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それからの後始末は思っていたよりもトントンと進んだ。
私が呼んできた警邏にルシエルさんはネグロ子爵とトラヴィスの身柄を無事、生かしたまま引き渡した。
現れた警邏に一番安心して泣き喚いたのはトラヴィスだったから誰が下手人なのかと警邏も戸惑うほどだった。
ネグロ子爵は衰弱してはいたものの、数日の療養で体力はだいぶ戻り、裁判の時には誰の支えもなく自力で最後まで被告人席に立てるほどだった。
結局、彼らは前アルビオン侯爵夫妻の殺人の罪で罰されることになった。
自分の寄親を害し、乗っ取りを企てたネグロ子爵は一族郎党死刑。
トラヴィスもまた加担した罪に問われ、残りの余罪を追及した上でおそらく死刑を言い渡されることになる。
ブラック伯爵家はトラヴィスの監督不行届を問われた上、廃棄魔石処理法違反による土地の汚染。魔獣を操るという危険な技術を王国に報告を怠り領民を危険に晒した責任を負って多額の賠償金の支払いと降爵まで言い渡されることになった。
もちろん、ブラック伯爵家が起こしたスカーレット伯爵家に対する裁判もこれを受けて決着となり、ブラック伯爵家は逆にスカーレット伯爵家に名誉毀損による慰謝料を支払う羽目になり、それがトドメのような形となってブラック伯爵家は没落。ブラック伯爵領はスカーレット伯爵領に吸収される形になった。
正直、瘴気に汚染された土地を押し付けられるようなものだったのでスカーレット伯爵家にとってプラスになったのかというとそうでもない。むしろブラック伯爵家のやらかしたことの後始末を押し付けられる形になったので、マイナスまである。
兄が「本っ当あいつらはどこまでうちに迷惑かけりゃ気が済むんだ!」と憤っていたくらいだ。
何もかもがあっさりとは行くものではなかったが、それでもネグロ子爵やトラヴィスに沙汰が下されるまでは思いの外早く、あれだけ懸念されていたアルビオン侯爵家を取り巻く問題は解決と相なったのである。
ーーだが、解決したとはいえそれでも晴々しくめでたしめでたしとならないのが人の心というものだ。
「ーー……先生」
アルビオン侯爵邸を訪れた私の顔を見た瞬間、フローラさんが私の胸に飛び込んできた。
私はそれを受け止め、背中を撫でる。
フローラさんの体は小さく震え、ボロボロと涙をこぼしていた。
確か昨日、彼女はルシエルさんと一緒に処刑されるマチルダ・ネグロ嬢の面会に行っていたはずだ。
そこで何かあったのだろう。
私は彼女が落ち着くまで彼女を抱きしめ、その背をあやすように撫でた。
初めはヒック、ヒックと小さく嗚咽を漏らすだけだったフローラさんはやがて唇を震わせながらマチルダ嬢との面会で何があったかを語り出した。
「……マチルダと、久しぶりに喧嘩をしたんです」
この面会でフローラさんは初めてマチルダに恨まれていたことを知った。
彼女が侯爵令嬢という座を狙っていたことを知り、彼女に両親が死んだことをざまあみろと罵られた。
あんたさえいなければ侯爵令嬢はアタシだったのに。と怒鳴られて、フローラさんはひどくショックを受けた。
フローラさんからすれば、彼女は仲の良い幼馴染だったから。
幼い頃からはとことして交流があり、共に育ってきた彼女を、フローラさんは身分を超えた本当の親友だと思っていたのだ。
だからマルクスさんが浮気をしているかもと言われた時には信じてしまったし、それが自分を貶めるための嘘だと知った時には何故そんなことをするのかわからなくてショックだった。
それでも今日、彼女と喧嘩をしてその理由がはっきりとわかった。
彼女は自分をひどく羨み、嫉妬していたのだ。
身分差など超えていたと思っていたのはフローラさんだけ。
実際には子爵令嬢が侯爵令嬢に対してへりくだることは多々あったし、機嫌を取るために我慢して飲み込んだことも多かったらしい。
マチルダ嬢はフローラさんを大切に守って慈しむマルクスさんが婚約者だったというのも羨んでいた。
自分が侯爵令嬢だったなら彼に愛されていたのは自分だったかもしれないのに、と。
フローラさんは彼女の羨望と嫉妬にまみれた暴言をすべて受け止め、その後にこう告げたという。
「……私も、“私もあなたが羨ましかったわ”って言ってやったんです」
フローラさんから見えるマチルダ嬢はとても要領の良い子だった。
頑固で融通が利かず、何でも真面に受け止めてしまうフローラさんと違ってマチルダ嬢はとても柔軟で社交的だった。
広く浅く社交を重ね、知り合いも多くて彼女の開く茶会はたくさんの人がいた。
流行りを捕まえることがとても上手でフローラさんはいつも彼女から何が流行っているのかを知らされていた。
侍女任せにしかできないメイクを彼女は自分で施せて、自分で色んなことを試しては自らの力で美しくなれた。
そんな彼女を尊敬していたし、憧れてもいた。
「マチルダのことが大好きだったの、って言って返ってきたのは“アタシはあんたなんか大嫌いだった”って言葉でした。ずっとずっと嫌いだったって……そんなこともっと早く言ってほしかった。もっと早く言ってよって怒ったんです」
そうしてギャンギャンとふたりで大喧嘩をして、言いたいことを全部言い切るほどまで言い合って、フローラさんは自分の想像以上にマチルダ嬢が抑圧されていたことを知った。
自分が思っている以上に身分差は自分たちの間を隔てていて、彼女が自分に見せていた顔は侯爵令嬢である自分に気を遣って愛想良く接する仮面だったのだ。
マチルダ嬢を抑圧していたのは身分差だけでなく、両親に、マルクスさんに愛されて幸せいっぱいでいる自分の姿でもあった。
フローラさんはマチルダ嬢の両親がいびつな関係だったことに気づかなかったし、マルクスさんに恋していたマチルダ嬢の気持ちにも気づかなかった。
近くにいたはずなのに彼女が飲み込んでいたことに気づかない自分がショックだったし、近くにいるほどにヤマアラシのようにマチルダ嬢の心を刺して傷つけていたことにもショックだった。
「ーー先生、私、どうしたらいいんでしょう。マチルダが私を憎んでいたことはショックだったけれど、いいんです。彼女が初めてそれを話してくれて、良かったとも思うんです。初めてマチルダのことをちゃんと知れたと思うから。でも……でも、そこからどうしたらいいかわからないんです。マチルダのことをちゃんと知れたのに、マチルダは死刑になってしまうんです。マチルダのこと、これからどう向き合えば良いのか考えたいのに彼女は死んじゃうんです」
「フローラさん……」
「先生、マチルダの死刑はどうにもならないんですか? マチルダはネグロ子爵がしていたことを知らなかったって聞きました。それなら何か温情とかないんでしょうか? 私、彼女には生きててほしい。私のことは嫌いでもいいから、死なないでほしい。ようやくマチルダのことを知れたのに、本心を明かした彼女とどう向き合おうって考えるよりも前に死刑になってしまうなんてあんまりです……!」
フローラさんの懇願に私は押し黙った。
ネグロ子爵のしでかしたことはあまりにも大きくて、その責任はひとりだけではなくその血筋にまで及んでしまった。
マチルダ嬢の死刑はある意味見せしめにも近い。
自分よりも身分の上のものを害し、その家を乗っ取ろうとしたが故に貴族としてもっとも大切な血筋を断絶させられる。
厳格な階級社会というものを世に知らしめるために。
だから被害者であるフローラさんが彼女を死なせないでほしいと泣き喚いても覆すのは難しいのだ。
「ーー…………」
理屈はわかる。
けれどもフローラさんが泣きながら訴える様子に私は彼女の手をぎゅうと握っていた。
「あなたの気持ちはわかったわ、フローラさん。彼女が死刑を回避できないか調べてみる。ちゃんと覆せるかはわからないけれど、できることはしてみるわ」
「先生……ありがとうございます」
私の言葉にフローラさんがぐずぐずの泣き顔で私の手を握り返した。




