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舞踏会の日からまた日が経つ。
あの日を境に私はルシエルさんの婚約者として色んな茶会に呼ばれるようになった。
招待者にはさまざまな思惑が見て取れる。
ゴタゴタしているアルビオン侯爵家の様子を見極めようとするもの。
アルビオン侯爵家という大きな影響力を持つ家と繋がりを得ておこうとするもの。
はたまたアルビオン侯爵家やスカーレット伯爵家のスタンスを確認しようというもの。
だが皆がもっとも知りたがったのは美貌の侯爵とどう出会い、射止めたのかという鮮度の高いゴシップだったのだけれど。
おかげさまで私は方々でルシエルさんとのことを話す羽目になった。
でもその甲斐あって色んな収穫もあった。
私がマゼンタ伯爵夫人の紹介でフローラさんの家庭教師をしていることを知った一部の夫人から自分の子の家庭教師になってもらえないかと誘いを受けられたことはそのひとつだ。
フローラさんは間もなく十五を迎え、近いうちに貴族学園へと入学する。
その後にも家庭教師の職を続けられるのはありがたい話だ。
それから私のことを悪様に吹聴している輩がいると聞いたことも収穫のひとつだろう。
金や地位目当ての悪女だとか、純朴な侯爵や侯爵令嬢を誑かして取り入っただとか、貴族淑女とは思えない気性の荒い山猿だとか。
この辺りの噂には美貌の侯爵と婚約した私に対するやっかみだったり、卒業パーティーでやらかしたせいだろう。
この辺りの噂については地道に社交を重ねていれば特に気にする必要はないだろう。
だがけれども、スカーレット伯爵家は現アルビオン侯爵の妻に自家の娘を据えるために前アルビオン侯爵夫妻を魔獣に襲わせたという噂だけはどうしても看過ができないものだった。
スカーレット伯爵家の“魔獣寄せ”は厳重に管理されていることもあってあまり知られているものではない。
けれどもそれがどこからか漏れて、わざわざ恐怖を煽るような大袈裟な文言で噂され始めていたのだ。
曰く、スカーレット伯爵家は魔獣を操れるだの。人を魔獣にするだの。瘴気を広めている悪魔の手先だの。
こんな間違った噂に対抗するべく、スカーレット伯爵家はすぐさま厳重管理していることを示す帳簿や書類を揃えて王宮に提出し、必要ならば監査も受け入れると公言した。
“魔獣寄せ”についても国から認められている劇薬で正しい使い方も流布した。
そんなスカーレット伯爵家に真っ向から噛み付いたのがブラック伯爵家だった。
最近、自領で魔獣被害が多発していることを上げて、これがスカーレット伯爵家の仕業だと声を上げたのである。
「ーーったくあの家は昔から余計なことしかしねえな」
裁判のために“魔獣寄せ”の資料をまとめる兄が深くため息をつく。
冤罪を被せてきたブラック伯爵家に対して名誉毀損だと抗議したところ、向こうから何故か損害賠償の裁判を起こされたのだ。
向こうが主張するに、今ブラック伯爵領で起こっている魔獣被害ではスカーレット伯爵家から出荷された魔石を積んだ荷馬車がよく襲われているからだと言う。
数年前の婚約破棄を恨んでブラック伯爵家に魔石が届かないようにしているのだろう。とは言うが、言いがかりも甚だしい。
魔石を積んだ荷馬車はブラック伯爵家のものだし、襲われた場所もブラック伯爵領内。
大体“魔獣寄せ”で細工をしたと言うが、その“魔獣寄せ”が不正に使われた痕跡も流出もないと最近の調査ではっきりしている。
詰まるところ裁判を起こされたとして、スカーレット伯爵家が負ける要素は一ミリもない。
ただそれでも裁判ともなればそれなりに時間も人手も取られてしまう。
伯爵家の面子を保つために無罪を勝ち取った後に名誉毀損の訴訟も起こさなければいけないから尚更だ。
ただでさえアルビオン侯爵家の馬車が纏っていた瘴気の調査でスカーレット伯爵家は忙しくしているというのに。
「レティ」
ふと兄に呼ばれて私はハッと顔を上げる。
「こっちのことは俺や父上が何とかする。お前は自分のことやフローラ嬢のことに集中しておけ」
でも、と声が出そうになったが、兄が私を制するように手を上げた。
その目に私は言葉を飲み込み、兄に話の続きを促す。
「正直な話、あのボンクラ馬鹿だったら勝算も考えずに噂の勢いだけで喧嘩売ってきた可能性は捨てきれないけれどな。その馬鹿をけしかけた黒幕がいないとは言い切れない」
「………!」
兄の言葉に私はハッとした。
ブラック伯爵家の嫡男トラヴィスは私の元婚約者だった。
“魔獣寄せ”の製法を教えてなど決していないが、スカーレット伯爵家にその劇薬が存在していることは知っている。
つまりスカーレット伯爵家が前アルビオン侯爵夫妻を魔獣に襲われたという噂の出所はブラック伯爵家の可能性が高いのか。
しかし何故。ブラック伯爵家はアルビオン侯爵家を狙うネグロ子爵家と繋がっているのだろうか。
「レティ、ブラック伯爵家を調べるのは俺たちがやる」
私に言い聞かせるように改めて兄が言う。
「目下、お前は来週のフローラ嬢の誕生日パーティーに気を張っとけ。アルビオン侯爵家の親戚やフローラ嬢の友人たちも集うんだろ?」
「うん」
「ーーフローラ嬢のこともそうだが、お前も気をつけろよ」
「……うん、ありがとう、兄様」
資料をまとめ終えた兄が私の頭をぽんと撫でる。
子供扱いに普段は腹を立てて反発するところだが、兄の心配を感じ取って私は素直に頷くに留めた。




