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結局、ルシエルさんは侯爵の仕事が忙しいとのことで仕立て屋には来られなかった。
なのでフローラさんとマルクスさんとの三人で仕立て屋でデイドレスを仕立てた。
その時に出来上がったばかりの貴族学園の制服をフローラさんに纏ってもらったのだが、それはもう初々しくて愛らしかった。
母親でもないのに何だか少し感慨深いものがあった。
思えば一年にも満たない期間ではあるが、私の初めての生徒であるフローラさんはもう貴族学園に入学をして私の手を離れることになる。
寂しいものではあるが、それ以上にあの暗い顔をしてヤマアラシのように強張っていた彼女が今は明るく貴族学園に入学する日を楽しみに語ってくれることは嬉しいものであった。
「……… …………」
彼女が貴族学園に入学する日を思い、さらにその先へと思いを馳せるとほんの少しだけ不安が込み上げる。
フローラさんは侯爵令嬢という立場ではあるが、両親が不在という状況から学生寮に入寮する。
使用人がいるとはいえ王都のタウンハウスにひとりでいるよりも寮に入った方が精神上良いだろうという判断からだ。
一方、ルシエルさんは侯爵としての仕事に専念するために領のカントリーハウスへと移る。
グリューン伯爵領からマルクスさんが手伝いに行くらしいが、それでもフローラさんと離れてひとりでアルビオン侯爵領に滞在することになる。
…………私は、どうするべきなのだろう。
王都に幾人か生徒ができた。
自分のこれからを、そして彼らを思うならば私は家庭教師を続けて王都を離れるべきではないと思う。
ルシエルさんとの婚約は離れていても続けることはできる。
ただちょっと離れてしまうだけで今生の別れでもない。
手紙だってやり取りできる。会いに行こうと思えば、少し時間はかかってしまうけれどいつだって会えるはずの距離。
だがそれでもルシエルさんから離れて、彼が私の目の届かないところに行くのはやはり不安だった。
ヨハンナの話がよほど私の中で効いてしまっているのだろう。
『ボクらが懸念しているのはルゥくんが死にたがってるんじゃないかってこと』
ヨハンナの言葉とは裏腹にルシエルさんの様子はいつも通りだ。
穏やかで優しい、誰もが思い描く聖人像のそのまま。出会った時と変わらない。
だからこそもどかしい気持ちがあった。
彼が裏側に抱えたものを私は推察することしかできないのだから。
「ご機嫌よう、レティシアさん。お迎えに参りました。今日という祝いの日に天候に恵まれたことは喜ばしいですね」
悶々とする日々を過ごし、謝肉祭当日。
約束通りにルシエルさんが私を迎えにきた。
彼はフローラさんと一緒に仕立てたデイドレスに目を留め、柔らかく微笑んだ。
「そちらのドレスがフローラと共に仕立てたというドレスですね。陽の色のようなあたたかい朱色はあなたにとてもよく似合っています」
「ありがとうございます」
息をするように褒め言葉を口にするルシエルさんに私はくすぐったい気持ちから眉尻を下げて笑みを返した。
「それでは参りましょうか」
そうして差し出されるルシエルさんのエスコートの手を取り、私は謝肉祭へと赴く。
謝肉祭は豊穣を祝うこの国一番の祭りだ。
サーカスのパレード。たくさんの出店。
この日ばかりは平民も貴族もないほどに皆、大騒ぎして祭りを楽しむのだ。
「レティシアさん、どうぞこちらに」
ルシエルさんのエスコートで辿り着いたのは高位貴族のためのパレード観覧席。
アルビオン侯爵家のために用意された席ともなると王族や公爵家に次いで見晴らしの良い一等席だ。
こんな間近でパレードを眺めることのできる席など初めてでほんの少し緊張してしまう。
「フローラさんとマルクスさんは?」
「あのふたりは街でデートをするそうです。羽目を外しすぎなければ良いのですが」
ふたりの姿が見えないことを問えば、ルシエルさんがそう答えた。
ああ、確かにあの年頃の子はパレードを眺めるだけの観覧席にいるより、街にお忍びで繰り出して友達や恋人と平民に混じって楽しむのが通例だ。
昔、元々は下位貴族がしていたことに感化され、今では数多の貴族令息令嬢が今日という日に街に繰り出すようになったのだ。
あのふたりも例に漏れず最近の若者のように遊びに出たわけだ。
「レティシアさんも街の方に遊びに出かけたいと思っておりますか?」
「いえ、そんな。パレードをこんな良い席で見られる機会なんてそうありませんし」
「それなら良かった。せっかくの謝肉祭に退屈をさせては申し訳ありませんからね」
ルシエルさんはそう言って笑った時、国王陛下が謝肉祭の開催を宣言した。
始まった開会式に私も同じように国王陛下へと視線を向ける。
国王陛下の開催宣言のスピーチが終われば、号砲が次々に打ち上げられて準備を終えて控えていたパレードのサーカス芸人たちが王宮の広場に集い、開会式を華やかな芸で飾る。
ピエロによるジャグリング。
華やかな衣装を纏った女性芸人たちによる一糸乱れぬバトン芸。
騎馬に率いられた大きなフロート車に乗った声楽家が美声を響かせ、鼓笛隊は明るい音楽を奏でる。
彼らはそれぞれの芸を披露しては今度は大通りへと向かう。
昔に両親に連れられて今と同じように高位貴族の観覧席でパレードを眺めたことがあるが、その頃の記憶よりも迫力のある様子に私はただずっと感心していた。
席が違うとこうまで迫力が違うものかと。
遠い後ろの席では見れないような細部も見られることに興奮して、私は子供のように夢中でパレードを眺める。
と、ふと隣で小さくクッと喉を鳴らして笑う声がした。
そちらを振り返ればルシエルさんが微笑ましそうに笑んでいる。
幼子を見るような彼の表情に私は慌てて居住まいを正した。
「すみません、夢中になって」
「構いませんよ。むしろそれだけ楽しんでいただけるならこの席に招待した甲斐があったというものです」
そうしてルシエルさんは観覧席を回る給仕から受け取っただろうシャンパングラスを差し出した。
小さな気泡をフツフツと浮かべる爽やかなレモン色の飲み物は炭酸レモネードだろう。
私は礼を言ってそれを受け取り、一口口にした。




