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「はあ、それであんた今までの判例ひっくり返しているわけね」


 王宮図書室で判例をひっくり返して洗い出す私にシシリーがそう声をかける。

 彼女は新たな資料を積み上げ、私の前の席に腰を下ろす。


「もうほとんど死刑と決まったようなものだけれど、彼女自身の取り調べはまだ続いていて刑は確定していないから」


 と、言っても実際のところ、マチルダ嬢の刑は父親と一緒に公開処刑になるかひっそり毒杯を賜るかの変更の余地ほどのものだろうが。

 それでもそれを覆せる前例はないものかと、私は必死で資料をまくる。


 ……あまりこっちも目ぼしい記述はない。

 一族郎党死刑を言い渡されたにも関わらず、生き延びた人はいるにはいる。

 けれどもそれは基本的に内部告発者。あるいは、


「そういえば知ってる? ネグロ子爵夫人の話。ネグロ子爵との離縁を拒んで死刑を受け入れるつもりみたいだって話」


 シシリーの噂話に私は資料をまくる手を止める。

 私が驚いたのを見てから、シシリーはこう続ける。


「何でも娘が死刑になるのに自分だけが生き延びるわけにはいかないって言ってるみたい」


 シシリーの話に私は前に話したことのある疲れた顔の淑女を思い出していた。


 そう。一族郎党死刑を言い渡された中には離縁をして血筋から離れて生き延びた人もいた。

 今回、それを許される権利を持つのがネグロ子爵家の血を持たないドロレス・ネグロ子爵夫人だけだった。


「彼女、旦那や義妹から散々いびられてひどい扱いだったことが取り調べで明らかになってさ。態度もとても模範的で殊勝だから、ちょっと同情した刑務官が勧めてみたらしいんだけどね。でも母親として覚悟ガン決まってたって」

「そう……」


 彼女はよほど娘であるマチルダ嬢を愛しているのだろう。

 彼女もまた悪くないのに娘と運命を共にしようとする話を聞いて、私は改めて資料のページをまくる。


 マチルダ嬢の死刑が覆せれば、あの娘思いの母親も考えを改めてくれるだろうと思ったら気を引き締めて調べなければと思ったのだ。


「反対にキャスリン・ネグロの方は泣き喚いたり憤ったり媚びへつらったりと騒がしいらしいわね。自分の兄が何をしてたかうっすらとは知ってたみたいだけど、“私は何にも知らなかった!”って暴れて反省の色はないみたい。ネグロ子爵夫人と対照的すぎて担当刑務官が苦笑いしてたわ」


 シシリーの声を聞きながら、私は調べ物に没頭する。

 そうしてシシリーの手を借りながら何時間も判例を調べてみたものの、芳しい成果は上げられなかった。


「ーーレティシア」


 ふとシシリーが私を呼ぶ。

 眼精疲労に軽い頭痛を起こして集中力が途切れがちになっていた私はその声で顔を上げれば、


「え……ルシエルさん!?」


 シシリーの隣に立つ人を見て私は場所を忘れて思わず大きな声を上げてしまった。

 大声をあげてから場所を思い出し、慌てて口を塞ぐと彼はいつもの穏やかな顔で微笑みかけてくる。


「お疲れ様です、レティシアさん。こちらにいらっしゃると聞いたので訪ねてしまいました」

「あ、の……その、私に何かご用が……?」

「そういうわけではないのですが……何かがなくては婚約者を訪ねてはいけませんか?」


 さらりと口説くようなことを告げるルシエルさんに私は言葉に詰まり、シシリーはヒャアーっと小声で囃し立てるような声を上げた。

 私は彼の言葉に惑い、結局「そんなことはありませんが……」と絞り出すしかできない。


「調べ物はまだかかりそうですか? もしよければ夕食をご一緒にできればと思うのですが」

「それは……」

「行ってきなさいよ、レティシア」


 言い淀む私を遮ってシシリーが言った。


「図書室もそろそろ閉まる頃合いだし、ちょうどいいでしょ」


 そう言われて時計を見れば、確かにもうすぐ図書室が閉まる時間だった。


「ここは私が片付けておくからさ、行ってきなさい」

「シシリー……」

「今度カフェで奢ってくれれば全然いいわ。惚気話、期待してるからね」


 そう言ってシシリーは私とルシエルさんの背中をグイグイと押し、図書室の外まで追い出してしまう。

 少しばかり強引なシシリーに「もう」とため息が漏れ、それから傍らのルシエルさんのことを思い出して彼を振り返る。

 困惑に眉を八の字にする私に対してルシエルさんはやはり穏やかな微笑みを返した。


「ではお友達の厚意に甘えて。わたしと食事をしてくださいますか?」

「ーーはい」


 手を差し伸べるルシエルさんに私はぎこちなく手を重ねる。

 ルシエルさんの手のひらはいつかエスコートしてくれた時と変わらない手のあたたかさだった。

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