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案内された瘴気溜まりは思ったよりも大きなものだった。
本来ならば安くはないお布施を積み、そこそこ高位の神官を呼んで浄化をするはずの瘴気溜まりだったのだが、ルシエルさんはさすが聖人と呼べる手腕でその瘴気溜まりをあっという間に浄化してしまった。
故に数十分程度の遅れで次の目的地に辿り着くことができた。
「侯爵様……!? ずいぶんとお早いお着きで……」
次の目的地であったネグロ子爵家を訪れれば、バーンズ・ネグロ子爵が驚きと共に私たちを出迎えた。
「ご機嫌よう、ネグロ子爵。それほど驚くほどのことでしょうか」
「いえ、侯爵様の通られる道に瘴気溜まりができていると報告がありまして、迂回をなされるかと……」
「解毒と似た系統である浄化はそれなりに得意なのですよ。さすがに浄化の聖人ほどとはまいりませんが」
ネグロ子爵の驚きにルシエルさんはただ穏やかな笑みを返す。
ルシエルさんの言葉に彼はほんの少し苦々しげに眉間にシワを寄せ、私たちより先に迎えていた客人へと目を向けた。
「ああ、どうぞ、お客人も楽になさってください。私たちは所用が終わり次第、帰りますので」
ルシエルさんの言葉に客人ーートラヴィス・ブラック伯爵令息はギリギリと奥歯を噛み締めたまま私たちを睨みつけていた。
何故この男がここに。
私が怪訝に眉をひそめた時、ふとルシエルさんが私の肩にそっと手を回して自分の方へと引き寄せた。
驚いて彼を見上げれば、彼は変わらない微笑みのままトラヴィスへと視線を向けている。
「ーー失礼。まだ名乗っておりませんでしたね。わたしはアルビオン侯爵を預かるルシエルと申します。お客人の名前を伺ってもよろしいですか?」
「か……彼はブラック伯爵家のトラヴィス様です。ブラック伯爵家の農耕用魔導具の件でお見えになっておりまして」
「ああ、あなたが」
答えないトラヴィスの代わりにネグロ子爵が答え、ルシエルさんが鷹揚に微笑んだ。
「レティシアさんの元婚約者だったという方ですね。フローラからも話は伺っておりますよ、王女殿下の生誕祭ではお世話になったそうで。あなたとは一度お会いしたかったんです」
「………は?」
「一度きちんとお礼を申したかったんです。あなたがこうしてレティシアさんという珠玉を手放していただいたために、わたしは彼女と結ばれることができました」
ルシエルさんが言いつつ、私の手を取って軽く唇を落とす。
突然のスキンシップにドキリとはなるが、それ以上にまるでふたりに見せつけるような仕草が気になった。
トラヴィスのこめかみがピクピクと動いている。
それが見えているのか、いないのか。おそらく気づいているだろうに、彼はいつもの様子で続ける。
「聞くところによるとブラック伯爵令息はレティシアさんと別れてからいまだにお相手が見つからないとか。わたしがご紹介いたしましょうか、ちょうど良い相手がいますので」
いつもの穏やかな声音にも関わらず、ルシエルさんの言葉はやはり挑発的だった。
彼はネグロ子爵を振り返り、ニコニコと微笑んだままこう続ける。
「ネグロ子爵、今あなたの妹御も新たな結婚相手を探しているでしょう。どうでしょうか、彼のお相手に。次期伯爵夫人になれるのです、とても良い話だと思いますよ」
「な………」
「ふざけんな! あんなとうの立った年増がちょうどいいだと!? 人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」
相手が侯爵だからと堪えていたトラヴィスがついに耐えきれずに爆発した。
怒りに任せて怒鳴りつけるトラヴィスに対して、ルシエルさんは驚いたようにぱちくりと目を丸くした。
「おや……馬鹿にしているわけではないのですが。キャスリンさんはあなたよりも多少年上ですがいつまでも若々しく、遜色なく並び立てるでしょう。とてもお似合いだと思いますよ」
「多少!? 十近くも年上の女が多少だぁ!? 大っ体、あんなケバいばっかで厚化粧のババアなんざ好みじゃねえよ!」
「誰が厚化粧のババアですって!」
トラヴィスの声にキンキンとした甲高い怒鳴り声を返したのは勢いよく扉を開いてこの場に現れたキャスリンだった。
彼女は鬼女のような形相でトラヴィスへと食ってかかる。
「顔も金も持ってないような底辺男が抜かしてんじゃないわよ! 結婚もできなかった地雷物件のくせに!」
「はあ!? 底値の男しか捕まえられなかった上に離縁叩きつけられた子爵家の女が楯突いてんじゃねえよ! 俺は伯爵になる男だぞ!」
「伯爵になるってそれだけしか誇れることがないくせに!」
「なんだと!」
「お、お前たち、そこまでにしないか!」
見苦しくギャンギャンと言い合いを始めるふたりにネグロ子爵が慌てて割って入った。
それでもヒートアップしたふたりは止まらない。
ネグロ子爵を挟んで互いに醜く罵り合う様を私は見守ることしかできない。あまりにも関わりたくなくて。
一方でふたりが言い合うきっかけを作ったルシエルさんは私の視線に気がつくとくすりと微笑んだ。
「ほら、とてもお似合いでしょう?」
いたずらっ子のようにこっそり囁くルシエルさんの顔は、なるほど。確かに性格が悪いと自称するだけある意地の悪い微笑みだった。




