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 ………

 ……… …………


 薄ぼんやりとした意識が醒める。


 ゆっくりと目を開けば、思いがけずに眩しい日差しが目に入り、眩んだ私はまた目を閉じる。

 それからまた日差しに気をつけて目を薄く開く。


 そこに飛び込んできたのはひとつの人影だった。


 差し込む日差しと思っていたのはその人影の後光だったのか。

 そこにいたのはこの世のものとは思えない美しい天使だった。

 柔らかな光を照り返すプラチナブロンド。抜き出るような白い肌。中性的な顔立ちは見事に整っていて麗しい。

 天使がゆっくりと目を開き、私にかざしていた手をそっと私の目の前へと持ってきてそっと額に置いた。

 額を覆う、細くて繊細な作りの手は思っていたより大きかった。


「気がつかれましたか?」


 私の耳を打つ柔らかな声音は爪弾く弦楽器のようなテノールだった。

 心配そうにする顔を夢見心地のままに見返しながら、私はこう呟く。


「……ここは、天国……?」


 私の呟きに天使はくすりと微笑んだ。女神像がたたえているような慈愛に満ちた微笑みだった。


「いいえ、ここは現世ですよ。治療院です。あなたは危ないところでしたが、一命を取り留めました」

「一命を……」


 そう告げられ、途端に私は私を貫いた剣の感触を思い出した。

 執拗に何度も刺された記憶に恐怖も戻り、私は喉を引き攣らせ、体を強張らせる。


「大丈夫、落ち着いて」


 怯えて呼吸を浅くし、ぎゅ、と身を固くする私に天使の柔らかい声が優しくささやく。

 額に触れた手のひらはあたたかく、その体温が怯える私の心を包んで宥めてくる。


「ここはもう安全です。あなたを脅かすものは何もありません」


 その声は慈雨のようにゆっくりと私の心に沁み入ってくる。


「怖かったでしょう? よく頑張りましたね」

「ぅ……」

「大丈夫。もう大丈夫ですよ」


 その声を聞いていると、不思議と涙が溢れてくる。

 私は両手の手の甲で溢れる涙を拭いながら、子供のようにしゃくりをあげて泣いた。


「こわか……っ、怖かった……怖かったよぉ……っ!」

「ええ、怖かったですね。ですがもう大丈夫ですよ。怖いのは泣いて、全部流してしまいましょうね」


 泣き叫ぶ私の額から頭へ。天使は私が落ち着くまでずっと優しく私の頭を撫で続けてくれた。



 ・ ・ ・ ・ ・



「……っ、ぅ、うぅ……」

「落ち着かれましたか?」


 たくさん泣いて、体中がカラカラになるんじゃないかというくらいに泣き叫び、ようやく気持ちが落ち着いてきた頃に天使がそう問いかけた。

 私は真っ赤で腫れぼったくなってしまった目で天使のことを改めて見た。


 天使……と思っていたが、天使のような翼はない。

 後光かと思っていたのはただ窓辺から差し込んだ日差しだったようだ。


 そこにいたのは多分、正真正銘美しいだけの人間のようだった。


「あな、たは……?」

「わたしはルシエル。治癒術師です。往来で刺されたあなたに治療を施させていただきました」

「往来で……」


 と、そこで私ははっと何があったかを思い出す。


「あ、あの……先輩は……!? 先輩はだいじょ……っ!」


 先輩のことが心配で飛び起きた瞬間、ずきりと体が痛み、私は呻いて胸を押さえる。

 ルシエルと名乗った治癒術師が慌てて私の体をベッドに元通りに横たえる。


「落ち着いて。大丈夫ですよ。もうひとりの被害者の方も一命を取り留め、今は隣室で安静にしております」

「よ……よかった……」

「…………正直に伝えますと、彼よりもあなたの方が重傷でした」


 ほう、と安堵の息をついた私にルシエルさんは困ったように眉を寄せて言う。


「刺突箇所は数十にもおよび、わたしが駆けつけた時にはもうすでに生きていられるかも怪しいほどでした」


 ルシエルさんがそう言って私の胸元に手をかざす。

 そこからぽう、と白く淡い光が溢れて私の胸に走った痛みを包むように癒していく。


 治癒魔法は初めて見たが、ここまであたたかく、癒されるものとは思わなかった。

 それでも深く息をつけば胸に微かな痛みが走り、ルシエルさんも厳しい表情をした。


 ルシエルさんは言葉を続ける。

 たまたま悲鳴を聞きつけ、事件現場に駆けつけた時にはすでに私の心臓はつぶされてしまっていたらしい。

 そこから命のかけらを拾い集めるように必死で治癒魔法をかけ続け、それでも私が助かるかは怪しいところだったという。


 改めてその時の危機的状況を聞かされるとゾッとする。

 私が言葉もなく青ざめていると、ルシエルさんが私の顔色に気がついて眉尻を下げて苦笑をした。


「ご安心ください。もう峠は越えました。あなたの強さが死に打ち克ったのですよ」

「私の強さ……」

「ええ。死に抗うあなたの強さが死神を退けたのです。頑張った自分を誇ってくださいね」


 そう告げるルシエルさんの声は不思議と恐怖を遠ざけるようなあたたかさがあった。

 ほっと安らぐ声音に知れず強張っていた体がほどけるように力が抜ける。


「とはいえ、わたしの治癒魔法で形だけは整えることができましたが、今のあなたは体の機能がまだ安定しておりません。今しばらくは安静にし、治癒魔法による治療が必要です」

「治癒魔法……それは、どのくらい……?」

「治癒魔法自体は……そうですね。あなたの体調にもよりますが、大体二週間ほど必要となるでしょう。体の機能が戻り次第少しずつ投薬治療に切り替えて、退院までひと月ほどでしょうか。特に初めの三日は治癒魔法をかけ続ける必要があり、見知らぬ人間が常にそばに付き添う形になるので落ち着かないでしょうが……我慢してくださいね」

「いえ……大丈夫です……お手間をおかけします……」

「お気になさらず。これがわたしの役目ですので」


 私の言葉にルシエルさんは柔らかく微笑み、改めて私の胸元に視線を戻して治癒魔法に集中した。

 ふわりと漏れる白い輝きと相まって、治癒魔法に集中する彼の横顔はやはり天使のようだった。

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