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フローラさんの誕生パーティーは恙なく執り行われた。
私もルシエルさんの婚約者として招待客を迎えてもてなし、顔を売り込んだ。
主催はルシエルさんで私は婚約者としてその補佐に立つ立ち位置ではあったが、アルビオン侯爵家ほどの大きな家のガーデンパーティーを取り仕切るのはそれなりに大変だ。
先ほどもガーデンパーティーの最中に招待客同士がぶつかってケーキを落とし、ドレスを汚してしまった人が出るというトラブルがあった。
「……確か、ここね」
その人の様子を見に、私はアルビオン侯爵邸の客間の前に立つ。
招待客が不快な思いを引きずらないように主催として目を配ることはもちろん、着替えのためにこの客間を借りた人があのネグロ子爵家の人々だったことが気になったのだ。
何もなければそれでいい。けれども何か事を起こそうとしているのならば、それを未然に防ぐことも必要なことだ。
「マチルダ、聞きなさい」
と、私が客間をノックしようとした瞬間、中からそんな厳しい叱責が響いて私は思わず動きを止めた。
「あなたがしようとしたことはとても悪いことなの。侯爵家のお嬢様を傷つけ、無礼を働くのは自らの命をドブに捨てるのと同じよ。ましてや相手は寄親のご令嬢……身の程をわきまえなさい」
「は……うっざ、ママの分際で説教とか。大体無礼を働くとか意味わかんない。アタシはただフローラと話そうとしただけだし」
「フローラ“様”よ。いい加減フローラ様のご厚意に甘えるのはよしなさい。フローラ様は侯爵令嬢、あなたは子爵令嬢なの。身分差というものをしっかり理解できなければ、あなたは貴族社会で必ず痛い目を見ることになるわ」
真剣な声とその声に反発する声が中から響く。
その声に私は邪魔をすることもできずに扉の前に立ち尽くす。
「マチルダ、もう一度言うわ。あなたは子爵令嬢なの。アルビオン侯爵家の寄子である子爵家の娘。侯爵令嬢という高い位置にいるフローラ様が羨ましいのはわかる。けれどもあなたは決して侯爵令嬢になれないし、あの方の上に行くことも決してない。そもフローラ様とあなたは対等にもなれないの」
「だからうざいっての! 母親ぶって上から目線で説教やめてくんない!? ママの位置にアタシを落とそうとしないでよ!」
部屋の中からバシンッと振り払う物音が響いた。
踏み込んで良いのか、私は迷ってオロオロとするばかりだ。
「アタシはママみたいにいい子ぶって誰かの機嫌を伺いながら生きるなんてまっぴら! パパが言ってたわ、キャスリン叔母様が上手くアルビオン侯爵夫人になれればアタシたちが侯爵家になれるって! そしたらあんな根暗な頭でっかちなんて追い出せるの!」
「マチルダ! 滅多なことを言わないの!」
「うるさい! ママはアタシたちの邪魔だけはしないでよね!」
叱責する声に反発する声がそう怒鳴り返し、部屋の扉がバタンと開いた。
急に中から飛び出してきたのはマチルダ・ネグロ子爵令嬢だ。
彼女は私の顔を見てハッとした顔をしたが、何も言わずに俯くと私の横をすり抜けてあっという間に走り去ってしまった。
「ーー……申し訳ありません、お騒がせをいたしまして」
ややあって部屋の中から静々と疲れた顔の淑女が声をかけてきた。
ドロレス・ネグロ子爵夫人。先ほど飛び出していったマチルダ嬢の母だ。
「レティシア様……先ほどの会話は聞こえておりましたよね。重ねて大変なご無礼を。大それたことを申す娘ですが、どうかご容赦を。後で厳しく躾けておきますので」
「いえ……どうかお顔を上げてください。あなたが悪いわけではないのですから」
地に頭を擦り付けそうな勢いで深く頭を下げるドロレス夫人へ私は逆に戸惑ってしまった。
「……ドロレス夫人、もしやあなたはわざとケーキを彼女のドレスに落としたのですか?」
「……はい。娘がフローラ様がひとりになった隙を突いて憶測を吹き込み傷つけようとしておりましたので、無理矢理にあの場から引き剥がそうとして騒ぎを起こしました」
「憶測……」
「………その…アルビオン前侯爵を魔獣に襲わせたのはスカーレット伯爵家だと……」
ドロレス夫人が言いにくそうにそう告げる。
あのブラック伯爵家が流している噂か。
私は思わず渋面を浮かべる。
確かにあの噂がフローラさんの耳に入れば彼女は間違いなく嫌な思いをすることになるだろう。
だいぶ立ち直ってきたとはいえ、彼女にとってまだまだ両親のことは傷のままであり、下手をすれば私との信頼関係にまでヒビが入りかねない。
「……昔はあんな風に人を傷つけようとする子ではなく、フローラ様とは姉妹のように仲良くしていたはずなのに……私が不甲斐ないせいですね」
「ドロレス夫人……」
「あの子は……マチルダはフローラ様に嫉妬をしているんです」




