか」
ルシエルさんがそう語るのを私は耳を傾ける。
「実際にまさしくその通りでして。わたしもすぐにそんなつまらない日々には飽きてしまいました」
「飽きて……どうしたんですか?」
「どうしたと思いますか?」
問いを逆に返されて私は閉口した。
問われてすぐ、彼がどうしたなどわかるほどに私は彼に対しての理解は高くない。
考えて、思いつかなくて、ただ彼を見つめ返せば、ルシエルさんはただくすりと笑んだ。
「正直に申しますと、ろくでもないことばかりをしておりました。治癒術の理解を深めるために学んだ医学を悪用し、嫌いな監督者の毛根にダメージを与えて抜け毛を増やしたり下剤を何食わぬ顔で食事に混ぜたり。人避けの結界を張って隠れてはカードゲームに興じたり、こっそり厳しい修行を抜け出して馬で遠乗りをしたり」
「…………全然想像ができません」
「ええ、お陰様でこってり絞られることも多くて、面倒ごとを避けるために品行方正ないい子の皮を被ることを覚えました。兄にも失望されたくありませんでしたしね。まあ……でもその皮も近しい人にはしっかりと見透かされるものなので兄にもしっかり見破られていたでしょうね」
微笑むルシエルさんに私は返す言葉に詰まって彼の顔をジッと見た。
「ーーどうでしょうか」
「え?」
「そろそろレティシアさんもわたしのことが少しはわかり、幻滅する頃ではないかと」
そう言うルシエルさんの表情はいつもの穏やかな微笑みだった。
ニコニコと笑む春の空のような薄水色の瞳はジッと私を見つめ、映している。
私が口を噤むとパレードの賑やかな音楽だけが、パレードを観賞する観客の歓声だけが響く。
幻滅したか、と問われるのは二度目だった。
あの時ーー一度目に問われた時に私は確か「まだわからない」と答えた。
その時に先送りにした答えを求められているような気がして、私はルシエルさんを改めて見つめるように彼と向き合った。
「ーーいいえ」
そうはっきりと答える。
「確かに第一印象とは大きく変わりました。でも、それでもあなたに幻滅などいたしません。私は……まだ変わらずあなたに恋したことに後悔などしてません」
「そうですか」
ルシエルさんを真っ直ぐ見てそう告げれば、ルシエルさんはただそう頷いた。
私の奥底を見透かそうとするように薄水色の瞳をほんの軽く細めた彼は口元にいつもの微笑みを浮かべていた。
「それはよかった。最近、どことなくレティシアさんがよそよそしい雰囲気があったのでもしやと思っていたのですが、杞憂でしたか」
よそよそしい、と言われて思わずどきりとする。
おそらくヨハンナと話した時のことを引きずって、踏み込んだことを言えずにいたことを察されていたのだろう。私も取り繕うのが下手だ。
「心配をおかけしてすみません。ただ、ヨハンナ……加護の聖女様とお話しする機会がありまして」
「ああ、なるほど。彼女、たくさんわたしの悪口を言っていたでしょう?」
「いえ、そんな……! 彼女はルシエルさんのことをとても心配していて……だから私も心配になってしまって。いつかあなたがお兄様を追って自分の命を投げ出してしまうんではないかと……」
私がそう告げれば、ルシエルさんはほんの少し考え込むように沈黙した。
だがやがてクスリと笑みを漏らした。
「ふふ、そうでしたか。それは申し訳ありません。ヨハンナの心配性はいつものことですから気にかけておりませんでしたが、レティシアさんにまで心配をかけてしまっていたとは気がつきませんでした」
微笑む彼を私は情けない顔で見返すことしかできなかった。




