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フローラさんの誕生パーティーの会場はアルビオン侯爵領にあるアルビオン侯爵家の本邸だ。
いつも王都にあるタウンハウスに訪れていた私にとっては初めて訪れた場所だが、アルビオン侯爵家の本邸は大きくて綺麗な邸宅と広い庭のある侯爵の名に相応しい邸宅だった。
フローラさんの誕生パーティーのために庭は綺麗に整えられ、美しく飾り付けもしている。
フローラさんとこの日のために話し合ったイメージそのままだ。
「先生!」
「ご機嫌よう、フローラさん」
招待客より先んじて会場に踏み入れた私の姿を見てフローラさんがぱ、と顔を明るくして駆け寄ってきた。
そんなフローラさんにスカートを摘んで挨拶をすれば、フローラさんもハッとして慌てて淑女としてスカートを摘んで礼をする。
「お誕生日おめでとう。とても素敵な会場になっているわね」
「ありがとうございます。先生とたくさん話して色んな案をもらえたからです。軽食やお菓子もいいものがたくさん揃えられたんですよ」
「あら、それは楽しみだわ」
フローラさんの言葉に私が笑めば、彼女もまた笑顔を返してくれる。
ぱ、と花咲くようなニコニコとした笑顔が今日一日ずっと続いてほしいと思う。
この顔が曇らないよう、私もしっかりとサポートをしなければと改めて気を引き締める。
「ようこそいらっしゃいました、レティシアさん」
と、その時、主催として誕生パーティーの確認をしたり使用人に指示を出していたルシエルさんが私たちのところへとやってきた。
「ご機嫌よう、ルシエルさん。今日は微力ながら婚約者としてお手伝いをさせていただきます」
「ありがとうございます。あなたがいてくださると心強いです」
私がスカートを摘めば、ルシエルさんがそう微笑みを返してくれる。
「叔父様、私、マルクスのところに行ってきますので先生としっかり打ち合わせしてくださいね」
ふとフローラさんが私の背中を押してルシエルさんの方へと押し出す。
そうして彼女はにっこりと笑ってからそそくさと立ち去る。
あからさまに気を遣われた様子に私は思わず苦笑をした。
「それでは打ち合わせを始めましょうか。と言っても今まで準備してきたもののおさらいになりますが」
「はい」
せっかくフローラさんが気を遣ってくれたのだが、私たちは特に甘い雰囲気もなく今日のフローラさんの誕生パーティーの流れや役割、招待客などの確認を始める。
時々盗み見る彼の横顔はいつも通りの穏やかなもの。
私の恋情を看破しているはずの彼があまりにも何も変わりなくて、ホッとするやらヤキモキするやらと複雑な気持ちになる。
ーーこの人は私のことをどう思っているのだろう。
そう考えて、きっとルシエルさん自身はどうとも思っていないのだろうな、と思い直す。
アルビオン侯爵家にとって手放したくない人財だとは言ってくれた。けれどもこの人にとって私はそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。
きっとフローラさんにとっての大切な人、くらいな認識だ。
フローラさんを間に挟んだ距離感に焦れる気持ちが浮かぶ。
前だったらその距離感を崩さずに慎重に接しようとしていたが、恋心を看破された上にフローラさんに後押しされてしまえば遠慮しようという気持ちは失せていた。
「ーーアルビオン侯爵家の誕生パーティーはいつもこの本邸でガーデンパーティーを?」
彼に近づきたいという気持ちから私は彼に世間話を振る。
何気ない話のつもりだったが、彼はふと虚を突かれたように目をまんまるにした後、気恥ずかしそうに微笑んだ。
「さあ……どうでしょう。実のところ、わたしは八歳の頃にアルビオン侯爵家を出されて大神殿に預けられた身ですので、アルビオン侯爵家の一員として過ごした記憶が薄いのです」
「八歳……!? そんな幼い頃から……」
「ええ、当時からわたしの聖力は有り余るほどに強く、故に力の使い方を学ぶ必要があったのです」
「それは……でも家族と引き離されたのは寂しかったのではないですか?」
「そうですね……寂しくなかったといえば嘘にはなります。でもわたしの母はわたしを生んですぐに亡くなり、父もわたしが大神殿に預けられる直前に病に斃れておりましたから」
ルシエルさんがなんて事ないように言う。
けれども八歳ですでに両親がおらず、生まれた家を離れなくてはならないのはとても寂しいことだったのではないだろうか。
私の同情的な視線にルシエルさんはただ微笑んでこう続ける。
「そのような顔をならさないでください。元より母の顔は覚えてもおらず、父も仕事が忙しくてあまり構ってもらえなかったので両親がいなくなったことを寂しいと思ったことはないのです。これを幸いと言っていいのかは難しいところですが」
彼の言葉に何も言えないでいれば、彼は言葉を続ける。
「代わりに兄にはたくさん可愛がってもらったんです。それこそ両親の代わりと言っても差し支えないほどに」
「お兄様が両親の代わりに……」
「ええ。おかげさまで義姉にもたくさん迷惑をかけたと思います。兄を取られたくなくてふたりの茶会に押しかけて邪魔をすることはしょっちゅうでしたし、デートに出かけようとする兄の靴や馬車の馬具を隠して遅刻させたこともあります」
「なんだか意外ですね。ルシエルさんがそんなことをするなんて」
「あの頃はわたしもまだ幼子でしたから」
目を丸くする私にルシエルさんが気恥ずかしそうに笑う。
小さな頃のルシエルさんはよほど兄が好きだったのだろう。微笑ましい話だ。
「わたしが大神殿に預けられてからは兄は家族を連れて新年に欠かさず詣でて会いにきてくれました。初めの数年は義姉とふたりで。フローラが生まれて遠出ができるようになってからはフローラも共に。それがとても嬉しくて、その日を励みにして厳しい修行も乗り越えてきました」
「ルシエルさんはお兄様が本当に好きだったんですね」
「はい。とても優しくて面倒見の良い、わたしの自慢の兄でした」
でした。過去形となる言葉につきりとした痛みを感じるようだった。
ルシエルさんはそんな態度をおくびにも出していない。いつも通りの穏やかな態度だ。
けれども彼が兄を語る言葉には確かな愛があふれていて、兄と過ごした日々は彼にとって宝物のような日々なのだと察せた。
それが失われたことを彼は今の穏やかな態度の裏側でひどく傷ついて悲しんでいるはずではないのだろうか。
「ーーだからフローラさんをとても大切にされているんですね」
「……ええ」
ルシエルさんはいつもと同じように微笑んだまま頷いた。
「だからあの子が健やかに十五の歳を迎えられたことにホッとしています。これから先もまた、あの子に幸が多からんことを」
おどけるようにルシエルさんは自分の胸の前で手を組み、神官の祈りの仕草をした。
それはまるで今は亡き兄のために祈っているようだった。




