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ーー…………
………… ………………
……………… ……………………
「ーー……!」
ふと誰かに叩き起こされたような気がして私は飛び起きた。
どのくらい意識を失っていたのだろう。
辺りを見回せば、私が木を背もたれに寝かされていたことがわかった。
手元に不思議な輝きの小石も落ちている。
手に取ればそれが神殿などでお布施と引き換えに配られる結界石だとわかった。
きっとルシエルさんが私をひとりにする代わりに置いていったものだろう。
当然のようにルシエルさんはいない。
そばにいるのはここに来るために乗ってきた、のんびりと草を食む馬二頭だけだ。
今度は時計を探し、時計がなくて空を確認する。
あれから時間がどのくらい経ったのかはわからないが、それでも夕方や夜になるほどの時間ではない。
私は自分がどうするべきか逡巡する。
野盗の示した山小屋に向かっただろうルシエルさんを追いかけるか。
馬に乗って引き返し、警邏を呼んでくるか。
私は無意識に左手に嵌めた指輪に触れる。
そして私は森の方を向いて、ルシエルさんを追いかける方を選んだ。
自分でも無鉄砲な選択だと思う。
けれども馬車を飛び降りる前の嫌な胸騒ぎがまた私を急き立てていた。
鬱蒼とした薄暗い森を駆け抜ける。
どれだけ息が切れても焦燥感から足を止めることはできない。
「ーー………!」
野盗が示した山小屋が近づき、私は思いがけないもの見つけて足を止めた。
大きな魔獣が二頭、横倒しに倒れている。
口からは泡を吹き、ぴくりとも動かない。おそらく……死んでいる。
外傷が見当たらないのが異様で、私はゾッと背筋を凍らせた。
一体この魔獣たちに何が起こったのだろうか。
ゾワゾワとする背筋をなぞるような寒気に身を竦ませながら、私は知れず足音を密やかにその場を慎重に通り抜けようとして、
「ちっ……近づくな!」
そんな悲鳴が聞こえて私はハッとして駆け出した。
魔獣の亡骸の間を駆け抜け、山小屋を通り過ぎ、声のした場所は山小屋からほど遠くない洞窟の中だった。
洞窟に飛び込み、私はすぐにルシエルさんの背中を見つける。
同時にランタンの灯りが揺れる洞窟の中には大きな檻があって、中には魔獣が捕らわれているのも見えた。
「な、なん……何なんだよ、お前! 何をしたんだよ!」
檻の扉に手をかけるトラヴィスが泣き叫ぶ。
傍らにはネグロ子爵もおり、顔色を悪くしたまま彼らの前に立ちはだかるルシエルさんを睨みつけていた。
ルシエルさんは彼らを見た後、檻の中の魔獣へと視線を向けてそっと手をかざす。
「ーーっ!」
ルシエルさんがかざした手で何かを握り潰すようにきゅ、と拳を握りしめた。
途端に魔獣がブルブルと痙攣し、苦しそうに悶えるとあっという間に泡を吹き、白目を剥いてその場に横倒しになった。
だらしなく舌を垂らす魔獣は表で見かけた魔獣の亡骸と同じ様子で、私は悲鳴を飲み込むのに慌てて口元を押さえ込んだ。
「何をした、ですか」
トラヴィスの言葉をルシエルさんが静かに繰り返す。
静かな声音はいつもの穏やかなものと似ていてゾッとする。
こちらからは背中しか見えないが、彼はきっといつもの微笑みをたたえているのだろう。
「わたしがもっとも得意とする術を施したまでです。薬も過ぎれば毒となるように、聖人聖女の強力な術は忌まわしい力となる。加護は呪いに、浄化は消滅に、結界は隔絶に。そして治癒とは、生かすためだけ力ではなく生命を司る力なのです」
ルシエルさんは優しく言い聞かせるようにこう続ける。
「生命を司る力が死をもたらしたとて、不思議ではないでしょう?」
「ひっ………」
トラヴィスがついに腰を抜かしてへたりこんだ。
ルシエルさんが彼らに一歩詰め寄る。
「さて、それではお話の続きをしましょう。ブラック伯爵家はある魔獣の調教に成功したのでしたね。廃棄魔石が排出する瘴気をより好む魔獣がいることを偶然知り、その瘴気を使えばある程度襲わせる対象をコントロールできることに気がついた」
「でっ……出来心だったんだ! いちいち廃棄魔石の浄化するのには金がかかるしっ、めんどくさくて不法投棄してたら偶然……っ! だから魔獣に魔獣を駆除させてたんだ、スカーレット伯爵家だって似たようなことしてるんだから別にいいだろ!」
トラヴィスの言葉に私は色々と合点がいった。
ブラック伯爵領が魔獣被害が多くなった理由は要するにトラヴィスーーブラック伯爵家の怠慢だ。
瘴気を生む廃棄魔石を不法投棄していたせいで土地が汚染され、魔獣が増えたからだろう。
魔獣の調教に成功したとはいえ、それ以上に増えれば人的被害が出るのは必至。
そして彼は私と婚約していたからこそ“魔獣寄せ”の存在を知っており、瘴気を発する廃棄魔石でそれと似たようなことができるのだと気がついたのだろう。
「俺は別に人に使うつもりはなかったんだ! でも、このおっさんが……っ!」
「黙れ、小僧!」
「嫌だ、黙るもんか! このおっさんから俺に持ちかけたんだ! この方法なら誰にもバレずに暗殺できるって! 俺は脅されて……ーー」
「黙れと言っているだろう!」
トラヴィスの声を遮るようにネグロ子爵が剣を抜いてトラヴィスを斬りつけた。
トラヴィスは悲鳴を上げ、その場に倒れる。
リックが先輩を斬りつけた時を思い出し、私はただ真っ青になったまま口元を押さえ続ける。
トラヴィスを斬りつけたネグロ子爵はそのままルシエルさんに向かって突進する。
「死ねぇええええっ!!」
後もなくやぶれかぶれではあったのだろうが、それでも彼の気迫は常人を圧倒するほどに鬼気迫るものがあった。
そんな彼の切先はルシエルさんを確かに捉えていたものの、けれどもそれは結局ルシエルさんには届かなかった。
「がはっ……!」
彼の刃はルシエルさんにあっさりと避けられ、最低限の動きでその場に叩き伏せられる。
その場に伏したネグロ子爵の前にかがみ込んだルシエルさんは彼の顎をわし掴んだ。
「残念です、ネグロ子爵。疑わしきは罰せず、と堪えていたんですよ。けれどもはっきりとあなたが犯人だと証言なさる方が現れてしまいました」
「あ、が……がぅ……っ」
顎を掴まれたネグロ子爵は言葉を発することができない。
そんな彼を見下ろすルシエルさんの顔は私のいる場所からは見えなかった。
「ーーあなた方が生かされていたのは兄の慈悲だったというのに、よもやその慈悲を自らなげうつとは目も当てられません。あなたの父が気を狂わせながらもしていた忠告も届かないとは」
“ミカエラ・アルビオンには手を出すな”。
ドロレス夫人が話していた前ネグロ子爵の話を思い出し、私の心臓が嫌な感じにドクリと鳴った。
この言葉の真意はもしかして。
でも、けれどもそれは十八年も前の話のはずで。
私がぐるぐると思考している間にもルシエルさんはネグロ子爵を捕まえたまま、いつもの声音で言葉を続けていた。
「ーーよくもわたしから兄を奪いましたね」




