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あれから数日。
マチルダ嬢の死刑の件が急展開を迎えた。
なんとマチルダ嬢に聖力が確認されて、その身柄が大神殿預かりになるというのだ。
元々大神殿は聖力が確認された人を集め、教育を施して各国に派遣する役割のあるどの国にも属さない中立的な機関だ。
我が国でも大神殿から派遣される神官たちの世話になっている以上、大神殿から身柄を預かりたいと請われれば無理に死刑を押し通すこともできず、マチルダ嬢自身が直接的な罪を背負ってもいないことから彼女は二度と王国の地を踏まないこと。そして俗世に戻らないことを厳命して大神殿に出家することになった。
ドロレス夫人もネグロ子爵家と、そして己の生家にも迷惑をかけないように縁を切って平民になりマチルダ嬢について出家することになった。
「あのさぁ、ルゥくんさあ、ちょっとボクのことこき使いすぎじゃない!?」
マチルダ嬢の話を聞いて、真っ先に浮かんだルシエルさんの元へと走った私の耳に届いたのはカンカンに怒って地団駄を踏む女性の声だった。
「元同僚特権にも限度ってもんがあるだろーっ!」
ルシエルさんの隣にいるクルクルの髪にたくさんの花飾りを挿した可憐な女性には私にも覚えがあった。
「ええ、だいぶ無理を聞いてくださりありがとうございます、ヨハンナ。あなたのおかげで助かりました」
「お礼を言えばいいってもんじゃない! こういうのはそれなりの心遣いってものが必要になるんだよ! そういうのもないのか!?」
「なるほど……ではこちらのわたしの大好物を差し上げましょう。とても幸せな味がしますよ」
「わあ、飴ちゃんだぁ……ってこれでチャラになるかぁ! 大体ルゥくんの好物って甘すぎて食えたもんじゃあないんだよ!」
ルシエルさんが差し出した飴を叩きつけたのは加護の聖女ヨハンナだった。
彼女はギャンギャンと憤り、そして深くため息をつくと憤然と腕を組んだ。
「ったく、もう本当に金輪際これっきりな! もう二度と元同僚特権使えると思うなよ」
「ふふ、そう言いながら加護の聖女ヨハンナはとても慈悲深いお方ですからね」
「全然懲りねえ。そろそろいい加減罰当たれ」
「おやおや……わたしほど敬虔な信徒に罰が当たるはずがないではありませんか」
ポンポンと軽快なテンポで言い合う二人の様子に割り込めず、困惑したまま見守る。
と、
「おん?」
ふとヨハンナ様の方が先に私に気がついた。
戸惑ったまま見つめることしかできなかった私の姿を認めたヨハンナ様は怪訝に眉をひそめ、ヨハンナ様の視線を辿ったルシエルさんが私を見て目を丸くする。
「レティシアさん」
「レティシア……ルゥくんの婚約者か!?」
ルシエルさんが呼んだ名前にヨハンナ様がカッと目を見開いた。
「大丈夫!? 騙されてない!? 正気に戻るなら今だよ!」
「えっ、あの……ええと……」
急にヨハンナ様に両肩を掴まれて私はますます戸惑う。
そんなヨハンナ様をルシエルさんが「ヨハンナ、レティシアさんが困っておりますよ」と声をかけ、ヨハンナ様を引き剥がしてから改めて私に向き直る。
「レティシアさん、改めて紹介いたします。こちらは加護の聖女ヨハンナです。世界最高峰の加護の力を誇るのですが、少々元気なところが過ぎる痴女でして」
「痴女言うな」
ルシエルさんの言葉にヨハンナ様がそう突っ込む。
ルシエルさんの言葉が珍しく辛辣ではあったが、私はその言葉を否定できなかった。
何せヨハンナ様はあまりにも丈が短い法衣を纏っていたからだ。
上半身はまだ良いのだが、前から見ると彼女の法衣は膝上までの丈しかなくて素足を晒している。
かろうじて後ろ側は丈の長い上着で隠されているものの、前側から見れば普通に露わだし風が吹けば上着の裾などヒラヒラと舞って隠すにはあまりにも心許ない。
「こっちの人にミニスカ馴染みないのは知ってるよ。でもさあ、だからと言って自分のしたい格好我慢するのは違うでしょ。ボクはね、ミニスカが大好きなの。プライベートくらい好きな格好していいっしょ」
「彼女の名誉のために申し上げておくと、ヨハンナはわたしたちとは常識の違う世界からいらした方でして、彼女の故郷ではこのようなスタイルが普通であったそうですよ」
「私たちとは常識の違う世界から……」
ルシエルさんの補足に私はますます戸惑った。
常識の違う世界、と言われてもあまりピンと来ない。が、国によって文化や作法は変わるものだし、そういう認識でいいのかな……
「そんなことよりもレティシアさん、マチルダ・ネグロのことを耳にしたのでしょう」
「あ、はい。あの、彼女に聖力が確認されたって、もしかして……ーー」
「ええ、はい。聖力を確認された人物は速やかに大神殿が保護し教育を施すべし、という規定を使わせていただきました。ちょっと強引な裏技ですね」
「何がちょっと強引だよ。めっちゃ強引だかんな、ルゥくんのやったこと」
微笑むルシエルさんの言葉をヨハンナ様がそう訂正した。
「三戒破りギリギリのことをやりやがった上に権威ある聖女を顎で使うとか何様なんだよ」
「三戒……?」
ヨハンナ様が仰った聞きなれない言葉を聞き返せばルシエルさんは困ったように眉尻を下げた。
「聖力を使う上での禁則事項、“人の生死を覆してはならぬ”、“思想に干渉してはならぬ”、そして“器を超える力を注いではならぬ”。今回ルゥくんが破りかけたのは三つ目ね」
困ったように笑うだけのルシエルさんに代わり、ヨハンナ様が指を折りながら告げた。
「お嬢さんに聖力目覚めさせるために無理させたんよ、こいつ。可哀想に、器ギリギリまで聖力の洗礼浴びせられたもんだから高熱出して三日三晩うなされることになっちゃってさぁ。その後死刑確定する前にはよ聖力認定しろって聖女を呼びつけて対面だとかお嬢さんは混乱しっぱなしだし刑務官は困惑するし恐縮するしで可哀想だったよー」
「死刑で毒を呷るよりはマシだと思いますが」
「ッカー、これだよ。反省のかけらもない。貴族のお嬢さんからしたら死刑になるんと修行と奉仕三昧の質素な暮らし、どっちが地獄かねえ」
ルシエルさんの言葉にヨハンナ様が呆れたように顔を歪める。
「あ、あの」
彼らの会話に私はそっと手を挙げ、割り込む。
「その、三戒を破るとどうなるのでしょうか?」
「ああ、死んじゃうね」
私の問いにヨハンナ様があっけらかんと答え、私は思わずヒュと息を呑んだ。
「三戒はね、本当にやってはいけないことだから聖力が確認された人に必ず誓わせる誓約なんだ。破ったその時はもう、すぐこれするために」
と言ってヨハンナ様は自分の首を掻き切るように親指を横にスライドさせた。
「しかもただ死ぬだけじゃあないよ。神にした誓いを破るんだから、それはもう無惨な死が与えられるんだって。ボクは見たことないけど」
私は思わずルシエルさんを振り返るが、彼はただ微笑みを返すばかりだ。
私が絶句し、顔色を真っ青に染めているのを見て何かを察したのだろう。ヨハンナ様が呆れたため息をついた。
「まあ、何。ルゥくん、美人な婚約者ができたんだから今後ヤンチャは控えろな。あんまり心配させたらダメだよ、マジで」
「肝に銘じておきます」
「マジでやんなよ。フリじゃねえからな、これ」
さらりと答えるルシエルさんをヨハンナ様が小突く。
ルシエルさんは変わらず微笑むだけだった。




