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 縛りつけた野盗が示した場所はネグロ子爵家の住む街からほんの少し離れた郊外の森の中だった。

 その奥深くにある小さな山小屋。

 彼らはここにルシエルさんを連れてくるように指示されていたという。


 ルシエルさんはそれを聞くと迷わずにそこに向かうと決めた。


「レティシアさんはここで警邏の到着を待ち、彼らを引き渡してください」


 野盗たちが駆ってきた馬に跨ってそう告げるルシエルさんに、私は反発した。


「ひとりで向かうなんて危険です。せめて街で共をつけてから向かってください」

「それは難しい注文ですね。もたもたしていては黒幕に逃げられてしまうでしょうから」

「ルシエルさんがひとりで行くと言うならば、私が共をします」

「レティシアさん……あなたが共をして、何ができると言うのですか。無闇にあなたが危険に晒されるだけでしょうに」

「そうです。だからルシエルさんも行かないでください」


 私の言葉にルシエルさんは困ったように眉尻を下げて微笑んだ。

 彼は逡巡するようにしばし沈黙し、やがてこう切り出す。


「レティシアさん、あなた、馬は駆れますか?」

「え……と、嗜み程度ですが」

「いいでしょう、それでは馬にお乗りください。わたしはあなたを気遣わないので、ついてくるなら見失わないよう気をつけてくださいね」

「え……えっ?」


 問われた意味がわからないままに答えれば、彼はそう言って馬を方向転換させた。

 そしてそのまま彼は馬の尻に鞭を入れる。


 いななき、駆け出した馬を呆然と見送りかけて、私はハッと慌てて別の馬に跨って彼を追いかけて馬を走らせた。


「ルシエルさん!」


 私の呼びかけにルシエルさんはただこちらを少し振り返るだけだった。


「ふざけないでください! どうしてそう無茶をなさるんですか!」

「無茶をなさるのはあなたも同じでしょう。無理についてきてほしいとは言ってませんよ」


 私の抗議の声に彼が涼しげに返してくる。


 止めようと声を何度も上げ続けたが彼は何を言っても止まることはなく、だからといって彼の先に馬を回り込ませることもできなかった。

 私の技術では彼を見失わないようについていくことだけで精一杯だったからだ。


 結局私は彼を止めることができず、野盗の示した森まで辿り着いてしまった。

 私自身、本当に何ができるわけでもなく、この先に共をするのは足手纏いにしかならないとわかっているのに。


「ルシエルさん、待ってください!」


 森の前で馬を降り、颯爽と森に踏み込んでいくルシエルさんにようやく追いついた私は彼の腕を取って引っ張った。


「本当にひとりで乗り込むつもりですか!?」

「もちろん。レティシアさんが共にいらっしゃるならばその限りではありませんが」

「無茶が過ぎます! あなたは侯爵を預かる立場なんですよ! あなたがもし斃れてしまったらフローラさんはどうなるんです!?」


 私の説得にルシエルさんがほんの僅かに動きを止めた。


「彼女の身内はもうあなたしかいないでしょう。あなたまで失ってしまえばフローラさんがまたどれだけ悲しむか」


 私は畳み掛けるように彼に訴え続ける。


「ーー……私だって。私だってあなたがいなくなったら悲しい」


 切に訴える私にルシエルさんがようやく私を振り返った。

 その顔はいつもの微笑みをたたえていた。


「レティシアさん、ご心配ありがとうございます。ですがそれは杞憂ですよ。わたしは勝算もなくひとりで乗り込むわけではありませんので」

「でも……」


 それでも万が一があるかもしれないのだ。


 私はただ不安に彼の腕をきゅうと握る。

 ルシエルさんはそんな私の手をそっと取ると両手で包むように握った。


「あなたも見ていただいた通り、わたしは数人がかりの野盗をも退ける実力があります。熟練の騎士ほど鮮やかにとはいきませんが、魔獣だって今まで何度も退けてまいりました。どうかわたしのことを信じていただけませんか?」


 そう言って私をジッと見つめるルシエルさんの薄水色の瞳を見返し、私は押し黙る。

 私の手を包むルシエルさんの手のぬくもりがじんわりと染みるよう。

 そんなことをされれば、いつもだったら心臓がドキドキとして気持ちが落ち着かなくなっていただろうけれど、こんな状況だからか私はただ顔をしかめた。


「ーーわたしはどうしても今回の件の黒幕に会う必要があります。何があっても取り逃したくないのです」


 ジッと私を見据える瞳はただ真摯に私を捉えていた。

 その瞳に彼の決意の強さを感じて、私は瞳を揺らす。


 本当ならば行かせるべきではない。


 だって野盗を差し向け、私を害してルシエルさんを攫おうとした輩が待ち受けているのだ。

 いくらルシエルさんが強いからとて、侯爵が自ら乗り込むのはあまりに危険すぎる。


 ここはやはり人に知らせ、連携して事に当たるべきだ。


「ーー………っ!」


 と、改めて提案をしようとルシエルさんの顔を見た時、パチッと火花が散る感覚がして目の前が真っ白になった。


 何。何が起きたの。

 目の前だけではない。意識が急激に真っ白になって暗転していく。


 私は咄嗟に目の前にいるルシエルさんを掴もうと手を伸ばす。

 けれどもその手がルシエルさんを掴めたのかすらわからないまま、私はそのまま意識を失った。

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