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 結局、兄は散々渋りながらも家族の説得に力を貸してくれた。


 レティシアは一度言い出したら何が何でもやる意地っ張りの頑固者だから、と。ついでに私の恋心も暴露し、どういう形であれ好きな人と一緒にしてやりたいのだとも。

 兄の説得の仕方は私としては恥ずかしくてどうしようもなかったけれど、その兄の説得には父も母も義理姉も兄と同様に渋い顔をして葛藤をし、散々渋りつつも最後には頷いてくれた。


 そうして今度は何をどうしたらできるだけ安全に役目を全うできるかという話し合いを経て、私はアルビオン侯爵と婚約を結ぶ事を許された。


 そこからさらに今度は両家で協議し、さらに内容を詰めた。


 そこで決まったことは概ね次のとおり。

 まず私とアルビオン侯爵が結ぶのは婚約であり、フローラさんが成人してアルビオン侯爵を継ぐまでは婚約期間である。

 これは当然、フローラさんが正統なアルビオン侯爵の後継者であるため。

 今、ルシエルさんがアルビオン侯爵としてアルビオン侯爵夫人を迎える結婚をしてしまうとフローラさんが正統後継者であるはずなのに蔑ろにされていると見られかねないためだ。

 フローラさんが成人してアルビオン侯爵を継いだ婚約期間の満了後、結婚するのか婚約解消するのかはその時に決めようという形に落ち着いた。


 次にアルビオン侯爵家から支払われる結納金は私個人に支払われる。

 結納金という名目ではあるが、これは今回の婚約にあたるリスクに対しての危険手当のようなものだ。

 本来ならスカーレット伯爵家に支払われてもおかしくないものなのだが、家族は「将来に備えて持っておきなさい」と私個人にそのまま譲り渡した。

 その上でスカーレット伯爵家からも持参金としていくらかを上乗せして私に持たせてくれた。

 申し訳ないくらいに家族は私に甘い。


 それからこれは契約婚ではあるものの、表向きには恋愛結婚であることを装うことになった。

 理由は当然、アルビオン侯爵家が暗殺に晒されているという醜聞を表沙汰にしないためであり、暗殺の件を知らせていないフローラさんに悟らせないためだ。

 幸いというべきか。私は命の危機をルシエルさんに救われ、その後マゼンタ伯爵夫人の推薦を受けて偶然にもアルビオン侯爵家に出入りする家庭教師の身分を手に入れた。

 そうして出入りして接するうちに互いに意識するようになった、というストーリーを組み立てるのは簡単だった。


「叔父様と婚約を結んだんですね。先生が家族になってくれるなんてとても嬉しいです」


 そのストーリーを鵜呑みにしたフローラさんが嬉しそうにニコニコとしながらそう言った。

 そもマルクスさんはすでに彼女に「侯爵様はスカーレット伯爵令嬢を気になってるらしい」と吹き込んでいたらしい。

 だから彼女は「先生が家族になるなら!」と舞踏会のドレスの件で大層乗り気だったのだとか。


「まだ婚約よ、少し気が早いわ。もしかしたら数年後には破談になってるかもしれなくてよ」

「そうなったら叔父様に文句を言います。“どうして先生みたいな良い人を逃したんですか!”って」


 苦笑する私へフローラさんはさらにそう息巻いた。

 彼女にすっかり懐かれていることに口元が緩むほどの嬉しさを感じる一方で、もし婚約を解消するような事態になったらどうなるのだろうかというプレッシャーもほんのり感じる。

 何せ私たちの婚約は実際、愛を伴ったものではないのだから。


「失礼します、フローラ。今少しよろしいでしょうか」

「叔父様? どうぞ」


 と、その時、控えめなノックが響いてルシエルさんの声がした。

 その声にフローラさんがそう応えて扉を開く。


「ああ、レティシアさんもまだいらっしゃったのですね。ちょうど良かった」


 フローラさんだけではなく、私にも何か用があると聞いて私は知れず背を正す。

 ほんの少し駆け足の心臓を必死で宥めながら彼の言葉を待てば、


「フローラ、まずはあなたに。もう間もなく誕生日でしょう。少し気が早いですが、そのお祝いの品です」


 そうしてルシエルさんがフローラさんに小箱を差し出してそっと開く。

 そこに入っていたのは小指の先ほどの小さな石がついたペンダントだった。


 透き通る薄水色の石はとてもシンプルではあるが、光の加減でダイアモンドのように煌めく。アクアマリンともサファイアとも違う不思議な石だ。

 どことなくルシエルさんやフローラさんの瞳の色を思わせるそのペンダントをルシエルさんが手に取り、彼女の首に腕を回してつける。


「こちらは加護の聖女ヨハンナに祝福をいただいた聖石になります。あなたの未来が幸いに満ちた光輝くものでありますように」

「ありがとうございます、叔父様」


 加護の聖女ヨハンナとはこの前の王女殿下の生誕祭で王女殿下に祝福を授けていた方だ。

 そんな彼女が祝福を授けた聖石ということは、お守りに近い代物だろう。

 ルシエルさんが王女殿下の生誕祭の時に話していたことはもしかしたらこれのことだったのかもしれない。


「それからこちらはレティシアさんに」


 と、ルシエルさんが今度は私の方を向く。

 彼はフローラさんに差し出したように私にも小箱を差し出してそっと開いた。


「っ……」


 そこにあった代物に私は思わず息を呑む。

 フローラさんに贈られたものと同じ石が嵌められた指(・)輪(・)。

 あまりにも生々しいアクセサリーに私は思わず怯んでしまった。


「フローラに贈ったものと同じく加護の聖女ヨハンナに祝福をいただいた聖石になります。取り急ぎ用意させていただいたものですが……--」

「もう叔父様!」


 と、私に手を差し伸べようとしたルシエルさんを、不意にフローラさんがべしりと彼の腕を叩いて遮った。


「それ、婚約指輪でしょ! 雰囲気ない、最低! そういうのを渡す時ってちゃんとふたりきりになった時じゃないと! あと何、他人の女性に祝福してもらったって! 叔父様だって聖人だったんだから恋人には自分で祝福したものを贈りなさいよ!」

「そう言われましても……わたしが得意だったのは治癒で、加護の方は並程度のことしかできないのです。その点、加護の聖女ヨハンナはその名の通り加護を最も得意としており、世界最高峰の祝福を授けてくれるのです。わたしの祝福などよりずっとご利益があるんですよ」

「もう、だからそうじゃないの! せっかくの婚約指輪でそういう効率的なお話は冷めるでしょ!」


 ルシエルさんの説明にフローラさんが膨れて憤る。


「いいのよ、フローラさん。一番良いものをって考えてくれたルシエルさんの気持ちも嬉しいもの」


 フローラさんの言い分もわかるが、私は苦笑しながら宥めた。

 実際、ルシエルさんが私のことを考えて加護の聖女様にお願いして祝福を授けた聖石を用意してくださったことはありがたいことだ。

 それは私も守らねばならないからという義務からかもしれないけれども、加護の聖女様の祝福の宿った聖石は身を護るためのお守りとしてこの上ないものなのだから。


「ありがとうございます、ルシエルさん。お忙しい加護の聖女様にはかなりの無理を言ってお願いされたのではないですか?」

「その辺りは元同僚としての特権を使わせていただきましたから。もっとも婚約の報告をしたら“そういうことはもっと早くに言え”と叱られましたが」


 そうしてルシエルさんが改めて私に手を差し伸べた。

 その仕草に私はどちらの手を差し出すべきかと逡巡してしまった。普通に考えれば左手なのだけれども……

 だが彼に左手の薬指に指輪を嵌めてもらうという特別なことをしてもらって、本当にいいものかと悩んでしまったのだ。


 そんな私の迷いなどまるで気にしないように、ルシエルさんが私の左手をさっさと取ってしまう。

 あ、と思った時には彼の手が恭しく私の左手薬指に指輪を嵌めていた。


「あなたの身がいつまでも健やかに、あなたが大切に握りしめたものが何ひとつ損なわれぬまま己の道を歩めますよう」

「…………ありがとうございます」


 左手を包む優しいぬくもりと左手薬指に嵌った指輪の重みに心臓がまた早鐘を打つ。

 私は目の前にあるルシエルさんの微笑みを見つめる勇気が出せずに、ただ視線を落として礼を言うだけが精一杯だった。

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