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私が治療院に担ぎ込まれて一週間が経った。
治癒魔法による集中治療も少しずつ短くなり、私も少しだけならば体を起こせるようにはなり、短い時間ならば面会も許されるようになった。
見舞いに来た家族には咽び泣かれ、シシリーもリックの凶行に青ざめ心配をかけてしまった。
ーー事件のこと、そしてリックのことは警邏の事情聴取の際にどうなったかを聞いた。
私が刺された時、私の声を聞きつけた通行人の通報で警邏がすぐに急行し、リックを取り押さえたという。
その際に彼は大暴れをし、先輩や私だけでなく警邏にも数名怪我を負わせた。
その後、数の力でなんとか彼を取り押さえ、彼は冷たい牢に入れられた。
彼の供述は支離滅裂で、とにかく私への執着に塗れていたという。
今は事件の捜査と裁判を待っている状態で、おそらくは騎士という身分でこれほどの事件を起こした重大さを考慮して死刑になるのではないかとのことだ。
「ーー…………」
その話を聞いて、私はずっと重石を胸に詰め込まれたような気分で過ごしている。
頭の中をずっと「何がいけなかったんだろう」ということばかりが巡っている。
初めからリックはそういう人間だったーーそう割り切れればいいのに、そう割り切るにはリックとの思い出があまりにも重たかった。
「失礼いたします」
ふと私の思考を裂くように病室の扉がノックされる。
ルシエルさんだ。
今日の治癒魔法による治療の時間になったらしい。
「お加減はどうですか?」
病室に入ってきたルシエルさんの決まり文句に私は何も答えられなかった。
柔らかな微笑みをたたえたルシエルさんは反応のない私に軽く首を傾げ、それから私のベッドの傍らの椅子に腰掛ける。
「レティシアさん、どこか痛みが出たり、気分が悪かったりはしていませんか?」
「…………いえ、大丈夫です」
改めて問いかけるルシエルさんに、私はそう返す。
自分でも思った以上に暗い声音だった。
ルシエルさんは私の暗い気分に気がついただろうに、無理に聞き出すようなことはせずにただ眉尻を下げただけだった。
「もし不調があれば遠慮せずにすぐに仰ってくださいね。わたしはあなたを治療する治癒術師です。あなたが無事、元の生活に戻れるようにお手伝いするためにここにいるのですから」
そうしてルシエルさんはいつものように私の胸元に手をかざす。
ぽう、と白い光が溢れ、あたたかな輝きがゆっくりと私の体に沁みていく。
あたたかい安らぎに満ちた光を受けながら、体の方は癒やされているはずなのに私の重い気分はやはり晴れなかった。
「ーー……そういえば」
ふと治癒魔法を施しながらルシエルさんが口を開く。
「わたしは朝、外の掃き掃除を終えた後、お茶を飲む習慣があるのですが……今朝はその際に砂糖と塩を入れ間違えまして」
そんな世間話を口にするルシエルさんの意図がわからず、私はぽかんとして彼を見る。
彼は治癒魔法を施す手は止めず、穏やかな調子で話を続ける。
「とてもしょっぱくて辛いお茶が出来上がってしまったんです。そのことをすごく姪に咎められまして」
「…………はあ」
「すごい剣幕で『普段から何杯も砂糖を入れすぎるからそんな辛いお茶になるのよ!』と叱られたんです。結局罰としてそのお茶を残さず飲むことを強要されました。あれは朝から厳しい試練でした」
今でも塩の味が舌にこびりついています、とルシエルさんが茶目っ気たっぷりに笑んで、舌をほんの少し出してみせる。
その仕草がふとリックと重なった。
昔、リックも同じ間違いをした。
その日は私の仕事でちょっとした成功があってリックがお祝いに夕食を振舞ってくれようとしたのだ。
だが、その際にスープに入れる塩と砂糖を入れ間違えたのだ。
思いがけず甘くなってしまったスープをリカバリーしようとすればするほどにスープの味がおかしくなって、結局食べられるものじゃなくなってしまった。
これは責任もって俺が全部飲むから、と鍋を抱えてまずいスープを飲もうとして、彼はえずいて舌を出した。
そんなリックを「飲まなくていいから」と宥めるのに苦労した思い出が蘇り、治療を施されているはずの胸がずきりと痛む。
あの頃は幸せで、リックの愛情を感じられる度に嬉しかった。
「ーー……レティシアさん?」
ふとルシエルさんの眉がひそめられる。
顔色の変わった彼に私がぱちりと瞬けば、ほろりと私の目尻から何かが流れた。
濡れた感触に自分が泣いていると気がついて、慌てて流れ落ちる涙を拭う。
けれども涙はホロホロこぼれて止まらない。
「大丈夫ですか? どこか痛むところがありましたか?」
「い、いえ、大丈夫です……何でもありません。何でも……なくて……っ」
ルシエルさんの問いに私はそう答えるが、その声が途中で震える。
嗚咽が漏れる口を慌てて塞ぎ、涙を拭い続ける間もルシエルさんの心配そうに見つめられて、何か言わなければとパニックになる。
「だいじょぶ、です……本当、何でもなくて……」
「レティシアさん」
必死に言い繕う私にルシエルさんが割り入るような強い口調で私を呼んだ。
「大丈夫です、無理に強がらないで。あなたは一度死に瀕するという恐ろしい体験をしました。その恐怖は一日二日で拭えるものではありません。突然平静でいられなくなるのは当たり前なのです。ですから……無理に涙を止めようとしないで。泣きたい時は泣いてしまいましょう」
柔らかい声音が涙を押し留めようと必死に堪えるものを壊すようだった。
喉元で押し留める意地はあっさりと解けて私はボロボロと涙をこぼす。
せめて泣き顔は見られないようにと顔を覆い隠したけれど、ルシエルさんの手が頭に触れて母親のようにそっと撫でるものだからそのあたたかさに声が抑えきれなくなった。
ーー私はこの人の前ではいつも泣いている気がする。




