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コツ、コツとゆっくりとした足取りで夕暮れの近い街並みを歩く。
てっきり馬車で移動をするものだと思っていたから、歩くことになるとは少し驚いた。
ルシエルさんにそのことを素直に告げれば、彼は「今は少し歩きたい気分で」と答えた。
別に私も歩くことは苦ではないので彼に付き合って散歩のようなのんびりとした速度で歩く。
けれども歩調とは裏腹にほんの少し落ち着かない気持ちだった。
私の手に絡められているあたたかい手のひらはすっぽりと私の手を包んでいる。
中性的な綺麗な顔をしているけれども、こういうところを感じると彼はやっぱり男の人なんだなと意識してしまう。
そんな浮かれた気持ちとは別に、この間の彼の恐ろしさを思い出して緊張もした。
『ーーよくもわたしから兄を奪いましたね』
いつもの優しく穏やかな声音だった。
けれどもその言葉は明らかにどす黒い憎しみに燃えるものだった。
あの時のルシエルさんは本当にネグロ子爵を、トラヴィスを途方もない地獄を味わせた上で殺すつもりだったのだろう。
人を生かすためにある治癒術師としての使命を忘れるほどに、彼は兄の喪失を嘆き悲しみ、憎悪に身を焦がしていた。
「またフローラが我儘を言ったようですね」
と、ふとルシエルさんがそう語りかけてきて、私はハッと我に返った。
慌てて彼を振り返れば、ルシエルさんはこう続ける。
「マチルダ・ネグロの死刑を取り下げられないか、と。難しいことをあなたにお願いしていると聞きました」
「いえ……私も好きでしていることですから。難しいことではありますが、私もできるだけフローラさんの気持ちに寄り添いたいんです」
「フローラの気持ちに……」
私の言葉にルシエルさんはそう呟き、小さく微笑んだ。
「親の仇の娘の助命を望むなんて……フローラはやはり兄の娘ですね。普通ならば悪意を向けられた時点で親の仇と同じと見做して憎しみを返すでしょうに」
小さく笑みをこぼしたルシエルさんの微笑みは失笑のようだった。
その横顔を見上げ、私はほんの少し言葉に迷った後にこう口を開いた。
「ーーフローラさんはそのことも含めてマチルダ嬢と向き合いたいからこそ、彼女に生きていてほしいんだと思います。仲が良かったからだけではなく、自分が彼女を傷つけていたこと。彼女が自分を傷つけたこと。そういうことをすべてひっくるめて、今後どうしていきたいかを考えたいから……だって相手が亡くなってしまえば恨み言だって聞いてもらえなくなるじゃないですか」
「恨み言……ふふ、それだけで済むからこそ兄の娘だと言っているんです」
ルシエルさんの微笑みに私は言葉に詰まり、それからやがてこう尋ねた。
「ーー……ルシエルさんはマチルダ嬢は死刑になってほしいと思っていらっしゃいますか?」
「いいえ」
恐る恐る問うた私にルシエルさんはきっぱりとそう言い切った。
「正確には“どうでもよい”ことです。彼女が死に、ネグロ子爵が娘を失うことを、己の血筋が途絶えることを惜しんで泣くのならばざまあみろとは思いますが……わたしには彼女個人の死にそこまで思い入れはありません」
さらりと答える口調だった。
だが、だからこそ彼がネグロ子爵に抱く憎しみを感じるようだった。




